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東海道徒歩の旅10 島田~掛川~袋井

快晴の下、7時に出発。
前日に32㎞を歩いたというのに、それほどの疲れを感じていない。

(おぉ、調子いいぞ)…と思ったのもつかの間、大井川川越遺跡の集落が見えてきたところで、左足の脛が痛くなってきた。
7月の列島縦断の旅でゴール寸前の稚内で痛めた状態と同じ。
厄介なことになりそうな予感が頭をよぎった。

ペットボトルのお茶でロキソニンを流し込み、消炎湿布を貼り続行した。
このまま痛みが治まってくれたらありがたい。

東海道最大の難所といわれた大井川の渡しがあったという大井川川越遺跡には、復元された家屋が公開されており、無料で見学することができた。
川が荒れて、水かさが増すと旅人たちはここで足止めを食ったのだろうか。
映画にもなった藤沢周平の『雨あがる』では、おそらくこの地を舞台にして、降りやまぬ雨を待つ旅人たちと浪人夫妻の厚情が描かれている。

これでは「エイホー、エイホ」と担がれて渡らなくてもいけそうかなぁ…と、思いのほか浅瀬の流れが望見できる大井川橋を渡ると、金谷宿に入った。

この夏の台風の影響で大井川鉄道は普通になっている。
思い出すのは学生時代に南アルプスに入山するため初めてここを訪れたことだ。金谷駅からトロッコ軌道を走るミニ電車に乗り換え、晩秋の畑薙ダムに向かった。

3000メートルを超す聖岳の登山は、想像以上に厳しい雪との闘いとなってしまった。
ピッケル代わりに這い松の枝を使い、背負った重荷と急斜面のラッセルにあえいだ。
山が持つ厳しさの洗礼を受けた登山だった。

あれから40数年が経ち、小さなザックを背負い、それこそ鼻歌交じりにのんびりとこの町を訪ね、そして歩いている。
町の姿は大きく変わってしまったが、間違いなくここにも私の青春があったんだと、青臭いことを思い出してしまった

JRの金谷駅から石畳の道を登りきり、そのまま菊川坂の石畳を下ると諏訪原城跡に出た。
武田勝頼の居城で、復元されたお堀のスケールが素晴らしかった。
ここまでは、坂道はあってもほんのトレーニング程度で、クスリが効いてきたのか、足の痛みもなくなったので快調に飛ばした。

しかし、問題はこの先にあった。
箱根、鈴鹿峠とともに東海道の三大難所の峠といわれたのが、小夜の中山峠。

菊川集落からいきなりの急阪の登りに唖然とした。
汗を拭きつつ息を切らせて、茶畑の中を縫うように登る。
つい先日の健康診断で、突然死の因子があることを指摘されたことを思い出した。
いきなりガツーンと来るのだろうか?
茶畑の中で野垂れ死ぬのは、できれば避けたい。

急な坂を登ると平坦な道となったが、こんな場所にも民家は点在していた。
どうやらお茶農家のようで、整然と列をなした茶葉を農業機械で刈り取る、農家の人たちの作業ぶりを見ながら歩いた。

中山峠には夜泣き石や芭蕉の句碑が残る久遠寺、旅籠の扇屋など見どころもあったが、再び茶畑の中を歩き日坂宿に向かうと、『二の曲がり』という、それこそ転げ滑りそうな急坂となった。

驚くのは坂の途中に民家が何軒かあったこと。
クルマでも登るのが怖いくらいの急な坂に住む人たちを思うと、いやはや日本は広いとつくづく思ってしまった。

坂を下り、国道1号線を渡り、日坂宿に入った。
本陣跡は復元された門を除いて公園になっているが、小さな宿場町といえども、町起こしを意識しているのか、民家の軒下には往時の宿名を掲げた木札が貼られていた。
『いせや』『きのくにや』はそのまま出身地を取ったものだろうか。
当時は旅籠が33軒あったというが、『川坂屋』のように建物がそのままに保存されている旅籠もあり、小さな宿場ならではの雰囲気が色濃く漂っていた。

