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廃線跡を歩く~愛岐トンネル群

朝からぐんぐん気温が上がり、快晴に恵まれたこどもの日。
岐阜県と愛知県の県境にまたがる旧国鉄中央西線の廃線ウォーキングに行ってきました。

ここには明治33年(1900年)に開通し、昭和41年(1966年)に廃線となったトンネル群がそのままに保存されており、春と秋の年二回一般公開されています。

自宅からは至近ですが、公開期間はいつも凄い人出になるので12年前の秋に訪れてからは足を運んでいません。
付近に駐車場がないのも理由ですが、今回はクルマを避けて、JRを使って定光寺駅から歩きました。

さすがに新緑の季節。
9時30分の開門と同時に、廃線跡にはなだれ込むように埋まっていくハイカーたちの行列が。
12年前はまだそれほど知られてなかったのか、こんなに人はいなかったのになぁ…と思いながら、人の波に揉まれるままついていく。

往復3㎞の廃線跡にはオカリナの演奏会やオヤジバンドのフォークコンサート、お弁当の売店なども出て、大勢のハイカーで賑わっていました。

コースの途中には樹齢200年の大モミジもあって、新緑が目にまぶしいくらい。
ひんやりした真っ暗なトンネル内は、時を忘れるような幻想的な世界でした。

終点の古虎渓駅の前で折り返し、再びトンネルを潜って定光寺駅へ。
約2時間の心地良いウォーキングでした。

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日光街道徒歩の旅(4)石橋~宇都宮~鉢石ゴール

旅を終え帰宅してからレポを書いてます。

実は、どんくさいことに、スマホの画像データを誤って消去してしまいました。
なので、旅の4日目の画像はありません(泣)。
帰宅してからデータ復活ソフトなどを使って試してみましたが、復元できず。
スマホのゴミ箱から削除したことがすべての過ちでした。

日光街道の画像よりも、道中で撮影した50枚余りのホーロー看板の画像のほうが自分にとっては重要で残念です。
いつの日にかリベンジしなくてはなりません。

これに懲りて、画像はスマホ上では削除しないことにしたいと思います。

さて、日光街道の旅4日目は、石橋宿を6時前に出発して、宇都宮から日光東照宮の玄関口である鉢石宿に17時30分にゴールしました。
40㎞超えの歩行距離は昨年の四国遍路以来です。
東照宮は一昨年に訪ねているので、今回はパスしました。

東武日光駅はインバウンドの外国人客であふれていましたが、私が宇都宮までの帰路に選んだJR日光駅は閑古鳥。
仕方ないですね。電車が1時間に一本では。

徳次郎を過ぎて大沢、今市、ゴールの鉢石までの区間は日光街道の白眉ともいえる杉並木が連続し、見ごたえがありました。
もっとも、これが今回の旅で唯一印象に残っているといっても過言ではないです。

日光街道はこれまで経験してきた五街道の中でも、道が平坦なこともあって、あまり面白味がないルートだったと思います。
画像データを紛失したショックも重なりましたが。
デジカメ時代が懐かしいですね。

スマホは取り扱いが面倒なのと、いつまで経っても慣れることができません…。

■2024年4月21日 石橋~宇都宮~鉢石
■68869歩 44.76㎞
■曇り時々小雨
■ホテルサンルート宇都宮

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日光街道徒歩の旅(3)古河~石橋

昭和レトロな宿は、親切な女将さんのおかげでゆったりと過ごすことができた。
今日は石橋までの32㎞の行程となるので、女将さんに見送られて6時30分に出発。

強風に翻弄された昨日とは、うって変わって穏やかな晴天となった。
早朝の古河宿は、朝日が古い民家に反射して美しい。
古河の町を抜け、国道4号線を歩く。
いつの間にか栃木県に突入し、野木、間々田、小山までは見るべきものもなく黙々と歩いた。
小山市内に入り、須賀神社に参拝し、市役所の敷地内にある小山評定跡に立ち寄った。
隣接する広場では全国ラーメンフェスティバルが開かれており、11時からの開場を待つ長蛇の列ができていた。

小山から国道4号線に入り、小金井一里塚を左手に見ながら進むが、飲食店はおろかコンビニの一軒でさえ出てこない。
空腹に我慢できず、非常食のバナナを食べてしのいだ。
ようやく見つけたラーメン店で空腹を満たし、エンジン全開となって歩く。

東北新幹線を右に見ながら歩くが、さすがに疲れが出てきたのか足の裏が痛くなっていた。
久しぶりの連日30㎞越えに体がついてこないようだ。
靴下を脱いで、汗で湿った足を乾かしながら歩いたが、足の裏は皮がめくれてマメができる寸前の様相だった。

15時に石橋宿のビジネスホテルに投宿。
大浴場に案内されて湯船に飛び込もうとしたら、湯が入っていない。
ガーン。
寒さに震えながらシャワーで洗う。
どうやらボイラーのトラブルだったよう。
フロントのスタッフが脱衣場に現れて、ひたすら謝れてしまった。
まぁ、そんなこともありますねぇ。

さて、明日は宇都宮を越えて、日光に向かって行けるところまで歩く。
足の裏側の痛みが気になるが、まぁ、何とかなるだろう。

◼️2024年4月20日 古河~石橋
◼️49350歩 32.08㎞
◼️晴れ
◼️石橋ビジネスホテル泊

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※早朝の古河宿を歩く

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※同上

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※野木宿の案内板

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※路傍には石仏も保存されていた

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※若盛を造る酒蔵。ホーロー看板の撮影のために数年前にも訪れていた

