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東海道徒歩の旅8 清水~静岡

166㎞を歩いた東海道の旅を終え、昨日、帰宅しました。
雨に祟られた一週間でしたが、最終日の昨日は梅雨の中休みの晴天。
たった半日で日焼けして真っ黒になりました。
では、7日目のレポです。

旅に出てから7日目。
今日が最終日である。
府中宿(静岡)でいったん中断して、来週からの北海道の歩き旅のスタートに備えることにする。
この続きは秋にでも再開しようと思う。

清水から静岡までは11㎞の行程なので、急ぐこともなく午前8時過ぎに出発。
スクールゾーンの緑のラインには要所要所に【東海道】のロゴと松のイラストがあり、迷うことなく歩くことができる。
草薙一里塚を過ぎると新幹線とJRを跨いで国道1号線へ。

アスファルトの照り返しと、蒸し暑さに辟易しながら歩く。
ペットボトルの水を朝から2本消費。
さすがに炎天下の歩きは堪える。

箱根越えでは雨に打たれ寒い思いをしたのに、一転して今度は暑さにめげている。
自分勝手この上ない。

静鉄の古庄駅から長沼駅間には一里塚跡があるが、どうやら国道沿いにあったようだ。
北側に走る旧道を歩いて気づかなかった。

静岡駅が近づくとにわかに人通りが多くなり、10時30分に駅に到着。
わずか11㎞歩いただけなので物足らなくもあるが、次回再開することを考えてここで打ち止めとした。

時間もたっぷりあるので、静岡市内でホーロー看板を探すことにし、駿府城址や浅間神社に立ち寄ったりして6㎞ほど道草して静岡駅に戻った。

今回の旅は、日本縦断歩き旅の最終章となる北海道苫小牧~宗谷岬までの400㎞の旅の前哨戦として臨んだが、振り返ってみると十分な手ごたえを得ることができたチャレンジに仕上がったと思う。

何よりもコンスタントに歩けたし、シューズやマメ防止の保護クリームといった新兵器を試すこともできた。
長距離を歩くことの感覚も取り戻すことができた。

この経験を生かして、来週からの北海道の旅を楽しみたい。

■2022年6月18日 静岡県静岡市
■17816歩 11.03㎞
■晴れ

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※ホテルの窓から富士山が見えた

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※かわいい河童の像がある川を渡った

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※江尻宿の案内板。東海道の史跡はあまり残っていないようだ

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※追分羊羹の碑 今でも店は営業している

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※草薙一里塚跡。なぜか巨大なタヌキの焼き物が…

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※新幹線とJRの跨線橋を渡った

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※新静岡駅が近づき、静鉄の線路に沿って歩いた

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※本日のゴールJR静岡駅。166㎞歩いた旅が終わった

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東海道徒歩の旅7 吉原~清水

一昨日に痛めた右足の親指は、爪が紫色に変色し剥がれかけている。
一歩踏み出すたびにズキズキと痛む。
カットバンを貼り、テーピングをし、ロキソニンを飲んで出発。
旅に出てから毎日痛み止めの世話になっている。
その反面、6日目にしてマメができていないことが素晴らしい。
いつもならマメの痛みに苦しんでいるところだが、トレイルラン用のシューズと新兵器のマメ防止クリームの効果だろうか。
北海道の前哨戦として実験は成功したようだ。

吉原本町駅近くのホテルを8時にスタートし、富士市の目抜通りを進むが、市庁舎や市民公園、ホテル、ロゼシアターといった建造物は巨大で豪華。
儲かっている自治体のようだ。

松岡水神社に立ち寄り、参拝。ベンチに座って靴下を脱いで休憩していると、目の前を速足で歩く同志を発見。
私よりいくぶん年配とお見受けしたが、なかなか追いつけない。
私も足の速さには自信があるが、上には上がいる。
この人とは言葉を交わすことなく、抜きつ抜かれながら興津宿までその姿を確認できた。

それと、蒲原宿の手前で出会った一行。
なんと、着物に手甲、脚絆、笠を被り、足元は草鞋履きという江戸時代の格好そのもの。
女性も時代劇から飛び出てきたような旅姿だ。
ちんどん屋か何かのイベントかと思ったが、どうやら趣味で楽しんでいるグループのようだった。

蒲原宿は比較的古い建物が残っており、旧東海道ではいにしえの雰囲気を感じるところである。
日本橋から歩いてきた宿場のなかでも一番か。
もっとも、景観的には関宿や有松宿のほうがはるかに上だが。

由比宿に入ったところで、雨となった。
あっという間にラッキョウのような雨に代わり、民家の軒下を借りて雨具の上下を着た。
雨宿りも兼ねて、由比駅近くにあった旅館兼食堂に飛び込む。
由比は桜えびの町として有名で、かき揚げ定食に舌鼓を打った。
さて、ここからが今日のハイライトというべき旧東海道随一の景勝地、薩埵峠を越えるコースになるが、雨がこれでもかというくらい激しくなってきた。
甘夏やビワが実る峠の登り道は、流れてきた水が溢れ川のようになっている。
シューズの中は水浸しだ。
土砂崩れに巻き込まれる姿が一瞬、脳裏をよぎったが、それを振り払うように半ばやけくそでズブ濡れになって歩いた。

峠から遊歩道となった旧東海道は山の斜面をトラバースしていくが、まさかの通行止めに阻まれてしまった。
興津に出る最短のルートが、東名高速に沿って大きく迂回する羽目になり、2㎞ほど余分に歩くことになった。
興津川を渡り興津駅に出ると、激しかった雨もようやく小降りに代わり、清水までの4㎞を黙々と歩いた。

15時45分、買い出しを済ませて予約したホテルに到着。
しかし、チェックインで30分待ちの行列に並ぶことに。
清水エスパルスの試合があるという。

雨に打たれ、敗残兵のごとく疲れた体に、辛い仕打ちだった。

◼️2022年6月18日 静岡県富士市~静岡市清水区
◼️43080歩 28.00㎞
◼️曇りのち雨
◼️東横イン清水駅前

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※吉原宿の案内図。どう見ても分かりにくい案内だった。

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※富士山の町、富士市のモニュメント

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※富士川の畔に建つ水神社。

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※富士川を渡ると、この旅初めての富士山が見えた。

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※岩渕の一里塚。

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※蒲原宿

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※由比宿本陣。雨が降りだした。

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※桜えびの町、由比を歩く

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※桜えびとしらすのかき揚げ定食を食した

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※薩埵峠に向かう街道には古い町並みがあった

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※土砂降りの雨の中、薩埵峠に立った

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※峠からの旧東海道は通行止めになっていた

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※興津宿の案内板

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東海道徒歩の旅6 三島~吉原

昨日の箱根越えで、石畳につまずいて右足の親指の爪を痛めた。
右足のすねの痛みも残っているので、ロキソニンを飲み、テーピングをした。

三島大社からほど近い、旧東海道沿いにあるホテルを8時に出発。
朝の通勤風景が始まった旧東海道が通る県道145号線は、三島広小路駅を右手に西に向かって伸びていく。
満員電車に揺られたサラリーマンを辞めて2年が経ったが、いまだに仕事の夢を見る。
今は好きな歩き旅にうつつをぬかしているが、40年間の仕事の垢はなかなか落ちない。
因果なものだ。

一里塚を過ぎ沼津市内に入ると、東海道を逸れて千本松原に立ち寄った。
太平洋と松林、そして富士山のコラボ。
三拍子揃ったこれ以上ない贅沢な景観だが、あいにくの曇天とあって富士山は見えなかった。

旧東海道はJR東海道線に沿って続いていくが、片浜から田子の浦までは一里塚や本陣跡の碑が忘れたころに出てくるだけで、面白味もない道をひたすら歩くだけになった。
その上、いつものごとく飲食店がまったくない。
正午の時報と同時にようやく見つけた富士宮焼きそばの店に飛び込み、腹ごしらえすることができた。