日坂宿から掛川宿までは一里塚や馬頭観音を見ながらのんびりと歩いた。
掛川城は改修工事の真っ最中で天守には足場が組まれており、見学することができず、そのまま通過。

東名高速道路を横切ったあたりから松並木が連続して現れるようになり、旧東海道を歩いている気分がおのずと高揚してくるのを感じた。

今日の行程は予約したホテルがある磐田駅前まで歩くつもりだったが、歩行距離が30㎞を超えたこともあり、疲れも出てきた。
それに反応してか、JR袋井駅が近づいたところで急にモチベーションが落ちてしまった。

急ぐ旅でもないし、ネガティブにストイックに、黙々と歩くのもかえって疲れてしまう。
今日はここまで…と決めて、袋井駅で歩くのを止め、磐田駅まで電車移動することにした。

この日は磐田駅近くのマックスバリューでビールとお惣菜を購入し、安宿の客となった。
さすがに安宿、トイレにはウオッシュレットがついておらず、二日間歩いた“股ズレ”の代償を癒すことができなかったのは、思わぬ不覚だった。

■2022年10月4日 静岡県島田市~掛川市~袋井市
■46559歩 30.26㎞
■晴れ

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※島田宿の大井神社

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※大井川越遺跡の復元された集落

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※同上

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※島田市博物館にある大井川川越え模型

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※大井川の川会所跡

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※大井川を渡った

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※大井川鉄道金谷駅

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※金谷宿を歩く

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※金谷宿本陣跡

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※諏訪原城跡

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※金谷宿から菊川宿に向かう石畳

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※中山峠佐夜鹿の一里塚

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※茶畑の中を行く中山峠の登り

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※同上

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※日坂宿の常夜燈

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※日坂宿本陣跡

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※日坂宿の旅籠、川坂屋

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※日坂宿高札場跡

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※掛川宿に向かう道で移動スーパーに出会った

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※シャッターが閉まった掛川のアーケード商店街

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※ソース鶏カツ丼を食べる(掛川市・政平670円)

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※掛川城は改修工事中だった

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※袋井宿に向かうと松並木が連続して出てきた

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※久津部の一里塚跡

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東海道徒歩の旅9 静岡~島田

暑かった9月も終わり、秋の気配を感じる季節になった。

ハローワークで紹介してもらった行政の臨時職員の採用面接にも落っこちたし(笑)、このところ関わってきた長男の自宅の新築も完成に向けて一段落したので、6月以来中断していた旧東海道を歩くことにした。

早朝自宅を出て、JRの在来線から新幹線を乗り継ぎ、静岡駅に8時30到着。
秋の気配どころか、すでに太陽はさんさんと輝いている。

予想気温は30度超え。
季節外れの暑い一日になりそうだ。

静岡駅構内から地下道を経て、札の辻に出た。
このあたりは府中宿があったところだが、ビルに囲まれた界隈には江戸時代の宿場当時の面影はまったくない。

由比正雪の碑を過ぎ、安倍川に出た。
橋のたもとには『石部屋』という安倍川餅の店が暖簾を下げていた。

いったんは店の前を通り過ぎ橋に一歩を踏み出すが、やはり安倍川餅の誘惑に負けてしまい、踵を返して暖簾をくぐった(笑)。
店主に言われるままに、文化元年創業の餅(700円)をパクついた。
糖尿の身には禁断の食い物だが、これから30㎞近く歩くことを良いように解釈して、弾力があるなかに甘くとろける老舗の味を堪能した。

一里塚を過ぎ丸子宿に入ると、またまた誘惑の物件が。
旧東海道で最も有名な老舗『丁子屋』が姿を現した。
広重が描いた「丸子名物茶店」の風情そのままで佇む、名物麦めしとろろの店だ。

しかし、残念なことに11時開店とあって、30分以上の待ち時間があり、先を急ぐことを選んで、泣く泣く茅葺屋根に背を向けた。
…と思いつつも、よくよく考えたら私は別段とろろ汁は好きではない。
幼いころからとろろを食べると口の周りがかゆくなったりしたので、長じてからも余程のことがなければ食べないのだ。
そんなことを思いながら歩いた。

高札場がある土手には彼岸花が咲き、秋真っ盛りである。
国道1号線バイパスに出ると道の駅があったので、昼食がてら休憩。
静岡おでんを食べて、しばしベンチでまどろんだ。