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※間々田宿

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※小山宿の須賀神社

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※小山評定跡の碑

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※ラーメンフェスティバルが開かれていた

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※馬力神の碑

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※小金井一里塚

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※小金井宿本陣。門は閉ざされていた

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※石橋宿に向かう

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※右手に松原が続く

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※石橋宿本陣跡

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※下石橋一里塚跡

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日光街道徒歩の旅(2)北越谷~古河

強風に翻弄された一日となった。
ほうほうの体で宿にたどり着き、ようやく一息ついてこのレポを書いている。
早速風呂に入ったら、頭から耳の穴まで砂でジャリジャリだった。
黄砂と花粉のダブルパンチ。
今日は記憶に残る日となるかもしれない。

南千住から電車で昨日ゴールした北越谷駅まで戻る。
6時30分に出発。
今日は38㎞の行程なので、早朝スタートである。

北越谷から粕壁宿まではとくに見所もないまま歩道もない県道を歩いた。
春日部市内に入っても旧街道の宿場としての雰囲気はほとんどなかった。

杉戸宿に入る午前8時頃から強風が吹き出した。
北西からの風はもろに向かい風。
風速は常時10メール以上か。
瞬間風速は体感で15メートルくらいはありそうだ。
目の前で歩道を歩いていた中年女性が風に煽られ、バランスを崩して尻もちをついた。
声をかけたが大丈夫のようで安心した。

体を押し戻され、まっすぐ歩けないくらいの瞬間的な強風が止むことなく続く。
杉戸から幸手、利根川を渡って茨城県古河に入っても風は止まない。
利根川大橋の通過はそれこそ決死の歩行となった。
途中で一歩も進めなくなり、橋の欄干を掴んで対風姿勢を何度も取るくらいだった。

36㎞を歩き、16時30分に古河宿の旅館に到着。
まだ風はゴーゴーと唸り、吹き荒れていた。

テレビのニュースでは東京都心では風速20メートルの強風だったという。
これまでの歩き旅で経験したことがない、強風との闘いだった。
それも向かい風。

今日の印象は風のことしかない。
そうそう、帽子も飛ばされてしまった。

帰宅したら、もう一度加筆修正することにしたい。

◼️2024年4月19日 北越谷~古河
◼️55477歩 36.06㎞
◼️晴れ 強風
◼️若松旅館泊

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※風化して文字は読めないが3体並んだ石柱。北越谷の外れで

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※春日部市に入った

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※粕壁宿。史跡案内のポールが整備されていた

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※粕壁宿。真言宗観音院の仁王像。円空仏も保存されており、芭蕉ゆかりの寺。

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※杉戸宿の高札場跡

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※杉戸宿の古い建物

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※幸手宿

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※幸手宿の権現堤並木

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※同上の河川敷の公園

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※分岐の道標

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※利根川を渡った

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※栗橋宿の松並木

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※古河宿の入口

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日光街道徒歩の旅(1)日本橋~北越谷

花粉症の悪化で延期していた、日光街道の歩き旅を本日からスタートした。
高速夜行バスで東京駅に着いたのは早朝5時18分。
定刻通りの到着だったが、思った通りまったく眠れなかった。

東京駅から日本橋の五街道の起点に向かう。
天気は良さそうだ。
昨年の甲州街道以来の麒麟像を前に、日本橋三越に向かって日光街道を歩きだす。
日光までは約140㎞。
今日から5日間の行程である。
日光街道は平坦な道を歩くので、他の街道と違って峠越えもなく五街道の中では入門コースという位置づけのようだ。
私にとっては中山道、東海道、甲州街道に続いて4つ目の五街道歩きである。

都心から宇都宮までは国道4号線沿いに歩くので、排気ガスが心配。
それ以上に花粉が気になるので、苦しいがマスクを着けて歩くことにした。

浅草の雷門前は早朝とあって人影はまだら。
最近はインバウンドでごった返しているようだが、人がいなくてスッキリと通過した。

千住大橋を渡って千住宿を通過したころから通勤のサラリーマンが増えてきた。
退職して4年になるので、駅に急ぐ人々を見ても何の感慨もない。
お仕事ご苦労様と、声をかけてあげよう。

荒川を渡り、午前10時に埼玉県草加市に入った。
街道沿いには古い建物はあまり残ってないが、草加せんべいの店がいくつも出てきた。
店先でせんべいを焼いている店に、香ばしい匂いにつられてついふらふらと入ってしまった。
入ってしまった以上手ぶらでは出れないので、留守番をしているカミさんに宅配便で送ることにした。

草加宿の見所は1㎞以上に渡って続く松並木のようだ。
歩道も整備され、景観を楽しみながらのんびりと歩くことができた。

11時を回ったところで中華料理店で昼食。
スマホのバッテリー残量が気になってきたので、充電をさせてもらった。

草加から越谷までのルートは、事前にチェックしてきたホーロー看板を撮影しながら歩いた。
越谷宿はホーロー看板を探す旅で二回ほど訪れているので新鮮さもなく、黙々と歩く。
明日の行程を考えて少しでも距離を稼ぐことにし、北越谷駅を今日のゴールにした。

日光街道を外れ看板を探しながら歩き、午後3時に北越谷駅到着。
越谷や草加のホテルは料金が高いので、ここから電車で都内に逆戻りした。
16時に南千住の格安ホテルに投宿。