店主の話では、この先も数㎞先にラーメン屋が一軒あるだけという。
更にこの店には砂漠のオアシスのごとく、多くの東海道歩きの同志が立ち寄るそうだ。
三島からだと1時半頃に来店する人が多いそうだが、「お客さんは足が速いね」と言われた。

店を出ると、天気が回復したのか晴れてきた。
気温も高いし、湿度が高い。
吹き出る汗を拭いながら歩く。

新幹線の高架を潜ると『左富士の碑』に出たが、本来ならどかーんと見える富士山はまったく見ることができなかった。
振り返って見ると、旅の初日に新横浜に向かう新幹線の車窓から見えただけである。
昨日の箱根越えもそうだが、富士山のまさに懐に飛び込むくらい近くにいるのに、その気配も感じない。
まぁ、日頃の行いが悪いからだろう。

炎天下の中、岳南鉄道の吉原本町駅を通過し、シャッターが下りているのが目立つ規模が大きいアーケード商店街を歩く。
UNYドンキーで晩ごはんの買い出しをして、予約したホテルに投宿。

午後からは蒸し暑い一日となったが、旅も5日目となると身体が慣れてきたのか、思った以上にリズミカルに歩くことができた。

◼️2022年6月17日 静岡県三島市~富士市
◼️40122歩 26.07㎞
◼️ホテル24in富士山
◼️曇り後晴れ

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※三島宿世古本陣跡

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※宝池寺内にある一里塚

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※黄瀬川を渡り、沼津市に入る

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※太平洋と千本松原

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※千本松原は遊歩道が整備されていた

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原宿の一里塚跡

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※富士宮焼きそばを食す

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※立圓寺の仁王像

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※吉原駅近くの運河

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※左富士の碑。富士山は今日も見えない

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※吉原本町から続くアーケード商店街

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東海道徒歩の旅5 箱根湯本~三島

小田原から小田急箱根登山鉄道に乗り込み、昨日ゴールした箱根湯本駅からスタート。
早朝の7時前とあって、温泉街には猫一匹いない。

旧東海道は箱根新道と平行した県道だが、意外にもクルマの往来は多く、歩道もないので神経を使う。
更に、道が勾配をあげるにつれ霧が濃くなり、小雨も降りだす始末。
予報では晴れて暑くなるとのことだったが、まったく外れている。

畑宿の集落から一里塚を見て、薄暗い旧街道に入った。
樹上から落ちてくる雨しずくでずぶ濡れになりながら、石畳を息を切らして登る。
シューズはぬかるみに何度もはまってどろどろだ。

江戸時代から創業している甘酒茶屋で休憩。
茅葺きの建物も年季が入っているが、店内は囲炉裏の煙が立ち込め、全身に臭いがついてしまった。

力餅を食べて腹ごしらえをしていると、女性の店員さんから道中安全祈願の御札と、芳名帳を差し出された。
なんでも、歩いて登ってきた人にサインをしてもらうのが店の慣わしという。
モロに個人情報だが、自治体名とフルネームでサインした。

いくぶん緩くなった坂道を登り、権現坂をどんどん下っていくと視界が開け、元箱根の町から芦ノ湖に出た。
いつの間にか小雨は上がり、曇りとなったがかなり寒い。
ゴアテックスの雨具の下は半袖シャツだが、とても脱ぐことはできない。
30度近くになるという予報はいったいどうなったんだろう。

杉並木を通過し、箱根の関所を抜けると箱根駅伝のモニュメントがあった。
湯本からここまで歩いてきて思ったが、ランナーたちの体力に驚かずにはいられなかった。

交通量が多い国道を歩き、11時30分に霧が立ち込めた箱根峠着。
湯本からの14㎞に4時間30分かかってしまった。

さて、ここからが三島まで延々と続く下りである。
旧街道は国道に沿って石畳の道となるが、昨年の台風で通行止めとなった区間を大きく迂回したりして歩いた。

三島側の旧街道は、三島市の中心部に入る東海道本線とぶつかるまで、ほぼ石畳の道が連続する。
初めは情緒があって良いと思っていたが、濡れた石は滑るし、不規則な石の高さに靴底を通して足が痛くなってくる。
復元作業の苦労を思うとまったく頭が下がるばかりだが、石畳より土の道のほうがはるかに歩きやすいのは間違いないだろう。

14時、ようやく石畳から解放され、三島の街をのんびりと歩き、三島大社に立ち寄った。
家内安全と生まれたばかりの初孫の健やかな成長を祈願し、ホテルに向かった。

富士山も見えないあいにくの天気となったが、今日のコースは旧東海道一番の白眉ともいえるコースには間違いない。
鬱蒼とした森の中、ひたすら歩く石畳をゲップが出るほど堪能できた。

何より、道中、誰にもすれ違うことなく静かな旅を楽しめたことに感謝したい。

◼️2022年6月16日 神奈川県箱根町~静岡県三島市
◼️44300歩 28.79㎞
◼️霧雨のち曇り
◼️セレクトイン三島

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※湯本の温泉街を歩く

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※県道をそれ、旧街道に入ると石畳になった

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※甘酒茶屋の力餅。道中安全の御札をもらった

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※石畳が連続する登りとなった

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※芦ノ湖に出た

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※今回の旅ではモンベルのトレイルランシューズを使用。履き心地も良いし、足の負担もなさそう。北海道の旅でも使えそうだ。

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※今回の新兵器。プロテクトJ1。ランナー愛用のマメ防止クリーム。過去、苦しんだマメは今のところできていない。

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※巨大な杉並木が続く。

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※箱根の関所を通り抜けた

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※箱根駅伝のモニュメントがあった

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※箱根峠。静岡県に入った

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※延々と続く石畳

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※山中城(日本百名城)に立ち寄った

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※三島市内に近づくと松並木となった

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※富士山は見えなかった

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※三島大社に参拝

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東海道徒歩の旅4 大磯~箱根湯本

昨日ゴールした大磯駅からスタート。
右脚のすねの痛みが治まらないので、ロキソニンを飲んでの出発となった。

二日続きの雨である。
梅雨の時期なのでしかたないが、雨に濡れて歩くことはモチベーションが下がるばかりで、楽しさを見いだせない。
一昨年の列島縦断の旅では5日間連続の雨にやられたので、それを思うと明日以降の回復が見えているだけましかもしれない。
ともあれ、今日も傘と雨具で歩きだした。

大磯は伊藤博文や吉田茂の別邸があった町としても知られており、開園時間ちょうどに吉田邸を見学。
なかでも贅をつくした日本庭園が素晴らしく、ちょうど食べ頃の熟した梅の実が転がっており、思わず拾いたくなった。
しかし、『梅の実は拾わないで下さい』の注意書が。
まぁ、しっかりしている。

旧東海道は国道1号線を行くが、歩道も広くて快適だ。
なんといっても身の安全が担保できるのが大きい。
縦断の旅や中山道歩きでは、歩道がない道や危険なトンネルを何度も経験したが、それを思うと天国である。
それこそ鼻歌交じりに歩ける快適さである。

しかし、それとは裏腹に飲食店が少なく、今日も店探しに苦労をした。
コンビニでは味気ないので、今回の旅では飲食店にこだわっているが、小田原駅に近づいたところでようやく発見。
『小田原タンメン』という野菜たっぷりの麺を食すことができた。

今が盛りの紫陽花や菖蒲が咲き乱れる小田原城に立ち寄った後、箱根湯本まで足を伸ばすことにした。
小田原から箱根峠を越えて三島までは“箱根八里”と呼ばれるだけあって、その距離は32㎞。