ちょうどこの日は11時半から30分間のFMラジオの番組に私が出ることになっており、周波数を合わせてスマホから流れる自分の声を聴いた。
一週間前に録音した時は、うまくしゃべることができずに結構落ち込んでいたのだが、そこはなんとか編集してくれたようだ。
どちらにしても、公共の電波に乗った自分の声を聴くのは気恥ずかしいし、何より心臓に悪かった。

道の駅から旧東海道に入り、宇津ノ谷峠に向かう。
石畳が敷かれた坂道に寄り添うように建つ集落には、家々には屋号が下がり、往時の雰囲気がよく残っていた。
ここからは竹林や雑木の道を歩き、峠を越えてから十石坂観音堂がある岡部宿に下った。

岡部宿は旅籠の柏屋や本陣跡もあり、わずかながら宿場の雰囲気を留めていた。

予報は当たったようで、とにかく暑い。
とめどなく流れる汗を拭きつつ藤枝に向かう。

古東海道追分を過ぎ、JR東海道線に沿って歩くようになると、松林が連続するようになった。
すでに夕暮れが近づき薄暗くなりつつあったが、ホテルを予約している島田まであとわずかなので、何も考えずに黙々と歩く。
松林が途切れたところに、”スーパーボランティア尾畠春夫”さんの写真が。
ちょうどこの場所をリヤカーを引いて通過したようだ。

尾畠さんは徒歩で日本縦断をした大先輩なので、尊敬の念をもってその生き方を見てきたが、まさかここで足跡に触れることができるとは思っていなかった。
写真は、リヤカーを引く尾畠さんを大勢の人が囲み、その表情は嬉しそうだが、当の本人はどうやらあまりの人気の過熱ぶりに辟易して、このあとリタイヤしてしまったという。

何事も、目立たず、人知れず、できればいうことないんだが。
でも、80才を過ぎてのこのパワーは凄いとしか言いようがない。
かの石川文洋さんも80才を過ぎて二度目の徒歩日本縦断を達成しているし、エベレストの三浦雄一郎さんにしかり、まったくもって頭が下がる。

すっかり暗くなった18時過ぎ、島田駅前のホテルに向かう。
飲食店もほとんどない駅前は閑散として寂しい。

ようやく見つけたコンビニで弁当を買い、ホテルへと急いだ。
旅の初日は、いつものように軽い疲労感とわずかな充実感と共に更けていった。

■2022年10月3日 静岡県静岡市~藤枝市~島田市
■49300歩 32.04㎞
■晴れ

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※静岡駅を出るとすぐに府中宿の札の辻の碑があった

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※創業200年の石部屋の安倍川餅

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※安倍川を渡る

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※とろろ飯で有名な丸子宿の丁子屋

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※丸子宿本陣跡

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※丸子宿高札場跡

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※国道1号線を離れ、宇津ノ谷峠に向かう旧東海道に入る

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※宇津ノ谷峠手前にある集落。往時の面影が色濃く残る

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※同上

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※同上

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※宇津ノ谷峠の登り

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※石仏が佇む峠道

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※宇津ノ谷峠の集落を歩く

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※岡部宿の旅籠、柏屋

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※朝比奈川の土手に咲き乱れる彼岸花

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※樹高23.7メートルの須賀神社の大クスノキを見上げる

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※閑散とした藤枝宿。シャッター商店街を歩く

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※瀬戸川を渡り、藤枝宿を後にした

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※旧東海道らしい松並木が続く

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※島田宿も近い。尾畠春夫さんの足跡を見つけた

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9月の読書

9月は久しぶりに10冊超えの本を読んだ。
これから秋が深まっていくにつれ、好きな本を好きなだけ読む生活ができたらうれしいけど、読書を継続的に続けるのも実際にはなかなかしんどい。

年と共に減退している集中力に尽きるかもしれません。
一昨日、このところ暇つぶしに遊んでいるボウリングをやってつくづく思いました。

1ゲーム目のアベレージは138。
おぉ、いいぞ!