寝不足の頭を抱えて歩いた長い一日が終わった。
明日は古河までの38㎞。
今夜は爆睡をしたい。

◼️2024年4月18日 日本橋~草加~北越谷
◼️48880歩 32.48㎞
◼️曇り
◼️ビジネスホテル福千

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※早朝5時45分、日本橋をスタートした

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※日本橋の五街道起点道標

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※日光街道は日本橋三越の前を通っていく

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※浅草雷門前を通過した

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※隅田川からスカイツリーを見る

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※隅田川に浮かぶ屋形船

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南千住の泪橋からスカイツリーを振り返った

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※千住大橋を渡った

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※大橋を渡ると芭蕉の矢立の碑があった

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※千住宿の芭蕉像

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※千住宿を歩く

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※同上

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※千住宿に残る古い商家

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※荒川を渡った

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※埼玉県に入った

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※草加宿

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※ついふらふらとせんべい屋さんに入った

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※こんな碑があった

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※草加宿の松並木

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※越谷宿

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※越谷ではホーロー看板を探す道草をした

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甲州街道徒歩の旅(9) 上諏訪~下諏訪へゴール

上諏訪の温泉ホテルで快適な一夜を過ごすことができた。
素泊まりなので、コンビニ弁当の夕食は侘しかったが、朝風呂も堪能できて甲州街道歩きの締めを飾るには申し分ない最終日となった。

朝ドラを見てから出発。
ホテルが建つ諏訪湖畔から昨日ゴールした上諏訪駅まで戻り、放送大学の脇を抜けて旧甲州街道に合流した。
ゴールの下諏訪までの街道は生活道路になっているので、通勤に急ぐクルマがひっきりなしに通り、のんびりとスマホを向けて撮影することもままならない。

後ろからズドーンとされないように注意して、一里塚の碑や道祖神、常夜塔を撮影した。
諏訪湖が眼下に見えるようになってくると、街道を歩く楽しさとは裏腹に今日で終わってしまう寂しさを感じた。

10時に下諏訪宿の諏訪大社下社秋宮に到着。
ゴールの中山道と甲州街道の合流点はすぐ近くだが、先に参拝を済ませることにした。

これまでに何度も足を運んだ諏訪大社だが、日本橋からはるばる歩いてきたことに感謝とお礼の参拝ができた。
神社の鳥居の前には観光バスが並び、観光客でごった返し、韓国語が飛び交っていた。

早々に離れて、日本橋から210㎞を歩いたゴールへ。
合流の地の道標は一昨年の中山道歩きの時に立った場所である。

これで五街道のうち中山道、東海道、そして甲州街道の3つを完歩したことになるが、正直言ってなんの感慨もなかった。
日本縦断や四国遍路を含めたこれまでの歩き旅と比べればスケールが小さく、達成感が薄いのはその理由だろうか。

それでも日を追うごとに深まっていく秋を感じながら歩いた甲斐から信濃の道は、かつて遊んだ南アルプスや八ヶ岳の峰々が、大らかな優しさをもって見守ってくれていた。
ゴールの諏訪が近づくほど、旧街道を歩く楽しさが増してきたことも良かったと思う。

さて、次はどうしようか。
しばらく自宅でのんびりしたいが、まずは、コロナに罹ったカミさんに代わって家事をすること。
それが先決だろうか。

◼️2023年10月17日 上諏訪~下諏訪
◼️11294歩 7.34㎞
◼️晴れ

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※上諏訪宿片羽一里塚跡

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※上諏訪宿の町並み

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※温泉寺のお地蔵様

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※道祖神。両脇に建てられた柱は諏訪神社ゆかりの御柱を模したものだろうか

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※信州に入ってからは、ほとんどの道祖神がこのタイプ

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※常夜塔。古いタイプだろうか、皿のようなものは燭台かな

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※下諏訪に近づくにつれ、諏訪湖が大きく見えてきた

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※江戸時代の面影がそのまま残る茶屋。高島藩の御用商人をしていた「橋本屋」が建築したという

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※同上

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※こんなポストがあった。違う角度から見ると、ちょんまげまで細工してあった

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※4本の御柱に囲まれた道祖神

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※明治のアララギ派詩人、島木赤人の居宅。無料で見学できた

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※諏訪湖が一望できた

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※下諏訪の冨部一里塚。江戸から53番目の塚

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※承知川橋の橋石に奉納された地蔵尊

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※諏訪大社下社秋宮に到着

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※午前10時、下諏訪宿の甲州街道と中山道の合流点にゴール。204㎞の旅が終わった

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甲州街道徒歩の旅(8) 富士見~上諏訪

深く立ち込めた霧のなかを出発。
茅野駅を7時15発の普通電車に乗車し、昨日ゴールした富士見駅に向かう。

本来なら下諏訪にゴールし、甲州街道完歩の予定だったが、コロナで臥せるカミさんがいる自宅には帰宅できない。
安全策をとって明日の帰宅にすることにし、今日の行動は上諏訪までとした。

富士見駅からしばらく国道20号線を歩き、綿半ホームセンターから南下し、旧甲州街道に合流した。

ちょうど小学校の登校時間に重なったこともあり、ランドセルを背負った子どもたちが元気いっぱいに「おはよう」の挨拶をしてくれる。
子どもたちばかりでなく、すれ違うご老人も声をかけてくれる。
フレンドリーな町である。

昔は商店をやっていたという、塩とたばこの看板が軒下に貼られた民家の前で、腰が曲がったお婆ちゃんとしばし話す。

富士見駅前の商店街ができる以前は、甲州街道のこの通りは、行き交う人や荷物を運ぶ馬でずいぶんと賑わっていたという。
そんな街道も今は、人通りもなく静かな時を迎えている。