山越えの登りを考えると少しでも距離を減らしたい…と考えて、湯本までの4㎞を歩く。
まとわりつく霧のように降る雨の中を黙々と歩き、14時45分、箱根湯本駅到着。

ほんとうなら、温泉宿で一泊したいところだが、路銀も少ない旅人である。
小田原に戻って安宿の一夜を過ごすことになった。

◼️2022年6月15日 神奈川県大磯町~小田原市~箱根町
◼️33774歩 21.95㎞
◼️小雨
◼️ビジネスホテル伊勢 

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※吉田茂邸の日本庭園

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※小田原タンメン。野菜たっぷりで美味かった

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※小田原宿の一里塚

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※『小田原うさぎ』のどら焼を食した

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※小田原城の紫陽花と菖蒲

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※小田原城。初めて訪ねました

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※箱根湯本にゴール

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東海道徒歩の旅3 戸塚~大磯

昨日ゴールした戸塚駅からスタート。

通学時間帯に重なったのか、子供たちの群れに逆行しながら進む。
富塚八幡宮で旅の安全を祈って、緩い登り坂になった国道を歩いた。

原宿の一里塚を見て、だらだらと続く坂道を歩くが、改めて横浜が坂の街だと認識した。

雨は予報通りにきっちりと落ちてきたが、梅雨時特有のうっとうしい雨。
傘を差したり閉じたりしていたが、いつの間にか雨具と傘のフル装備になってしまった。

藤沢市に入ると、にわかに東海道を歩いているという実感がでてきた。
街をあげての宣伝もあって、交流館という東海道の案内所や案内板も、随所にあった。
史跡の多さやあるなしにもよるが、行政によっての温度差を感じた。

藤沢から茅ヶ崎間は松並木が続き、景観も素晴らしいが、それ以上に東海道を歩いていることを感じる。
中山道ではあまり見かけなかった松並木だが、道幅も広い東海道には似合っているように思う。

茅ヶ崎駅の近くで昼食。昨日に続いてサンマーメンにチャレンジしたかったが、見つけることができず、年甲斐もなく唐揚定食でガッツリいった。

雨に打たれながら相模川をわたり、平塚に入る。アーケードがある商店街を抜けると、本陣跡や高札場跡が出てきたが、いずれも案内板のみだった。
化粧坂というしゃれた名の松並木がある坂を登り、いっそう強くなった雨の中、大磯駅に到着。
本日のゴールとした。

大磯駅周辺には宿がないので、一駅戻った平塚駅前でホテルを確保。
一日中、雨にやられた2日目が終った。

◼️2022年6月14日 神奈川県横浜市~平塚市~大磯町
◼️38016歩  24.72㎞ 
◼️雨
◼️グランドホテル神奈中 平塚

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※戸塚から藤沢までは坂が連続した

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※東海道らしい松並木が続いた

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※平塚宿の脇本陣跡

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※化粧坂

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東海道徒歩の旅2 鶴見~戸塚

本日から東海道を歩き始めました。
今月末に迫った、北海道の徒歩旅のトレーニングを兼ねてです。

今回は5月に日本橋からスタートし、わずか一日でリタイアしてしまった鶴見から歩きます。

早朝自宅を出発し、新幹線とJRを乗り継ぎ、10時前に鶴見に到着。
天気は晴れ。
暑くなりそうだ。

一方通行の魚河岸通りを生麦駅に向かって歩くが、早くも汗だく。
予報では27度だが、体感温度はそれ以上だ。
キリンビールの工場のすぐ脇にある生麦事件の碑を見て、横浜駅に向かう。

神奈川宿の高札場を見逃すというヘマをやってしまったが、天王町駅あたりから展開する保土ヶ谷宿まではほぼ忠実に東海道を歩く。
しかし、午後を回ったのに飲食店が見つからない。
今日は横浜名物のサンマーメン一択狙いなのだ。
蕎麦屋やとんかつ屋は見つかるも、サンマーメンの店が見当たらない。
中華屋を見つけてもメニューにないではないか。
果たして、サンマーメンは横浜の名物なのか?
半ば諦めかけた頃、天王町駅近くの中華屋で発見。
人生初めてのサンマーメンを味わった。
野菜がたっぷりで美味かった。

保土ヶ谷宿は国道1号線に沿って、本陣跡や一里塚跡があったが、バラバラと出てくるので、昔の宿場跡の面影はなかった。

権太坂を皮切りに、上ったり下りたりの坂道が続く東海道を歩くが、暑さもあってけっこうきつい。
その上、右脚のふくらはぎが痛みだした。
2年前の歩き旅で痛みでリタイアしたのを思いだし、不安がよぎった。
応急処置として、ロキソニンテープを貼って脚を揉んだ。

少しは効果があったのか、本日のゴール予定の戸塚駅まで踏ん張ることができた。

さて、明日はここからスタートとし、平塚を目指す。
下り坂という天気がもってくれればうれしい。

◼️6月13日 神奈川県横浜市鶴見~戸塚
◼️31960歩  20.77㎞
◼️晴れ
◼️ホテルグランドサン横浜

※リサイズすると画像が粗くなりますが、アップします。

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※この碑から100メートルほどの地点で事件が起きた

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※保土ヶ谷駅近くの商店街。賑わっていた

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※ラーメンや餃子の自販機があった

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※初めて食したサンマーメン

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東海道徒歩の旅1 日本橋~鶴見

都内で4日間ホーロー看板探しを楽しんだ後、5月14日に日本橋を出発し、東海道を西に向かうことにした。

今回は5月17日に持病の定期検診が控えているため、わずか2日の短い日程だが、行けるところまで歩くことにする。
6月末の北海道徒歩の旅に向けたトレーニングの意味合いも含んだ旅である。

前夜から降り続く強い雨が収まるのを待って、日本橋馬喰町のホテルを出発。
1.5㎞歩いて昨年10月に中山道の旅でゴールした日本橋に立つ。

前回の旅では麒麟像には触れたが、最後の最後に五街道の起点となる『日本国道路元標』のプレートを踏み忘れるというへまをやったので、今回は橋の真下、道路の真ん中に埋め込まれている元標を、クルマがいないのを見計らって踏んだ。

降りしきる雨の中、8時25分に日本橋をスタート。
京橋から銀座通りはビル風にあおられた雨が全身をずぶ濡れにした。
江戸歌舞伎発祥の地や銀座の柳の碑など、これまで何度も銀座を歩いているにも関わらず、関心がなかったのか気づかなかった名勝を見ながら歩く。

それにしても雨が強い。
ゴアテックスの雨具を着ていても、まるで梅雨時のようにムレるし、ちんけな折りたたみ傘も風にへし曲げられて役に立たない。

泉岳寺を過ぎ品川駅が見えてきた頃、ようやく雨が上がり、JR東海道線と京浜東北線を跨ぎ坂道を下り、品川宿に入った。

品川宿は大井町まで続くので規模もそれなりに大きいが、商店街が続くばかりで古い建物もなく見どころは少ない。
本陣跡や大仏がある寺の境内を覗き見しながらぶらぶらと歩いた。

線香の煙がたなびく鈴ヶ森の刑場跡を過ぎると国道15号に合流し、そこから先は多摩川を渡るまではひたすら国道歩きとなった。

途中の中華料理店で昼食。
野菜炒め定食を食べるがこれがめっぽう美味かった。
味は店の外見じゃないとつくづく実感。

多摩川を渡り神奈川県に入ると、日差しも強くなってきた。
川崎宿でホーロー看板を撮影するために往復3㎞を道草し東海道に戻り、芭蕉の句碑や市場の一里塚を通過。

コンビニに立ち寄りコーヒーを飲みながら、さて本日の宿をどうしようかとスマホで検索するが、なんと目的地の横浜はおろか鶴見、川崎も含めて宿がまったくヒットしない。
あっても一泊2万円超え。
調べてみると、この日は横浜スタジアムでベイスターズの試合があり、どこのホテルも満室のようだった。
まったくそれに気づかず、宿は当日予約でなんとかなると思っていたのが浅はかだった。