…と気をよくしたのもつかの間、2ゲーム目は92、3ゲーム目は102という低スコアに沈みました。

体力もそうですが、たかだか玉を転がすゲームにも集中力がなければダメですね。
ボウリングは技術以上に集中力というプレッシャーが大きく左右する心理ゲームだと思います。

さて、9月の読書の収穫は、イタリア人作家のパオロ・コニェッティ著『フォンターネ 山小屋の生活』でしょうか。
全編を通して漂うほんわかした包容力がある文体に惹かれました。

心を平常心に戻し、癒してくれるのも、読書の効能といっていいかもしれません。

9月の読書メーター
読んだ本の数:12
読んだページ数:2557
ナイス数:498

ニホンオオカミは生きているニホンオオカミは生きている感想
宗像充著『ニホンオオカミは消えたか?』つながりで手に取った。
表紙にあるニホンオオカミ?と思える写真を撮ったばかりに、孤軍奮闘する著者の姿が気の毒に思えて仕方がなかった。
専門家でさえ肯定派、否定派がいる世界で、在野の研究者として存在を立証する難しさは想像以上である。
突き詰めれば、やはり生け捕りしかないのか。
「日本の国から二ホンオオカミを消してしまったのは、オオカミ学者を自称する動物学者ではないのか」…と、皮肉ともとれる著者の言葉が心に響く。
ロマンで終わらず、実在を証明する日が訪れることを切に願いたい。

読了日:09月27日 著者:西田 智

四つの小さなパン切れ四つの小さなパン切れ感想
ホロコーストから生還した人々の手記は数多あるが、本書は後世に語り継がれる名著といえるのではないだろうか。
ハンガリー系ユダヤ人の数少ない証言であるということも興味を引く。
二部構成のうち、前半の「時のみちすじ」ではアウシュヴィッツに強制収容されてから解放までを追っていくが、恐怖に凍りつく体験を、断片をつなぎ合わせるような淡々とした切り口や、映像を見るようなリアルな表現も駆使して書かれている。
後半の「闇から喜びへ」は詩作を含めた心象風景で体験を綴っており、人間の尊厳を無視したナチスの蛮行に対しての不条理を訴えながらも、前向きに生きることの意義を紡いでいる。
救われるのは、自分をショアの犠牲者ではなく、自分自身のなかで和解した証人だと感じている、と言い切るところ。
著者の真の強さと、魂の昇華を見た思いだ。
読了日:09月25日 著者:マグダ・オランデール=ラフォン

誰もいない文学館誰もいない文学館感想
数多いる作家と比べて読書量の少なさを冒頭で謙遜しているが、読み進むにつれ、それが思いっきり的外れだと分かる。
大正~昭和初期の近代文学の知識の奥深さや、古書業界に精通した見識は、著者が単なる物書きでないことを証明している。
恐るべきは、小学5年から横溝正史に狂い、『宝石』を読み、15~16歳でマイナーな作家群を読破していく早熟さ。
師と仰ぐ、藤澤清造つながりでの物故作家の発掘と研究は、私小説を書く以上に夢中になれる活動であったと見て取れる。
無頼派を通して逝ってしまったが、死してなお、稀有な才能は輝きを失わない。
読了日:09月23日 著者:西村賢太

イレーナ・センドラー―ホロコーストの子ども達の母イレーナ・センドラー―ホロコーストの子ども達の母感想

ナチス占領下のポーランドで、人道的見地からユダヤ人迫害に抵抗し、地下組織による支援を行った非ユダヤ人は多くいたという。
ワルシャワゲットーから強制収容所へ移送される子供たちを救出し、逃亡の手助けをしたその数2500人。本書の主人公イレーナ・センドラーたちの活動は、かのオスカー・シンドラーのはるか上をいく。
こうした快挙が歴史に埋もれていたことはもどかしいが、近年になり、ホロコーストの犠牲者ばかりでなく、支援活動に奔走した正義の人々に光が当たったことが素晴らしい。
ルビもふられているので児童書として推薦できる。
読了日:09月23日 著者:平井 美帆

ニホンオオカミは消えたか?ニホンオオカミは消えたか?感想
本書に何度も登場する『オオカミ追跡十八年』(斐太猪之介1970)は、中学になった年になけなしの小遣いで初めて買った本。
あれから50年以上、ずっとニホンオオカミが気になっていた。毎年のように目撃証言があるなかで、権威的な絶滅宣言をひっくり返すのは、もはや生け捕りしかないだろうか。
秩父野犬と称された写真の主は素人目にもどこからみてもオオカミであるが、写真では決定打とはならず、絶滅宣言の権威は揺るがない。
外来種のタイリクオオカミを入れて生態系を守る議論よりも、在来種のニホンオオカミの存在を証明する方が先決であると思う。
二ホンカワウソにしかり、著者を始め絶滅動物の捜索に人生をかけた在野の人々の努力が報われる日が来ることを願いたい。
読了日:09月20日 著者:宗像 充