日本橋から48番目の神戸の一里塚を通過。
両側にケヤキの巨木が聳える圧倒的な存在感がある一里塚である。

そこから金沢宿まではのんびりと歩く。
路傍に佇む石仏がたくさんあったが、集落は新しく建て替えられた民家ばかりで、面白味はない。
その上、若い女性が連れた散歩中のデカイ黒い犬に、飛びかからんばかりに散々吠えられて、
恐ろしい目に遭った。

金沢宿からしばらく国道20号線を歩き、旧甲州街道に入った。
茅野の駅までは、ホテルのチェックイン時間を調整しながら何度も休みながら歩く。

茅野駅近くにあるダイヤ菊酒造に立ち寄り、蔵にあるホーロー看板を撮影し、若くて美人の女将さんと談笑。
今回の旅ではいくつかの酒蔵を訪ねているが、どこの蔵でも見学ばかりで、何も買っていない。まぁ、重いのでご勘弁。

茅野駅と直結しているレストランでソースカツ丼の昼食を摂り、フロアをブラブラして時間を潰す。
茅野に縁があるのか、小津安次郎のコーナーもあった。
また、興味深いのは「まちライブラリー」という市民が持ち寄った本のコーナー。
ここでは一枠毎に仕切られた本棚のスペースを借りて、自分の本を自由に並べることができる。
市民がそれを借りることができる仕組みである。
図書館とはまた違ったユニークさがある。
ご当地ならではだろうか、並んだ本には山の本が多かった。

茅野駅前から国道20号線を経由して旧甲州街道に入った。
クルマもあまり通らないので、のんびりと歩けた。
上諏訪宿までは道祖神や常夜塔も残っており、退屈しない。

駅前通りから高島城に立ち寄り、15時ちょうどに諏訪湖畔にあるホテルに着いた。
今夜は一日早い打ち上げだが、ゆっくりと温泉を楽しみ、8日間の旅の汗を流すつもりだ。

明日は最終日、下諏訪までの5㎞の歩きで、短いようで長かった旅が終わる。

◼️2023年10月16日 富士見~上諏訪
◼️37191歩 24.17㎞
◼️晴れ
◼️ROKO華乃井ホテル

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※7時30分、昨日ゴールした富士見駅をスタート

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※富士見駅から旧甲州街道に出ると、古い民家も残っていた

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※昨日の悪天からうって変わった快晴となった

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※茅野に向かう国道20号線。日本橋から184㎞を歩いてきた

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※国道から旧甲州街道に逸れると、馬頭観音がたくさん奉られていた。馬の名前が彫られたものも多くあった

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※神戸の一里塚。塚にはケヤキの巨木があった

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※金沢宿から南アルプスの甲斐駒ヶ岳と鋸岳が見えた

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※金沢宿。土手の斜面に安置された穴観音

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※茅野が近づき、八ヶ岳が見えてきた

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※金沢宿から茅野に向かう

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※道祖神がずらりと並んでいた

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※茅野駅が近づいた

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※八ヶ岳が大きく見えてきた

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※ダイヤ菊酒造

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※まちライブラリーの本棚

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※ご当地グルメのソースカツ丼

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※信州特有のペア道祖神がたくさんあった

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※見事なコテ絵が描かれた土蔵

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※上諏訪の町が見えてきた

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※ペア道祖神

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※秋も深まってきている

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※常夜塔

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※上諏訪宿を歩く

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※諏訪湖近くにある高島城

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甲州街道徒歩の旅(7) 穴山~富士見

天気予報は大きく外れ、終日雨に降られた日になった。

旅館を6時に出て、雨対策のフル装備で歩き出す。
韮崎駅から6時20分発の松本行きに乗り、穴山駅で下車。
冷たい雨が降る集落を抜け、つづら折りの坂道を下って、昨日ゴールした入戸野入口バス停に到着。

雨はこれでもかと、ざんざんと降っている。
予報では8時くらいに上がるというが、それを期待するしかない。
飛沫を上げて疾走していく大型トラックの水しぶきでびしょ濡れになりながら国道20号線を歩く。

台ヶ原宿までは国道から逸れる旧甲州街道を拾うが、日曜の朝とあって、集落の道で出会う人もいないし、クルマも通らないので、道のまんなかを歩いていく。

台ヶ原宿の手前に「古道入口」の石碑があり、草が繁っているのを見て少し躊躇したが、すでに靴の中はずぶ濡れなので、突入することにした。
古道には石仏があったり、無記名の巨大な石柱が鎮座していたり、見どころも多かった。

台ヶ原宿に着き、清酒「七賢」を造る酒蔵を見学。
この蔵にはこれまでに三度ほど立ち寄っているが、一度も酒を買ったことがない。
今回も重いのでパスし、しっかりと蔵の見学だけをさせてもらった。

正午前にサントリーの白洲工場がある松原地区に入ったが、雨は一向に止む気配はない。
標高が高くなった分、気温が下がったのか、寒くなったきた。

教来石から蔦木宿に向かうと釜無川を渡る新国界橋に出た。
本来の旧甲州街道は橋の手前から左に入る道だが、傍らに建つ会社の私道のようで、しかも草に埋もれていた。
この先の橋を渡った所に悪名高い電気柵がある。
突入するかどうしようかと迷ったが、雨が降っているので感電したくないし、何より自分はそこまでチャレンジャーじゃない。
電気柵の洗礼は笹子峠の入口ですでに受けたし、こんなのに二度も関わりたくない。
…と、いろんな理由をこじつけてパスすることにした。