今更東京に戻って泊まるのも癪に障るので、今回は14時に鶴見で中断し、帰宅することにした。
意気揚々と歩き始めた東海道だが、わずか一日25㎞の旅で終わってしまった。
野宿する根性もないし、まぁ、こうしたアクシデントも仕方がない。

JR鶴見駅から東神奈川で乗り換え、新横浜までは横浜スタジアムへ行く乗客で身動きが取れないほどごった返した車両に辟易した。
崎陽軒のシウマイ弁当をお土産に新横浜から新幹線で帰宅。

東京で80㎞、東海道で25㎞歩いた5日間の旅だったが、小さなマメができたくらいで体調は良好、まずまずのトレーニングになったと思う。

次回は、鶴見からのリベンジをできるだけ早い段階で実行に移したくなった。

◼️2022年5月14日 東京都中央区日本橋~神奈川県横浜市鶴見
◼️38871歩 25.26㎞
◼️雨のち曇り

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※『日本国道路元標』のプレートを踏む

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※降りしきる雨の中、日本橋をスタート

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※同上

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※銀座一丁目入口にある江戸歌舞伎発祥の地

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※銀座三越のライオン像もコロナには勝てない

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※銀座の中心部も雨なので人出も少ないようだ

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※品川宿に入った

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※品川宿本陣

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※品川宿海晏寺の大仏

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※野菜炒め定食を食す 700円

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※多摩川を渡った

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※12時30分、県境を越え神奈川県に入った。

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※川崎宿の外れにある芭蕉の句碑

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※市場の一里塚跡

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※鶴見川を渡り、JR鶴見駅で旅の中断となった

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中山道徒歩の旅【後半戦9】浦和~日本橋

塩尻からスタートした9日間かけた旅も今日で終わる。

気温は朝からぐんぐん上がり、7時の時点で24度。
東京では30度超えになるらしい。

浦和駅前のホテルを出て、駅へ急ぐ通勤のサラリーマンを尻目に逆方向にしばらく歩くと調神社。
ウサギが眷属という珍しい神社で、なるほど、鳥居を挟んで狛犬ならぬカワイイウサギが鎮座していた。
ここまで無事に歩いてきたことを感謝し、参拝。

六辻を過ぎると埼玉県最後の宿場、蕨宿となった。
日本橋から数えると3つ目だが、逆に歩いている私からすると67番目。

蕨は町全体で中山道を盛り上げている気概を感じる。
通りにはタペストリーが下がり、マンホールの蓋は中山道仕様、更に側溝の蓋にも『わらび宿』の文字を入れるなど念の入れようだ。
同じ埼玉県でも道標さえほとんど整備されていない深谷や大宮、浦和などと比べるとかなりの温度差を感じる。
中山道は手軽に歴史を体感するウォーキングが楽しめることができる財産なので、整備や観光案内などを自治体だけに任せず国ももう少し支援したらよいかと思う。

蕨宿から荒川に架かる戸田橋を渡ると東京都板橋区。
京都から数えて7つ目の県境を越えた。

志村の一里塚跡は都心には珍しく、道路を挟んで塚が築かれていた。
塚のすぐ傍らには竹細工や籠、箒などを売っているレトロなたたずまいの店があり、周りの風景とのギャップが凄い。
そこだけがまるで昭和の時代にタイムスリップしたようで、とても東京とは思えない異空間であった。

板橋宿は商店街の中を通り抜けあっという間に通過し、巣鴨商店街に突入。
途中に新選組の近藤勇の墓があるが、気づかなかった。
近藤の墓は分骨したのが全国にいくつかあるようだが、板橋刑場で処刑されたのが激動の人生の最期となっており、そのゆえんだろうか。

巣鴨のとげぬき地蔵で参拝をし、ゴールの日本橋に向けて最後のひと踏ん張りとなった。
途中、東京大学赤門前の中華料理屋で昼食。
さすがに国際色豊かで、東大の学生だろうか、店内には早口でまくし立てる中国語がうるさく飛び交ってぃた。

右足にできたマメは痛いのを通り越してマヒしている状態で、日本橋までのあと数㎞を考えたらどうでもいい。
痛みがどうだろうと、あとはひたすら歩くのみだ。
しかし、気負いのタガが外れたのか、神田駅を過ぎ三越が見えてきたとき、思い出したようにマメの痛みを強く感じた。

14時ちょうどに日本橋に到着。
東京市の道路元標複製を撮影し、麒麟像に触れたが、最後の最後に五街道の起点となる『日本国道路元標』のプレートを踏み忘れるというへまをやった。
この次の東海道ウォーキングのチャレンジまでとっておいてやろうと思う。

9日間の旅は最後まで体が歩くことに順応できず、毎日疲れを残していた。
宿に入るとぐったりで、ブログを更新する作業も精いっぱい、早々に床に就いていた。
後半はマメの痛みと暑さに耐える歩行となったが、それでも日本の今の風景を眺めながらの一年ぶりの歩き旅は、何かしらの心の解放感を得ることができたように思う。

コロナ禍に翻弄され、二年越しで楽しんだ中山道534㎞の旅が、ようやく終わった。

◼️2021年10月11日 埼玉県さいたま市~東京都中央区
◼️35689歩 23.19㎞
◼️晴れ

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※浦和宿調神社

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※同上。鳥居の脇には狛犬ではなくウサギがあった

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※同上

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※浦和~蕨間にある辻の一里塚跡

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※蕨宿に入った

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※蕨宿

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※同上。古い建物も残っていた

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※同上

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※蕨宿仕様のマンホール蓋

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※側溝の蓋まで中山道を宣伝する念の入れよう

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※戸田。荒川を渡る橋の欄干には渡し船の彫刻があった

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※戸田橋。荒川を渡り、東京都に入った

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※志村の一里塚。都心には珍しく左右2基の塚があった

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※同上。レトロな商店。そこだけが昭和時代にタイムスリップしたような雰囲気

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※商店街を通る板橋宿の出口(日本橋からは入口)。中山道の標識がある

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※巣鴨の猿田彦庚申塚

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※巣鴨商店街に向かって歩く

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※巣鴨商店街。平日とあって人通りは少なかった

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※同上。なんだかよく分からないバス。巣鴨は赤がイメージカラーなのか、赤いパンツを専門に売る店もあった

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※とげぬき地蔵

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※東京大学赤門

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※赤門前にある中華屋で昼食。黒酢豚定食(900円)餃子は6個あった(笑)

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※14時、日本橋にゴール

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※日本橋にある東京市道路元標

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※次に日本橋をスタートするのは東海道のチャレンジ。待ってろよ!!!

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中山道徒歩の旅【後半戦8】鴻巣~浦和

二泊した熊谷を離れ、昨日ゴールした鴻巣駅に戻る。
予報では今日は暑くなるようだ。

振り返ってみると、8日前に塩尻をスタートしてからずっと半袖シャツで歩いている。
長袖は使わずじまい。明日はさらに気温が上がり、東京では30度になるという。

今日のコースとなる鴻巣から浦和までの26㎞は県道164号線を真っ直ぐに南下するだけなので、道に迷うこともなさそうだ。

桶川宿は古い商家や本陣跡も残っており、都心にあって中山道らしさを実感できる。
中山道に特化した観光案内所もあり、ボランティアスタッフの方としばし雑談。

コースを詳しく掲示した地図を参考に、昨日の深谷から熊谷の間で道を外れてしまったことを検証してみたが、ついぞ分からなかった。
スタッフの方も道標がほとんどないので迷いやすいとおっしゃっていた。

上尾宿を過ぎ、南方神社と加茂神社を通過。
大宮駅に近づくに連れクルマも人も多くなってきた。

苦しいがマスクを着けて歩く。
今でこそコロナの感染者数は首都圏では二桁になったが、ついひと月前は第五波の影響で天井知らずの数値だった。

それにしても日本人の真面目さには感心する。
誰一人としてマスクを着けていない人はない。
ワクチン接種率が更に上がれば、収束もみえてくるだろう。

歩道を行き交う人の群れの中を泳ぐように浦和宿に向かう。
氷川神社の入口にある常夜灯を過ぎるとけやき並木となった。
中山道を歩いていくなかで、この数日でも松、杉、そしてけやきと見せてもらった。
江戸時代からあったかどうかは分からないが、こうした並木は旅人の心を和ませてくれたのだろう。