時が止まった部屋:遺品整理人がミニチュアで伝える孤独死のはなし時が止まった部屋:遺品整理人がミニチュアで伝える孤独死のはなし感想
孤独死の現場をミニチュアで再現することに、どんな意味があるのか?最後まで読んで、その答えが見えてきた。
生々しい現場をあえて模型で表現し展示することで多くの人に見てもらうことが可能になり、今や社会問題となっている孤独死の現実を世に問うことが、著者のねらいである。
模型といえども作中に出てくる孤独死の現場を見ると、一人で死んでいくことの寂しさははかり知れない。
人間関係が希薄になっている世の中であるからこそ、著者の活動の意義を感じる。
反して、遺品整理の現場に群がる縁もゆかりもないハイエナどもには強い憤りを感じた。
読了日:09月16日 著者:小島 美羽

昭和三十年代、露地裏パラダイス昭和三十年代、露地裏パラダイス感想
キレのある小気味よい文章に惹かれた。
想い出で綴る、男勝りの母親の気風の良さがまた良い。古き良き時代の江戸っ子の粋がある。
下町情緒が色濃く残る深川で生まれた著者は私より少し年長だが、同じ昭和30年代を経験した世代として、親近感を抱かずにはいられない。
記憶の奥底にあった懐かしの風景が次々によみがえってくるのだ。米屋の店先に並んだプラッシーを指を咥えて見ていたあの頃。同じ経験をした著者とはまさしくビンゴ。
貧しくても幸せだったセピア色の風景はどんなに思い出しても帰ってこないが、この作品に出会えてよかったと思う。
読了日:09月16日 著者:長谷 美惠

「ゴミ屋敷奮闘記」「ゴミ屋敷奮闘記」感想
夜逃げ同然で出て行った隣家が空き家になって早一年。庭先に散乱する放置されたゴミの山も草に埋もれている。
悪臭が鼻を突き、ネコが巣くう状況を自治会に訴え、市役所の職員までが調査に出動することになったが、持ち主と連絡がつかないということでそのままだ。
ゴミ屋敷は近隣住民にとっても迷惑この上ない存在である。本書を読むと、身勝手でだらしないゴミ屋敷住人たちの実態が見えてくる。
理由はそれぞれだが、金を払えば掃除をしてもらえるという根性が許せない。
取材目的のアルバイトとはいえ、ゴミの山で奮闘する著者の苦労が不憫に思えた。
読了日:09月15日 著者:村田らむ

「ナパーム弾の少女」五〇年の物語「ナパーム弾の少女」五〇年の物語感想
戦争の悲惨さを切り撮った表紙の写真は、これまで幾度も目にしてきた。
ベトナム戦争を終結に導いたきっかけの一つになったともいわれており、重度の火傷を負った被写体の全裸の少女(キム・フック)とともに数奇な運命をたどっていく。
一枚の写真がもつ影響力に翻弄されながらもそれを武器にして、平和を訴える活動に身を投じたキム・フックはまさに“選ばれし人”である。
言論の自由が閉ざされた社会主義体制下のベトナム、キューバから決死の亡命を経て自由の身となっていく過程は、ミステリ小説ばりのドラマチックな展開。
驚かずにはいられない。
読了日:09月13日 著者:藤 えりか