国道20号線から新国界橋を渡り、やはり気になるのか、電気柵を見に行ってみた。
柵の扉の鍵はチェーンを巻いてある一ヶ所だけなので、簡単に外せそうだ。
二ヶ所あった笹子峠のほうに軍配は挙がりそうだが、どっちにしても近づきたくない。
忠実に旧道歩きにこだわるなら、困った設備には違いない。
情報によると、ここで感電した人もいるらしい。

さて、天気予報は大きく外れ、雨は降ったり止んだりを繰り返し、その都度、雨具を着たり脱いだり、傘を出したりと全く忙しい。

雨宿りする場所もなく、濡れた地面に座る気もしないので、休むことなくダラダラと歩く。
国道から離れて最後の2㎞の坂道を登り、今日のゴールの富士見駅に15時に到着。

駅の待合室に入った途端、小雨だった雨は、待ってましたとばかりに土砂降りに。
雷まで連れてくる始末だった。

富士見駅からは今夜の泊まりのホテルがある茅野駅まで乗車。
今日の行程は、憎っくき雨のおかげで、早く終わって欲しいと願うばかりの30㎞だった。

明日は下諏訪にゴールし自宅に帰る予定だったが、コロナで臥せっているカミさんから「あと一日帰ってくるのを延ばして」とのコール。

おかげで、上諏訪の温泉ホテルで一泊し、明後日に下諏訪にゴールという、嬉しいような、嬉しくないような、おかしな誤算となった。

どっちにしても、コロナには勝てない。

◼️2023年10月15日 山梨県韮山市穴山~長野県富士見町
◼️46140歩 30.02㎞
◼️雨
◼️ちのスカイビューホテル

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※6時間38分、JR穴山駅から雨のなかを歩き出す

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※穴山駅からつづら折りの道を下り、昨日ゴールしたバス停まで下る

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※釜無川を渡った

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※おはか道の集落。人の気配もない

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※同上。なまこ壁の土蔵が美しい

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※旧甲州街道の集落には、定番のホーロー看板があった

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※一里塚

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※古道の入口の案内。ここから古道に入る

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※古道。すぐに草でぼうぼうになった

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※古道にあった無名の石柱

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※古道にあった石仏

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※刈り取りな終わった田んぼ

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※台ヶ原宿の七賢酒造

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※同上。蔵の中

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※台ヶ原宿の金精軒

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※台ヶ原宿の風景

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※台ヶ原宿の一里塚

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※旧甲州街道を教来石宿に向かう

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※幾何学模様のような田園風景

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※パラゾールのホーロー看板がある風景

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※サントリー白洲工場の入口

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※石仏群があった

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※田んぼに張られて気色の悪い電気柵

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※新国界橋を渡り、長野県に入った

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※悪名高い電気柵

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※日蓮上人の高座石

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※ペアの道祖神

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※ホーロー看板がある風景

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※蔦木宿

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※これもペア道祖神。

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※富士見駅前の通り

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※富士見駅にゴール

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甲州街道徒歩の旅(6) 甲府~穴山

甲府市内で午前中いっぱいをかけてホーロー看板を探した後、甲州街道を12㎞先の韮崎まで歩く計画で六日目の旅が始まった。

朝6時にホテルを出て、南甲府、甲斐住吉から山梨大学の周辺まで歩きまわり、結局、10㎞も歩いてしまった。

ホーロー看板は予定通り撮影できたので、10時過ぎに切り上げて甲府駅前を出発。
国道52号線を韮崎に向かって歩き出した。
今日も晴れているが、空気が冷たい。
気温は21度だ。
それでも半袖シャツで歩いている。

山梨県立文学館と美術館の前を通過し、国道から旧甲州街道に入る。
美術館にはミレーの「種蒔く人」と「落ち穂拾い」が収蔵されていることで有名である。

竜王新町に入ると、見事な球形の道祖神があった。
山梨県に入ってから似たような道祖神を見てきたが、ここまで完璧な球体は初めてだ。

古い鳥居が残る稲荷神社を過ぎたところで、何気なく振り返ってみたら富士山がドーンと見えた。

旧道は坂道が続き、標高がじわりじわりと上がってくると、富士山はもとより、八ヶ岳や南アルプスの甲斐駒ヶ岳、鳳凰三山が見えるようになってきた。
これをみると、甲府が山に囲まれた盆地であることがよく分かる。
山に夢中になっていた頃、四季を問わず足繁く通った峰々だが、遠い昔のことなので、感慨もなくなってしまった。

白壁の土蔵が並ぶ今井の集落を過ぎ、中央線の線路に沿って歩くと、韮崎市内になった。
時間はまだ13時なので、もう少し距離を稼ぐことにし、7㎞先の穴山駅まで頑張ることにした。

甲州街道は国道20号線を歩いたり、旧道に逸れたりしながら黙々と歩く。
左足のカカトにできたマメが痛い。

穴山駅が近くなり、国道から穴山駅につながる道を地図でチェックすると、なんと、目の前に高く聳える山を登って降りるルートだということに気づいた。

韮崎から諏訪までの間は富士見駅を除いて、JRの駅にはすんなりと行けない。
なかでも穴山駅は国道からまだ近いほうだが、山越えの1.9㎞をこなさなければならない。
しかし、ここまで歩いて来たからには戻るわけにも行かず、先に進むことにした。