泊まるホテルが見えてきた。
マメの痛みは相変わらずだが、なんやかんやでここまで歩いてきた。

当初は日本橋からそのまま東海道を進むことを目論んでいたが、旅が進むに連れモチベーションが萎えてしまった。
東海道はまたの機会にチャレンジしたい。

さて、日本橋まであと一日。
明日も頑張りたい。

◼️2021年10月10日 埼玉県鴻巣市~さいたま市
◼️42055歩 27.33㎞
◼️浦和ワシントンホテル
◼️曇り時々晴れ、一時雨

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※浦和宿の手前にある旧北本宿の道標

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※桶川宿には案内所や案内板があり、中山道が町起こしの一環となっていた

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※桶川宿の中山道案内所。スタッフが丁寧に対応してくれる

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※桶川宿。古い旅館もあった

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※上尾宿の氷川鍬神社

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※上尾宿の石仏

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※上尾宿の道祖神

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※大宮宿の塩地蔵

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※氷川神社と常夜灯。

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※けやき並木。浦和も近い

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※不動の石仏があった。浦和宿

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※古い酒屋に残っていたホーロー看板。


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中山道徒歩の旅【後半戦7】深谷~鴻巣

小雨模様の朝を迎えた。
熊谷駅から昨日ゴールした深谷駅に戻る。

駅前にある観光名所の案内板を見ると、渋沢栄一ゆかりの名所は出身地の血洗島周辺に集まっており、中山道からは距離があるので残念だがパスし、そのまま熊谷宿に向かうことにした。

中山道は国道17号線の東側を大きく回り込むように続くが、案内板や道標はほとんどなく、面倒だがスマホの地図アプリで確認しながら進む。

しかし途中で間違ったのか、気づいたときには大きく道を外れてしまっていた。
距離にして約2㎞。今さら戻るに戻れない。
どこで間違ったのか分からないまま、旧国道ではなく、国道17号バイパス方面に歩いてしまったようだ。
中山道を忠実に歩かなければならないと大口を叩いておきながら、約束破りの根性なしである。
軌道修正にさらに1㎞費やし、中山道に戻ったが、相変わらず道標もないので、地図アプリだけが頼りだ。

朝出発した熊谷駅の線路を跨ぎ、中山道は荒川に沿って進んでいく。

途中で荒川の堤防に上がり、クルマの乗り入れができないことをいいことに、のんびりと風に吹かれて歩く。

私の傍らを自転車野郎が凄い勢いで走り抜けていく。
そうか、彼らはこうした場所でトレーニングしているのか。
案外、私のような歩き旅にはクルマより怖い存在のようにも思う。

堤防から吹上駅に向かう分岐には立派な道標があった。
今日初めてのまともな案内板である。
降りた場所にはお堂のなかに権八地蔵が鎮座していた。

ここからは分岐に道標もあり、間違うことなく吹上駅前を通過。

しかし、途中で激しく雨が落ちてきて、傘をさし、ザックカバーを着けて歩く。
雨は降ったり止んだりを繰り返すが、気持ちが悪いくらいの蒸し暑さだ。

熊谷は国内でもトップクラスの暑い町として有名だが、10月にこの暑さはたまらない。

さらに追い討ちをかけてくるマメの痛み。
右足は一歩置く毎に脳天までしびれるようにジーンと響く。
こんな状態でどこまで行けるのか。
雨にやられ、マメにやられ、モチベーションは落ちる一方。
そういえば、昨年の縦断の旅でも同じようにネガティブ思考に支配されていたことを思い出す。
今後の行程を考えて、今日は鴻巣駅まで頑張ることに決め、後の6㎞を踏ん張ることにした。

鴻巣までの中山道は歩道もないので、ザックに自転車用の赤色点滅ライトを着けて歩く。

背後から来るクルマのドライバーは気づいているに違いないが、それでも私の横をスレスレで通過していく輩がいる。

今さら歩道を設置することはできないが、だとしたら運転マナーを向上させるしかないだろうか。

どっちにしろ、日本の道路は歩行者には優しくできていないことが腹立たしい。

15時30分、今にも雨が落ちてきそうな空の下、JR鴻巣駅に到着。
残りは大宮宿まで20㎞、日本橋まで50㎞である。

後2日、ゴールがようやく見えてきた。

◼️2021年10月9日 埼玉県深谷市~鴻巣市
◼️43771歩 28.45㎞
◼️東横イン熊谷駅北口
◼️曇り時々雨

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※1966年に東京駅に似せて造られた深谷駅。昨日のゴールが今日のスタート

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※深谷宿で見つけた巨大な蔵

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※深谷宿の入口にある常夜灯。中山道の全行程のなかでもトップクラスの大きさ

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※優しい顔の石仏があった

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古墳のようだ。この段階ですでに道を外れていたかもしれない

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※今日のにゃんこ

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※吹上を目指して、風に吹かれて荒川の土手を歩く。

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※今日、初めて見つけたまともな道標

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※権八地蔵

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※新しい家屋の前に馬頭観音があった

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※中山道の道標が分岐にあった。間違えることはなく安心

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※氷川神社


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中山道徒歩の旅【後半戦6】高崎~深谷

けたたましく鳴る携帯の警告音で起こされた。
地震は不安を増長するように、長く揺れた。
寝入りばなである。
すぐにテレビをつけると、震源地は埼玉県南部であるという。
しかし現金なもので、疲れていたのか、余震の心配をよそにすぐに寝入ってしまった。

朝起きてニュースを観ると、高崎の震度は3だった。
いずれにしても、旅先の災難だけはごめんだ。ホテルの建物と心中はしたくない。

今日は40㎞先の熊谷に宿を確保したので、行けるところまで歩くつもりだ。

ホテルがある高崎駅前から中山道に戻り、上信電鉄とJR信越本線、更に上越新幹線の高架を渡る。
通勤や通学の人々が行き交う旧中山道を黙々と歩く。

早くも汗だく状態。
予報では季節外れの気温が30度近くになるらしい。
ちなみに明日は気温がぐっと下がるということなので、毎日が目まぐるしく変化するジェットコースターのような寒暖差である。

倉賀野宿が近づくと松並木が続く道となった。
集団で登校する小学生の列と挨拶を交わしながら進んだ。
暑いのにマスクは可哀想だが、このご時世ではしかたあるまい。

私は人とすれ違うときにマスクを着けるが、歩き旅でマスクを着けっぱなしは考えられない。
即、熱中症で救急搬送されそうだ。
どっちにしても面倒な世の中になったものだ。

ドラッグストアになっている本陣跡を過ぎ、常夜灯がある二俣に出ると倉賀野宿は終わり。
中山道らしい雰囲気もほとんどなかった。
これは次の新町宿や本庄宿も同じだった。
思っていた通り、都心に近づくに連れ、江戸時代の街道の名残りは薄れていくようだ。

県境を越え埼玉県に入ると、暑さもピークになってきた。

本庄宿を過ぎて出てきた八幡神社はまさに砂漠のオアシス。
涼しい風が抜ける賽銭箱がある社殿で、ザックを枕にしばしまどろんだ。

汚れてテーピングだらけの裸足を向けてしまったので、神社にひとときのお礼とお詫びを込めて、少しばかしお賽銭を奮発した。
これでバチは当たらないだろう。

深谷が近くなったからか、中山道はネギ畑の風景のなかを通り抜けていく。
深谷といえば渋沢栄一だが、中山道沿いには彼にちなんだ名跡があるのか、興味をもって歩いたが、深谷駅前まで三軒の酒蔵を除いては何もなかった。