アンネ・フランクはひとりじゃなかった――アムステルダムの小さな広場 1933-1945アンネ・フランクはひとりじゃなかった――アムステルダムの小さな広場 1933-1945感想
アムステルダムの一等地に建設されたメルウェーデ広場を中心とする集合住宅群には、ドイツを追われたユダヤ人の富裕層が移住しコミュニティを形成していたという。
本書はアンネ・フランクを始め、一部の恵まれたユダヤ人たちの安息の場として、それを象徴するメルウェーデ広場を取り巻く人間模様と迫害の実態を時系列に描いている。
やがて移送されていく収容所と、自由と幸福の象徴であった広場とのギャップが、登場する人々の波乱の人生と重ね合わせ、読み応えがある。
広場に住まうユダヤ人住人と広場とは縁がない困窮するユダヤ人難民やオランダ人社会とは、貧富の差から生じる妬みや確執もあった。
その差別意識から密告、迫害の波が加速していく過程は、緊迫した状況においてユダヤ民族の結束が必ずしも固くなかったことを物語っている。
ナチス占領下のオランダのユダヤ人が置かれた状況について注目されたのは『アンネの日記』の存在によることが大きが、フランク一家の隠れ家を密告した人物は以前謎のままだ。先に読んだ『アンネ・フランクの密告者』を始め、ここにきてアンネ・フランクを取り巻く一連の作品が次々に出版されているのはなぜだろうか?
証言者が没し風化の波には逆らえないが、真実の歴史を知るうえで大いに歓迎したい。
読了日:09月06日 著者:リアン・フェルフーフェン

マイ遺品セレクションマイ遺品セレクション感想
著者とは同い年で、昔からのファン。世にコレクターはたくさんいるが、誰も興味をもたないようなヘンなものを偏執狂的に集めまくるのは、もはや癖を超えて病気の範疇。
私はその感性こそが著者の魅力であり、世界観に共感している。
冒頭にも書いているが、著者が死んだらコレクションたちはどうなるのだろうか? これはコレクター共通の悩みだろう。
著者の場合は、本書も含めて多くの著作やイベントで紹介されているので、たとえコレクションが処分されても、記録として残っていく。
それもある意味“遺品整理”であり、生きた証だろうか。
読了日:09月05日 著者:みうら じゅん

フォンターネ 山小屋の生活 (新潮クレスト・ブックス)フォンターネ 山小屋の生活 (新潮クレスト・ブックス)感想
包容力のある文体をじっくりと味わうために、一編一編を慈しむように読んだ。
山を描いた作品は、その背景によっては尖った岩峰のように荒々しくもなるし、心を癒しの世界に導いてくれる力にもなる。
著者の一年に亘る山小屋での生活は、時として自然の厳しさを体現し、逆にその大らかな懐がもつ力は壊れかけた心を修復していく。
孤独を求めながらも人恋しさをごまかせない、自分に素直になっていく山小屋での四季。
それを見事に描き切った著者の筆力に拍手を送りたい。
ちなみに原題の『フォンターネ』とはイタリヤ語で『源泉』『給水所』の意味。
読了日:09月02日 著者:パオロ・コニェッティ


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[ 2022/10/03 ] 読書 | TB(0) | CM(0)

親子二代、タマホームで建てる24~上棟38日目

内装工事に加速度がつき、長いようで短かった工事も、あと一週間ほどで完成です。

目地幅の狭さと貼り方を巡ってやり直しを要求した玄関ポーチのタイルについては、工務担当と当事者の職人さんと私の3人で現場で貼り方を再確認しました。
取説通りの目地幅5mm、貼り方向を縦横交互にランダムに貼ることで施工することになりました。

工務担当曰く、タマホームの工事をほぼ専属で請け負っている腕のいいベテランの左官屋さんだということでしたが、私としては普通に貼ってくれればよかったのに、なんで“バリェーション”にしたのか疑問です。
それをあえて職人さんに訊くことは止めて、ここはしっかりとやり直してもらえれば良しとしました。

いずれにしても、クレームをつけた私が“つけられた本人”と会うのはきまり悪かったですが、泣き寝入りはゴメンだったので、結果的には良かったと思います。
再施工はタイルが納品され次第開始です。

上棟38日目の土曜日、長男と現場を見学しました。
クロス貼りも終了し、玄関ホールとリビングのTVスペースにはエコカラットも貼られ、内装工事は残すところ電器工事とトイレ、洗面の設置のみとなりました。

長男夫婦が選んだ主寝室のオレンジ色と、キッチンの青緑色のオプションのアクセントクロスはかなりの冒険だったみたいですが、違和感はなく、おしゃれに見えます。

外壁もそうですが、奇抜な色を避け、無難な色でまとめた私の自宅は、思いっきり保守的に思えてきます。

これも柔軟な発想ができない、世代か若さの違いかもしれません。

それと、今回2ヶ所に設置したエコカラットは、部屋の吸湿性能を高める素材としてはうってつけですが、高コストなのが難点。
しかし、ビジュアルを考えるとアクセントクロスよりも遥かに高級感があります。
コストを気にして低価格のタイル素材を貼る方向で検討していた長男夫婦に、3ヶ所に設置している我が家の例を取り、強く勧めました。
そのおかげで、玄関ホールに貼ったエコカラットを、孫の誕生記念としてプレゼントすることになってしまいましたが(笑)。