国道から穴山駅に向かう道に出ると、ちょうどそこに入戸野入口バス停があった。
時刻表を見ると、ラッキーなことに10分後に韮崎駅前行きのバスが来るではないか。

明日はここからのスタートとなるが、7㎞を縮めることができたのが良かった。

時間通りにやってきたバスに乗り、15時30分に韮崎駅前に着いた。
駅前にはショッピングセンターがあり、晩ごはんの買い出しをして駅前旅館に入った。

午前中のホーロー看板探しが余分だったが、蓋を開けてみれば、今日も30㎞超えの歩きとなった。

天気予報は明日の雨を告げている。
30㎞先の富士見までがんばるつもりだが、
モチベーションを維持して歩けるだろうか。

まぁ、なんとかなるだろう。

◼️2023年10月14日 笹子~甲府
◼️47904歩 31.13㎞
◼️晴れ
◼️旅館正栄荘

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※午前中は、こんなホーロー看板を探した。ナショナルがスポンサーになっている町名看板。甲府市内にはこうした古い看板が、たくさん残っている。

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※甲府市内から韮崎に向かう

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※見事な球体の道祖神

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※大切に保存されている仏さま

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※今井の集落。重厚な土蔵が並んでいた

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※まるで、だるまさんのような道祖神

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※レンガ作りの中央線ガード

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※富士山と土蔵のツーショット

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※ペアの道祖神もあった

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※これは球体道祖神

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※こちらは黒壁の土蔵

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※稲荷神社

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※振り返ると富士山が大きく見えた

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※前方には南アルプスの甲斐駒ヶ岳と鳳凰三山

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※韮崎市内の醤油醸造元


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※穴山駅が近づき、切り上げた

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甲州街道徒歩の旅(5) 笹子~甲府

日本橋をスタートして五日目。笹子峠を越える日を迎えた。
今日のコースは甲府までの約30㎞を歩くので、都留市駅を6時3分の始発に乗車し、大月駅から中央線に乗り換えた。
6時38分に昨日ゴールした笹子駅に到着。

ひんやりした空気の中、国道20号線を歩き出す。
笹子川を渡り、新田下の集落から笹子峠に登る登山道に入るが、すぐに道をふさぐ害獣避けの電気柵に阻まれた。

先人の記録ではこれを避けて大きく迂回する人も多いようだ。
しかし、ここはチャレンジあるのみ。
まぁ、感電したら運がなかったということか(笑)。

柵に触れないように注意して、二ヶ所ある鍵を外し、扉を開けて無事突破した。

ここからは森の中を縫うように延びる山道をひたすら登る。
県道が並走しているので、気分的には安心である。
怖いのはクマやイノシシ。
ぬた場もあちこちにあったので、どこから出てくるのか分からないのが一番怖い。
それと山ビル。
奴らは知らないうちに侵入してくるので、靴下をめくってチェックする。

8時に矢立の杉に到着。
高さ26メートル、幹回り14メートルの県の天然記念物に指定された巨木である。

ここから最後の急登をこなすと笹子隧道に出た。
ちなみに笹子峠は尾根を少し登ったところにあるが、先を急ぐので登るのはパス。
ヘッドランプを点けてトンネルを潜ったが、冷たい風が通り抜けるのでかなり寒かった。

ここまで笹子駅から休まずに一気に登ってきたが、意外にあっけなく登りきることができた。
しかし、笹子越えの核心は下りにあった。

県道から離れて植林された林の中を下っていくが、伐採された植林の斜面で何度も道を見失い、面倒なので杣道を見つけては感に頼って下った。

やがて県道に出たが、ここから集落がある駒飼宿までがけっこう長かった。
国道20号線をしばらく歩き、県道34号線に右折して勝沼宿に入ると、そこはぶどうロード。
決まって、◯◯園という屋号のぶどう農園がどこまでも続いていた。

興味本位に覗いてみると、人気のシャインマスカットは二房入って一籠1800円だった。
コロナで臥せっているカミさんに送ろうかと思ったが、高いので手が出せなかった。

ちょうど昼時なので、中華料理店に入った。
空腹だったので、禁断のチャーラーを。
炭水化物ダブルの効果で、甲府までのあと10㎞を頑張ることがでそうだ。
店のお婆ちゃんはよく喋る、喋る。
「甲府まで歩くの? もの好きだねぇ」…とこけ脅されて、最後は「頑張って!」と満面の笑顔で送り出された。

店を出てからは、国道411号線を10月と思えぬ暑い日差しに汗を拭きつつ、甲府市内まで黙々と歩いた。

15時30分、予約した安宿に到着。
長い一日だったが、甲州街道の核心部が終わった。
四日続きの晴天もそろそろ下り坂のようだ。

秋の風景を目に焼き付けながら、後三日をのんびりと歩きたい。

◼️2023年10月13日 笹子~甲府
◼️49721歩 32.31㎞
◼️晴れ
◼️ビジネスホテルあづま

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※都留市駅を始発の電車で出発

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※6時38分、笹子駅をスタート

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※ユニークな表情の石仏があった

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※稲刈りが終わった風景

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※笹子峠に向かう道。電気柵に阻まれるが、突破

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※柵を越えると気持ちの良い山道になった

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※同上

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※矢立の杉

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※笹子隧道

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※ヘッドランプを点けてトンネルを歩いた

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※笹子峠から下る。怪しげなキノコを見つけた

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※峠からの下り

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※駒飼宿

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※柏尾古戦場跡にある近藤勇の像。クモの巣が絡んでいた

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※大善寺山門。薬師堂は国宝

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※勝沼宿の町並み

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※勝沼宿の旧中野銀行。無料で見学できた

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※勝沼宿から石和温泉まではぶどう農園が続いた

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※同上

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※昼ごはんは禁断のチャーラー

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※笛吹川を渡り、石和宿に入った

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※笛吹川を渡ると笛吹権三郎の像があった

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※なにげに富士山が見えたりする

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※こんな道祖神がたくさんあった

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※甲府市内に入った

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甲州街道徒歩の旅(4) 上野原~笹子

8時ちょうどのあずさ2号で♪
昨夜見た歌番組で狩人が歌った「あずさ2号」がリフレインし、頭から離れない。
春まだ浅い信濃路へ♪
そう、私は秋が深まる信濃路へ向かっている(笑)。