さすがにこの暑さではもう歩く気が起こらず、今日はここまでとする。
明日は熊谷から戻ってこの続きとしたい。

愛知県の明治村にあるようなレンガ造りの巨大な駅舎の深谷駅から高崎線に乗車。

日焼けして火照っている顔や腕は、今日の闘いの勲章である。
大袈裟だが、汗だくの体や痛むマメも同じ。

今夜は、ゆっくりと風呂に浸かって労ってやろう。

◼️2021年10月8日  群馬県高崎市~埼玉県深谷市
◼️45011歩 29.25㎞
◼️東横イン熊谷駅北口
◼️晴れ

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※倉賀野宿の脇本陣

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※倉賀野宿の石仏

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※倉賀野宿の常夜灯

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※県境を越え埼玉県に入った

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新町宿を過ぎ、コスモスが咲き乱れる古墳があった

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本庄宿の近くで見つけた石仏

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※お世話になった八幡神社

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※深谷が近づくとネギ畑が出てきた

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※小山川に架かる滝岡橋を渡った。花崗岩で造られた歴史がある橋。

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※今日のアイドル

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※深谷宿の菊泉酒造

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※同上

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※深谷宿。こちらも酒蔵だろうか

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※まるでテーマパークのような深谷駅

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中山道徒歩の旅【後半戦5】横川~高崎

高崎発6時58分の横川行に乗車。
通学電車なのか、高校生で混んでいる。
30分後、終着の横川駅で降りたのは私一人だった。

霧雨のような、気持ちまで憂鬱になる辛気臭い雨が降っている。
待合室で雨具を着ながら空を見上げた。
駅前には峠の釜飯で有名な『おぎのや』があり、ここで昼飯の駅弁を調達するつもりだったが、時間外なのか売店には人影がなかった。

中山道は駅の北側の旧道に続いており、ゆっくりと歩き出す。
しかし、雨が少し強くなったことを合図に折り畳み傘を出し、足を速めた。

上信越道の高架を潜ると松井田宿。
自転車に乗った二人のツーリストに会った。
中山道は外国人にも人気なのだろうか。
そういえば、昨年も岐阜県内を自転車で旅をしている金髪女性に会った。

松井田宿は多くの商店が軒を並べ、それなりの規模を誇っているが、その反面、古い建物は少なく、あまり見所もなかった。
中山道は人が少ない山間部にこそ価値がありそうだ。

妻籠や馬籠、奈良井といった木曽路の集落はまさに国宝級である。
これから日本橋がある首都圏に向かうにつれ、江戸時代の名残りを探す楽しみも半減するだろう。
いっそのこと、中山道を外れて最短距離で東京に向かうか。

いかん、いかん。

今回の旅は中山道をはみ出すことなく忠実に歩くことを肝に命じているのだ。
1センチたりとも横着はできない。
頑なくらいがちょうどいいのだ。
…と思いつつ歩いていたら、松井田宿から安中宿に向かう途中で大きく道を外れてしまった。
気づいたときには500メートルも逸れてしまい、往復1㎞の無駄な作業となってしまった。
今日のコースは道標も少なく、肝心なところで間違えるという不甲斐なさだ。
もっと動物的な感を働かせねばならない。

安中宿で店を見つけて昼食といきたかったが、まったく見あたらない。
塩尻を出てから昼はずっとコンビニで済ませていたので、新そばなんぞにありつければ最高である。
しかし、店がない。
空腹に勝てず、非常用で持っているお煎餅をパリパリやりながら歩いた。

そして国道18号線にでてようやく見つけたのが、ラーメン屋。
血糖値を気にしているのに、ラーメン+チャーシュー丼という禁断の黄金コンビを食べてしまった。
店名も『ばりきや』。
これで、馬力が出たら最高だ。

天気が回復したようだ。
安中から板鼻宿を過ぎ、さらに南下していく。
高崎名物のだるまを作っている作業場や店が、目立つようになってきた。

しかし、体には異変が…。
恐れていた、脳天に突き抜けるようなマメの痛みが襲ってきた。
歩道に落ちているほんの小さな石を踏んだだけで、まるで生け花で使う剣山に足を乗せたような痛みと形容しようか。
昨年の縦断の旅でさんざん悩ませてくれた、あの痛みである。

休むたびに靴下をぬいでチェックし、マメの水疱の水を安全ピンで抜き、カットバンとテーピングを施す。
これがなければ旅も最高なんだが…。

高崎宿の諏訪神社前から高崎駅に向かい、駅前のイオンで晩ごはんを買い出し。
15時、連泊となったホテルに入った。

雨から曇天、マメの痛みに苦しんだ一日となったが、明日は天気も回復するようだ。

いよいよ首都圏、埼玉県に突入である。

◼️2021年10月7日 群馬県松井田町~高崎市
◼️42797歩 27.81㎞
◼️セントラルホテル高崎
◼️小雨のち曇り

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※横川の町を抜け国道に出た。天気がよければ妙義山が見えるはずたが…

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※こうした石仏はまだ残っている。

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※松井田宿近くで

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※久しぶりに見つけた、水原弘のハイアース

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※国道沿いにペットボトルの「墓場」があった

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※安中宿が近づくと杉並木が出てきた

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※安中宿を歩く

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※同上

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※同上

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※昼飯はがっつりいった

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※旅にでて5日目、マメに苦しむようになってきた

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※高崎はだるま製造で有名

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※高崎宿の岡醤油醸造元

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※高崎宿。レトロな建物が残っていた

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中山道徒歩の旅【後半戦4】佐久~横川

中山道いちばんの難所、碓氷峠を越える日。
パーカーを着込み、白く霞む冷たい霧のなかを出発。

小田井宿までの30分は寒いので足早に歩く。
高札場や本陣跡は残っているが、肝心の公衆トイレがない。
ホテルで済ませてこなかったので、ちょうどもよおしてきたのだ。

我慢大会のごとく御代田駅の南にある龍神公園までさらに20分踏ん張って歩く。
どうにか間に合い、ほっと胸を撫で下ろした。
昨年の日本縦断の旅でもトイレについてはずいぶん苦労した。
歩き旅のネガティブな部分だろう。

御代田から追分宿までの約6㎞は緩い登り坂がこれでもかと続く。
自分にはまったく縁がない、いかにもお金がかかっていそうな別荘の群れを横目で見ながら脇本陣や油屋跡を歩く。

堀辰雄記念館は開館時間前で見学することができなかったのが残念だ。
堀辰雄は高校時代に貪るように読んだ作家。今思うと、あんなセンチメンタルな物語をなんで夢中になっていたのかさっぱり分からない。
きっと純愛に憧れるどこにでもいるうぶな少年だったんだろう。

追分宿から中軽井沢を過ぎ、雑踏と喧騒の軽井沢に突入。
佐久のホテルを出てここまでちょうど20㎞である。
中山道は悪名高き軽井沢銀座を通っており、平日にも関わらず、人の波に辟易しながらマスクを着けて足早にくぐり抜けた。

さて、ここからが本番である。
碓氷峠への遊歩道に入る。
しばらくは快適な幅広の整備された道だったが、やがて広葉樹の森の中を縫うように続く登山道となった。

快適な登山道を黙々と登り、人の声が聞こえるようになった頃、碓氷峠の見晴台に到着。

峠には神社や力餅を売る茶屋があったりして意外に人臭い。

せっかくなので、神殿が長野県と群馬県の両方にまたがる熊野神社に参拝。
私の体の左半分は長野県、右半分は群馬県というなんとも危うい参拝をした。

ちなみにお賽銭はこれから下山でお世話になる群馬県側の賽銭箱に入れた。
ついでに同じく県を跨いだ場所にある茶屋『しげのや』に立ち寄り、名物の力餅(黒ごま)を食した。