この日は配管工事も始まっており、基礎の造成工事で出てきた石を、ついでに埋設してもらえるようにお願いしました。

いよいよゴールが見えてきました。

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※クロスとエコカラットを貼り終えたLDK

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※同上 キッチンスペース。下がり天井の木目調クロスも貼られました

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※リビングのTVスペースにエコカラットを全面施工

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※洗面脱衣室のクッションフロアも施工終了

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※2階トイレのクッションフロア

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※2階主寝室。オレンジ色のアクセントクロスが目に鮮やか

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※2階6帖子供部屋

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※クロス貼りの作業2日目の様子。

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※同上

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※バルコニー笠木の施工も終了

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※玄関ホール前の壁面にエコカラットを施工

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※エコキュートを設置する土間

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※排水管の穴埋め作業を開始

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※やり直しを要求した玄関ポーチ。タイルを剥がした状態。

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沼津『ゆきちゃん』富士の宮焼きそば

6月に歩いた旧東海道の旅で立ち寄った店です。

JR東海道線に沿って続く旧東海道は、片浜から田子の浦までは一里塚や本陣跡の碑が忘れたころに出てくるだけで、面白味もない道をひたすら歩く。
その上、飲食店がまったくなく、正午の時報と同時にようやく見つけた見つけたのが一見して駄菓子屋のような店構えの『ゆきちゃん』。
客が誰もいない狭い店内に入ると、まさにそれで、雑然としたの中に昭和の懐かしさがにじみ出ているような雰囲気がありました。

空腹に任せて、富士の宮焼きそば+チャーハンのセットメニュー(900円)を。
私にとっては禁断の炭水化物ダブルです。

これからまだ15㎞は歩くので、糖分は消化してくれるだろう…と勝手な解釈をして、いかにも食欲をそそるボリュームたっぷりのメニューにがっつきました。

富士の宮焼きそばは静岡に出張くと、サラリーマン時代によく食べていた味。
ソースは少し薄味ですが、キャベツもたっぷりで美味いです。

焼きそば屋にチャーハンというのも変わった取り合わせですが、ご飯もほどよくバラけていて、どんどん胃に入っていきます。

空腹だったのか、これだけの量をハイペースで完食。

お腹を抱えて、しばし店主とやりとり。

店主の話では、この先も数㎞先にラーメン屋が一軒あるだけという。
更にこの店には砂漠のオアシスのごとく、多くの旧東海道歩きの同志が立ち寄るということでした。

三島からだと1時半頃に来店する人が多いそうですが、「お客さんは足が速いね」と言われました。

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※『焼きそばゆきちゃん』静岡県沼津市桃里302 月休

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9月も今日で終わり

暑かった9月も今日で終わり。
学芸会的ドタバタ炎上番組の朝ドラ『ちむどんどん』がようやく終わったと思ったら、夕方には期末を象徴するような三遊亭円楽死去のニュース。

長年の『笑点』ファンでしたが、ここ数ヶ月は円楽が抜けてから観なくなってしまい、復帰を待ち焦がれていました。
その矢先の死去。
さぞ本人も悔しかったことでしょう。

72才、早いですね。
頭の回転も速く、毒舌も面白い好きな落語家だっただけに、残念です。

笑点メンバーも敬老会の様相になってきたので、この機会に総入れ替えもありかもしれませんね。

さて、先日、地元FM局でラジオの録音をしてきました。

日本列島徒歩縦断の記事が新聞に載ったつながりで連絡があり、一昨年にもお世話になった30分の番組に出ることになりました。
パーソナリティーのお姉さんの軽快なトークに合わせて話しましたが、思ったことの半分も言えずに終わってしまいました。
なかなか難しいですね。

まぁ、録音なので適当に編集してくれるでしょう。

放送は来週の予定です。

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[ 2022/09/30 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