7時に上野原のホテルを出発し、大月に向かって黙々と歩きだす。
鶴川宿から野田尻宿、犬目宿を経由し、下鳥沢宿までは国道20号線から遠く離れた山間の旧甲州街道を歩く。
クルマもあまり通らないので、のんびりと歩いて行けるのはありがたい。
何より、景色が良い。
一里塚や道祖神を見ながらの歩きは、これぞ街道歩きの醍醐味といえる。

三日続きの晴天もありがたい。
半袖で歩いているが、空気がカラリと乾燥しているので、それほど暑さを感じない。
右足の指に小さなマメができているが、今のところは痛みもそれほどではないので、今日もしっかり歩けそうだ。

13時に大月駅前を通過。
時間もまだ早いので、もう少し距離を稼ぐことにし、12㎞先の笹子駅を目指す。

国道20号線は道幅が一段と狭くなり、歩道がない区間が連続するようになった。
肩先に触れそうなくらい接近してくる大型トラックも多いので、生きた心地がしない。
国道はクルマだけの道ではない。歩行者もいるんだぞ。

敬愛する山本周五郎の生家を過ぎ、笹一酒造の蔵を見て、15時20分に笹子駅に到着。
これで明日の行程が楽になった。

笹子駅からは大月駅を経由して、富士急都留市駅までの電車に乗った。
大月駅周辺には素泊まり9000円の東横インを除いて宿がないので、これも仕方がない選択だ。
競争相手がいない寡占化された殿様商売にも腹が立つが、9000円とはまったく貧乏ツーリスト泣かせである。

16時過ぎに都留市駅前の旅籠屋ホテルに投宿。
寝巻、スリッパ、歯ブラシなし、しかも現金払い。
ホテルのサービスレベルもここまで削がれると、呆れてしまう。

部屋に入って、いつものようにカミさんに無事到着のライン電話を入れると、病院に来ているという。
喉が痛く、微熱があるので検査をしたら、コロナに罹ってしまったという返事。
さらに、畳み掛けるように「16日まで帰らないで」という仰せ。

カミさんには可哀想だが、これを不幸中の幸いというのか。

明日は、この旅一番のしんどいコース。
笹子峠越えが待っている。

◼️2023年10月12日 上野原~笹子
◼️46746歩 30.78㎞
◼️晴れ
◼️ファミリーロッジ旅籠屋都留市店

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※上野原を出て、鶴川宿に向かう。鶴川を渡った

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※鶴川宿

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※鶴川宿の神社

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※大椚一里塚跡

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※野田尻宿

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※甲州街道は狭い山道となった

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※同上

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※こんな看板があった

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※中央道の談合坂サービスエリアが眼下に見えた

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※犬目宿

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※恋塚一里塚

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※秋の風景

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※同上

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※猿橋

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※東電の発電所を通った

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※大月市に入った。日本橋から87㎞

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※石仏群

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※大月市内を歩く

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※大月宿本陣

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※日本橋からちょうど100㎞

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※山本周五郎生家

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※笹子駅が近づき、笹一酒造の前を通過した

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※15時20分、笹子駅にゴール

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甲州街道徒歩の旅(3) 八王子~上野原

7時に八王子のホテルを出発。
二日続きの願ってもない快晴となった。

しばらくは国道20号線を歩く単調なコースだが、どこまでも続くイチョウ並木に癒される。
…と思いきや、歩道に散らばる悪臭を放つ銀杏を避けながら歩くことを忘れない。

JR高尾駅からは駒木野宿から小仏峠に向かう県道516号線を行かなければならないところ、うっかり見落としてしまい、気づいたら国道20号線を1㎞ほど進んでいた。
合わせて2㎞のロスにがっかりしながら県道に戻る。

旧甲州街道はJR中央線の線路に沿って延びているので分かりやすいし、いつでも途中でリタイアできるので、五街道の中でも歩きやすいコースのようだ。
モチベーションが落ちたら電車の旅に切り替えても良いかなぁ…などと少し弱気になりながら歩く。

駒木野の関所跡を過ぎ、県道の終点に出ると小仏峠への登山道となった。
ここで長袖の白いシャツに着替える。
気休めかもしれないが、白いものには寄ってこない習性があるという、スズメバチ対策なのだ。
私は30年以上前、沢登り中にオオスズメバチに刺されたことがあり(2箇所)、腕が丸太ん棒のように腫れた。
五寸釘を打ち込まれたようなその時の強烈な痛みは今も忘れることがない。
厄介なのは、二度目に刺されることで発生するアナフィラキシーショックだ。
なので、この時期に活動が活発になるスズメバチは私にとっては天敵なのだ。

登山道には平日というのにハイカーの姿もちらほらいた。
先行している人がいればスズメバチのリスクも減るだろう。

息切れすることもなく一息に峠まで登った。
スマートウォッチの心拍数は90前後まで上昇したが、徐脈と不整脈を抱える身にはかえって好都合なようだ。
医師からは運動を奨励されているので、心拍数が上がるのは良い。