腹ごしらえを終えて、いよいよ坂本宿を目指して峠を下る。
すぐに急勾配の登山道となった。
私は下り方向なので足元に注意してリズミカルに下るが、これを登りでやるのは大変だろう。

坂本宿までは8.5㎞の下りとなったが、登山道は狭く石がゴロゴロとしているところも多く、靴底が薄いウォーキングシューズなので足の痛みが辛くなってきた。

途中の森のなかで、至近距離でニホンカモシカと遭遇。
ほんの3メートルの距離なのに、ヤツは逃げることもなく、しばらくの間にらみ合いになってしまった。
思わず突進されるかと思ったが、ゆっくりと視線を外して胸を撫で下ろした。

8.5㎞を下り切り、ようやく道路に出た。
碓氷峠は登りから下りまで、カモシカに遭遇した以外は人に会うこともなく、静かな歩きを楽しむことができた。

休憩所で痛む右足をチェックすると、小さなマメが3つ。
急な下りで痛めたのか、親指の爪は両足とも剥がれかけている。
痛いわけである。

こんな状態で明日からの行程が踏ん張れるだろうか。
応急措置をし坂本宿に向かって下るが、足の痛みは仕方がないと諦め、最後の人踏ん張りを楽しむように歩いた。

今日の締めは、JR横川駅から乗車し、高崎駅前のホテルに投宿。
明日は再び横川駅まで戻って高崎宿を目指す。

後半戦になった歩き旅、無心に楽しむことができたらいうことない。

◼️2021年10月6日 長野県佐久市~群馬県松井田町横川
◼️51802歩  33.57㎞
◼️セントラルホテル高崎
◼️雲り時々晴れ

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※小田井宿近くで見つけた石仏

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※追分宿に向かう途中には馬頭観音があった

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※追分宿に入る

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※高札場跡

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※借宿の遠近宮。在原業平の歌にちなんだ神社

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※中軽井沢宿近くで

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※軽井沢銀座。ここを中山道が通っている

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※碓氷峠の登り。森の中を快適に登る

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※碓氷峠見晴台からの群馬県側の展望

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※碓氷峠の熊野神社。鳥居を境に県境にまたがって建っている

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※同上。私は右の群馬県の賽銭箱に入れた

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※峠の茶屋で名物の力餅を食べる(500円)

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※碓氷峠から坂本宿を目指して下る。足元が悪い急な坂。

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※アサギマダラ

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※可愛いコイツとしばしにらめっこ

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※坂本宿に入った

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※坂本宿を歩く

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※同上

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※横川駅の近くで

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※ホーロー看板屋敷も健在だった

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※本日のゴール、横川駅の前にある峠の釜めしの『おぎのや』

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中山道徒歩の旅【後半戦3】長久保~佐久

吐く息がわずかに白い。
思いのほか冷え込んだなか出発。
腰と右足には痛みが残っているが、なんとかなりそうだ。

国道142号線に出たところでコンビニを見つけ、昼食のおにぎりとバナナを購入。
ついでにホットコーヒーも。この旅初めてのコーヒーにありつくことができた。

泊まった民宿はなかなかのサービスぶりで、洗面用具、タオル、パジャマは有料。更に食器の片付けまでさせられた。

これで一泊二食で9500円。
競争がないとはいえ、実にいい商売だ。
私にお金とその気があったなら中山道沿いに小さな宿をやってもいいくらいだ。
きっと儲かるに違いない(笑)。

長久保宿を過ぎたところで、パーカーを脱ぐ。
今日も季節外れの暑さになりそうだ。
ダラダラと続く緩い坂道を登ると笠取峠。

国道を一気に下ると松並木となった。
天然記念物に指定されているアカマツ並木が1㎞ほど続く景観は今回の旅の白眉といっても良いくらい素晴らしい。
道祖神や名もなき石仏も目を楽しませてくれた。

芦田宿を過ぎ茂田井間の宿を歩く。
白壁の酒蔵が軒を並べる静かな町並みである。

アサギマダラがゆらゆらと舞っている。
手が届くくらいの高さを優雅に翔ぶ姿に心が和む。
羽にマーキングは確認できなかった。

続く望月宿には映画『八つ墓村』のロケ地となったレトロな旅館や石仏群もあり、苦行のような季節外れの炎天下の歩きを忘れさせてくれた。

八幡宿から千曲川を渡り塩名田宿に入ると浅間山がこれ以上ないくらい大きく雄大になった。
刈り取り真っ盛りの田園風景に赤く色づいたリンゴ畑が目に鮮やかだ。

風景は素晴らしいが、それにしても暑い。
朝からペットボトルを三本空にした。
佐久の岩村田宿まであと数㎞だというのに、1㎞毎に腰を下ろしてしまう体たらく。

朝の寒さはなんだったのか。
この暑さが、老いぼれの我が身の少ない体力を奪っていく。

16時、佐久インターの近くで晩ごはんを買い込み、ホテルに投宿。

ようやく暑さから解放された。

◼️2021年10月5日 長野県長門町~佐久市
◼️44902歩 29.18㎞
◼️AZホテル佐久インター
◼️晴れ

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※長久保宿を歩く

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※空き缶の二次利用。これは凄い!

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※笠取峠を下ると松並木が出てきた

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※松並木には石仏も佇んでいた

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※山の稜線がきれいに見えた。田園風景も素晴らしい

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※坂道が多い芦田宿を歩く

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※同上

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※茂田井間の宿。白壁の酒蔵が軒を並べる

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※望月宿の春美屋。下駄の看板が有名

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※望月宿。『八つ墓村』のロケ地となった旅館

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※望月宿。石仏群

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※八幡宿に向かう途中にあった道祖神

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八幡神社。社殿の彫刻が素晴らしい

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※同上

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※同上

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※千曲川を渡った

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※塩名田宿付近

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※浅間山が大きく迫ってきた

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※岩村田宿が近づくとリンゴ畑が多くなった

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※岩村田宿の道祖神

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中山道徒歩の旅【後半戦2】下諏訪~長久保

二日続きの快晴の空を仰ぐ。
ホテルから国道に出るとクルマが列をなして過ぎていく。
下諏訪の町のいつもの通勤風景が始まったようだ。
今度は通学の自転車に乗った女子高生が坂道を転がるように凄いスピードで走っていく。
うかうかしてたら跳ねられそうだ。

一晩寝たら腰はいくぶん良くなったようだ。
このまま治って欲しい。

諏訪大社下社春宮に立ち寄り、複雑な彫刻が施された社殿を仰ぎ、旅の安全を祈った。
ついでに万治の石仏に道草。
「よろずおさまりますように」と願掛けながら時計回りに石仏を3周し、最後に「よろずおさまりました」と呟く。
これで願掛けはうまくいった(笑)。

さて、ここからが本番である。
中山道は国道142号線に付かず離れず坂道を登っていく。
諏訪大社の御柱祭りの会場となる木落とし坂を過ぎ、交通量が多い国道をひたすら登る。

右足のむこう脛が鈍く痛む。
昨年の日本縦断歩き旅で痛めた同じ箇所だ。
痛みに耐えられず秋田県でリタイヤしてしまった厭な記憶がよぎった。
大事をとって少し長く休憩し、湿布を貼ってロキソニンを飲んだ。

戊辰戦争で散った水戸藩士を奉った浪人塚を過ぎると山道になり、鬱蒼とした森を縫う急登が続いた。
和田峠(古峠)までの3㎞の登りが苦しい。
何度も立ち止まりながら息を整えて登る。
登山をやっていた10年前だったら何でもない登山道だったと思うが、さすがにきつい。

(そうだよな~来月63になるもんな)
もう若くないし、体力も気づかないうちになくなっているのだ。

汗を滴らせてようやく和田峠に出た。
しんどいはずだ。振り返ってみると、下諏訪宿からの12㎞はずっと登りだった。

峠からの下りは快適そのもので、明るい針葉樹の森をのんびりと下った。
途中でご老人に出会うが「峠はまだですか?」と私に尋ねる姿が苦しそうだった。
「まだ少しありますが、ゆっくり歩いてください」と返す。