親子二代、タマホームで建てる23~上棟34日目

早いもので上棟から34日目を迎えました。

現場ではクロス貼りの前段階として、石膏ボードの目地を埋めるパテ処理が始まっていました。
声をかけると、この工程は専門の職人さんで行い、クロス貼りはまた違う職人さんにバトンタッチするそうです。

クロス貼りの下地を施工するパテ処理は、下地に段差がないか?釘やビスの頭が出ていないか?をチェックしていく繊細で重要な作業なので、時間をかけて念入りにするということでした。

さて、前回レポートした玄関ポーチのタイル貼りについての続報です。

タイルの目地幅を測ってみると2mmで施工されており、遠目で見るまでもなくのっぺりした印象。
カラーもダークグレーなので、まるでアスファルトのようでした。

きちんと施工はされていますが、目地幅が狭いのでビジュアル的にも良くないし、外構工事で階段やアプローチにも同じタイルを使用することになっているので、これはいただけません。

タイルのメーカーと品番を検索して取説を確認すると、目地幅の推奨は5mm以上で、貼り方のパターンは表面の模様を縦横交互に張るランダム貼りを推奨するとあります。

職人さんがこれを確認していたかどうかわかりませんが、目地幅2mm、貼り方もランダムではなく一方向で貼っており、のっぺりと見えた印象は目地幅の狭さと貼り方にあったようでした。

タマホーム側にはこの点を指摘し、貼り直しを要求しました。

工務担当からはすぐに返答をもらい、結果的に目地幅5mm、ランダム貼りで再施工してもらうことになりました。

今回の件は、職人さんが2mmで施工した理由は分からないので、タマホーム側には参考までに教えて欲しいと連絡しています。
工務さん曰く、タマホームとしては5~6mmの幅を標準としているという返答ですが、それを施工する職人さんまで届いていなかったのが問題ではなかったかと思っています。

ただ、最近の傾向では目地幅を狭くした施工も増えてきているということなので、住宅メーカー側に一任するのではなく、目地幅はもちろん、貼り方向、目地のコーキング剤のカラー等、事前の打ち合わせが必要かもしれません。

いずれにしても今回の件は、引き渡しまでに発見できて良かったと思います。

※タマホームで建てた私の自宅については、当ブログ内カテゴリの【マイホーム建て替え作戦】をよかったらどうぞ!

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※石膏ボードの目地を埋めるパテ処理が始まりました

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※玄関ポーチのタイル貼りにやり直しを要求

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※目地幅が2mmしかありません

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※同上。貼り方もランダムではなく、一方向。

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※自宅の玄関タイルの目地幅は6mmで施工されています

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※今回施工したタイルのカタログ。目地幅5mm以上、貼り方向はランダム貼りを推奨しています

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箱根『甘酒茶屋』力餅

箱根湯本駅から早朝の旧東海道を歩きだす。

天気予報は見事に外れ、肌にまとわりつく霧雨が降っている。
畑宿の集落から一里塚を見て、薄暗い旧街道に入った。
樹上から落ちてくる雨しずくでずぶ濡れになりながら、石畳を息を切らして登る。
シューズはぬかるみに何度もはまってどろどろだ。

『甘酒茶屋』は江戸時代初期から創業している歴史のある老舗。
暖簾に誘われるように、休憩がてら店に入った。

茅葺きの建物も年季が入っているが、店内は囲炉裏の煙が立ち込め、全身に臭いがついてしまった。
甘酒と力餅が名物だが、甘酒は苦手なので力餅のいそべ(500円)を頼む。

醤油が効いた力餅を食べて腹ごしらえをしていると、女性の店員さんから道中安全祈願の御札と、芳名帳を差し出された。

なんでも、歩いて登ってきた人にサインをしてもらうのが店の慣わしという。
モロに個人情報だが、自治体名とフルネームでサインした。

箱根越えを目指して徒歩で登る人々は思った以上に多いようだが、ここ数日間の記帳を見ると、私は3日ぶりの徒歩の旅人のようだった。

店を出てからいくぶん緩くなった坂道を登り、権現坂をどんどん下っていくと視界が開け、元箱根の町から芦ノ湖に出た。

力餅のパワーを貰ったようだ。

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※『甘酒茶屋』神奈川県足柄下郡箱根町畑宿二子山395-1 無休

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