コース的には私がたどった下諏訪宿から和田宿に向かう方がはるかにきついと思う。
幕末の和宮の江戸入りは苦難の旅だったのではないだろうか。

和田宿はホーロー看板探しで訪れたことがあるが、コロナの影響もあってか、和田宿の本陣は休館中で見学はできなかった。
その分、路傍の石仏や道祖神を撮影しながら歩く。「ミミズの道祖神」もあった。

クスリが切れたのか、再び痛み出した右足をかばいながら先を急ぐ。
厄介なことにならなければいいが…。

半袖の肌がひんやりした空気に触れるようになった頃、長久保宿の近くにある民宿に16時到着。

9時間、30㎞の長い一日が終わった。

◼️2021年10月4日 長野県下諏訪町~長久保町
◼️46725歩 30.37㎞
◼️民宿みや
◼️快晴

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※下諏訪宿の温泉街

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※下諏訪宿本陣跡

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※下諏訪宿は坂道が多い

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※同上

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※下諏訪宿は古い民家も多く残っていた

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※諏訪大社下社春宮

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※万治の石仏。願いが、叶うか?

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※道祖神があった

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※木落とし坂。御柱を下の道路めがけて落とす

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※中山道は国道に出たり、山に入ったりして登っていく

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※和田峠への苦しい登りにあった一里塚。

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※和田峠(古峠)を登り切った

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※和田峠で。お地蔵様が鎮座していた

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※和田峠からの下りは快適な道となった

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※三十三体観音

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※双体道祖神

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和田宿で見つけた道祖神とホーロー看板

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※和田宿に向かう

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※刈り取りを待つ田園風景

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※和田宿を歩く
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※和田宿高札場跡

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※和田宿本陣

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※和田屋を歩く

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※映画のセットのような和田中学校

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※和田宿の外れに一里塚があった

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※ミミズの道祖神

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※馬頭観音

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※長久保宿も近い

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中山道徒歩の旅【後半戦1】塩尻~下諏訪

今日から中山道の旅を始める。
233㎞を歩くひとり旅。
長距離の歩き旅は昨年の11月以来だ。
歩ききることができるだろうか。
どんな旅になるだろうか。
期待と不安が交錯するが、のんびりと楽しんで歩きたい。

中津川から松本行きの普通電車に乗り継ぎ、11時52分に塩尻駅に到着。
ここをスタートに東京日本橋までの長い旅が始まる。

カミさんが持たせてくれた、栗ご飯のおにぎりを駅前のベンチで頬張る。
これ以上ない秋晴れのなか出発。

塩尻市内から国道153号線を2㎞ほど歩くと塩尻宿に着いた。
思ったほど古い建物は残っていないが、柿沢集落の手前あたりから雰囲気も良くなってきた。
永福寺には仁王門がある山門や観音堂もあった。

長野自動車道を横切り、勾配がきつくなった坂道を汗を滴らせて登る。
息が切れる。
出発間際の昨日、にわかに出現した腰痛が思わしくない。
湿布を貼った腰をさすりながら一息に登り、国道に出た。

馬頭観音や一里塚を見ながら更に急になった坂道を黙々と登ると、ようやく坂が終わりそこが塩尻峠だった。
展望台からは眼下に諏訪湖、遥か遠くに富士山が見えた。

あとは下諏訪の町を目指して下るだけだ。
中山道は途中で民家の庭先に出たり、駐車場に阻まれたりする。
しかし、『中山道を守る会』のプレートに導かれてその痕跡を追っかけて歩く。
夕暮れが迫り、町並みがオレンジ色に染まり始めた頃、下諏訪駅前のホテルに到着。
ほんの15㎞の短い歩きだったが、足慣らしにはちょうどよい距離だった。

さて、明日からは本番。
腰痛は良くなってくれるだろうか。

■2021年10月3日 長野県塩尻市~下諏訪町
■23493歩 15.27キロ
■グリーンサンホテル
■晴れ

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※今回の旅のスタートは塩尻駅

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※栗ご飯のおにぎりをパクつく

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※塩尻宿に入った

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※高札場跡

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※塩尻宿。古い建物が軒を連ねている

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※安曇野特有の双体の道祖神

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※仁王門がある永福寺

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※永福寺の仁王像。

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※同上。見事な彫刻。

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※永福寺本堂

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※柿沢集落

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※東山一里塚跡。標高がかなり上がった

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※秋が深まってきた

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※塩尻峠を登る

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※塩尻峠から諏訪湖を見る。あとは下るだけだ

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※石船観音。下諏訪宿は近い

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※東堀一里塚

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※中山道は住宅街の中に入り、民家の敷地や駐車場に阻まれ、途切れ途切れになってしまう

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※下諏訪宿が近づくと道祖神があった

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※下諏訪の町を歩く

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明日から、中山道を歩きます

緊急事態宣言が解除されたので、明日から中山道を歩くことにしました。
コースは塩尻宿から日本橋までの233㎞です。

昨年は日本縦断の旅で塩尻から京都三条大橋までの305㎞を歩いているので、今回は残りを歩き完全踏破としたいと思います。
予定は8日間です。
順調にいけば10月10日に日本橋に到着しますので、あわよくばそこからさらに東海道に入り、箱根峠を越えて三島くらいまで行ければいうことありません。
まぁ、体調と天気次第ですね。

もっとも緊急事態宣言が解除されたとはいえ、感染者の多い首都圏を歩くので、わき目もふらずひたすら黙々と歩くことになるかと思います。

とはいえ、一年ぶりの長距離歩行です。
マメの痛みに苦しむことなく歩ければ最高ですが…。

旅の模様は、当ブログで発信します。
お楽しみに!!
 
※カミさんの実家で栗拾いと枝豆を収穫しました。
ついでにアケビも。

今夜は栗ごはんと茹でた枝豆でビール。

つかの間の秋の味覚に舌鼓です。

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久しぶりの町歩き~蟹江町へ

気温が20度を超えた昨日、久しぶりに町歩きをしてきました。
訪ねたところは、愛知県西部のレトロな町並みが残る蟹江町。

狭い路地が迷路のように張り巡らされた町を歩くと、重厚な黒土蔵がある家屋が並んだ一角へ。
都心の名古屋に近い一角に、こうした町並みが残っていたことに驚きです。

汗ばむほどの晴天の中、コロナ禍を忘れて町歩きに酔った一日でした。

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※愛知県蟹江町


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摩崖仏を見に行く

相変わらずの梅雨空が続いていますね。
いつになったら明けるのやら…。
いい加減うんざりします。

京都から帰還した翌日、午前中の雨上がりを狙って岐阜県土岐市肥田町にあるミステリスポットを歩いてきました。
場所は道の駅美濃焼街道どんぶり会館のすぐ近く。
瀧が洞と呼ばれる鬱蒼とした森の中です。

雨にぬかるんだ森の中に続く道を標識に導かれて登っていくと、1770年(明和8年)に作られたという魔崖仏がありました。
花崗岩の一枚岩に掘られた石仏ですが、神変大菩薩像といわれています。
また、付近には西国三十三処観音菩薩像や苔むした八十八体の弘法像もあってまさにミステリスポット。

この場所、自宅からクルマで20分ほどの所にあるにも関わらず、これまでまったく知らなかったのもマヌケです。
まさに、『灯台下暗し』。

前日までの中山道歩きの疲れが出たのか、ぬかるんだ道に足を取られてずっコケました。
しこたま腰を打ち、ドロドロになったジーンズに辟易しながら山道を下りました。

たくさんの石仏を拝んできたのに、どうやらご利益はなかったようです(笑)。

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※八十八弘法

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※西国三十三処観音菩薩像

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※ひと際インパクトがある摩崖仏。マスクをされておりました


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