小仏峠は高尾山からの縦走路にあたるので、多くのハイカーがいた。
平日でこれなら、休日はどんな状態なのか想像がつく。
麓の豆腐屋で仕入れた豆乳で作ったドーナツを食べて、相模湖に向かって一気に下る。
休むことなくそのまま小原宿の本陣まで歩いた。

本陣は無料開放されており、見学させてもらった。
スタッフと話すと、甲州街道を歩く人は多く、電車が利用できるので、ゴールの下諏訪まで何回かに分けて歩くようだ。確かに、都内の人なら高いホテルに泊まらなくても日帰りできるのが良いかも。

与瀬宿から吉野宿、関野宿はこれといった見所もないまま通過。
国道20号線から旧甲州街道に逸れたりして歩くが、国道には歩道がない区間も多くあり、交通量が多いだけに危険極まりなかった。

寂れた感じの上野原の町に入り、コンビニで晩ごはんを買い出してホテルに投宿。

日本橋からここまで75㎞歩いてきた。
まだまだ先は長い。

◼️2023年10月11日 八王子~上野原
◼️44256歩 28.76㎞
◼️晴れ
◼️ルートイン上野原

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※八王子から高尾に向かう

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※八王子から高尾まではイチョウ並木が続く

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※この時期ならではの風景

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※小仏の関所跡

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※甲州街道念珠坂の石碑

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※小仏峠に向かう

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※こんなモニュメントがあった

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※小仏峠の登山道

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※小仏峠にある石碑

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※小仏峠からの風景

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※何十年ぶりのドーナツをパクつく

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※工事中の中央道を潜った

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※小原宿の町並み

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※小原宿本陣

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※同上

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※相模湖が眼下に見えた

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※路傍に佇む石仏

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※吉野宿高札場跡

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※吉野宿本陣跡

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※上野原に入ると酒まんじゅうの店が軒を並べていた

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甲州街道徒歩の旅(2) 西調布~八王子

立川市内で二ヶ所のホーロー看板を撮影した後、電車を乗り継いで昨日ゴールした西調布駅に8時30分到着。

うって変わった晴天に感謝だ。
今日は八王子まで22㎞の短いコースなので、道草をしながらホーロー看板も撮影していくつもりである。

西調布駅を出て旧甲州街道に入るとすぐに上石原の西光寺に出た。
境内には近藤勇の銅像があった。上石原は近藤の出生地という。
日野は土方歳三なので、甲州街道は新選組ゆかりの道である。

府中市内に入り、甲州街道から外れ、ホーロー看板の撮影に道草。
3箇所ほど回り、約7㎞の道草をし、再び甲州街道に合流した。

日野の渡し場から立日橋を渡り日野宿に入ると、古い建物もそこかしこに残っており、ここにきてようやく街道歩きをしているという実感が湧いてきた。
近藤や土方が学んだ天然理心流の道場もあるようで、ここは新選組の町である。

気温は26度、昨日とは打って変わった暑さとなった。
コンビニで禁断のアイスを買う。定番から外れたのか、ファミマもセブンにも大好きなあずきバーがなかった。

日野自動車の巨大な工場を通過。改めてここが日野だということに気づいた。
これまで気にすることもなかったが、日野自動車は日野なんだ(笑)。

西日の暑さに辟易としながらひたすら歩き、大和田橋を渡り八王子に入った。
ゴールは八王子駅近くのホテルだが、まだ16時前。市内のホーロー看板の物件に向かおうと思ったが、見る見るうちに空が怪しくなり、大粒の雨が落ちてきた。

看板探しは諦めて、駅前のドンキに慌てて逃げ込む。
結局、ここで晩ごはんの買い出しをしてホテルに投宿となった。

昨日の雨のなか濡れた靴で歩いたのがいけなかったのか、早くも右足の指にマメができてしまった。
最も、この5日間で100㎞以上歩いて入るので、これも想定内。
そろそろ来るものが来たか、というべきか。

明日は上野原までの約30㎞のコースなので、マメがひどくならないように、のんびりと歩きたいと思う。

◼️2023年10月10日 調布市~八王子市
◼️45165歩 29.35㎞
◼️晴れ
◼️三恵シティホテル

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※近藤勇の座像がある西光寺

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※染谷不動尊

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※しばし神社でまどろんだ。蚊に刺されてしまった

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※東日本最古と伝わる谷保天満宮

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※馬頭観音

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※日野の渡し場跡

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※立日橋を渡り、日野宿に入る

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※同上

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※日野宿はレトロな建物も多く残っている

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※日野本陣

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※近藤勇らの天然理心流の木刀が奉納された八坂神社

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※同上

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※旧道にあった石仏

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※大和田橋を渡ると八王子に入った

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※八王子駅にゴールした

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甲州街道徒歩の旅(1) 日本橋~西調布

横浜と東京で四日間のホーロー看板探しを楽しんだあと、予定通り日本橋の起点に立った。

天気はこれ以上ないくらいの悪天。
雨もひどいがそれ以上にビル風が強く、折り畳み傘がひしゃげてもっていかれそうだ。
天気を嘆いても仕方ないが、よりによってスタートからこれだから、日頃の行いが悪いとしかいいようがない。
ともあれ、中山道、東海道に続いて三つ目の五街道、甲州街道の歩き旅が始まった。
日本橋から大手町を抜けるが早くもずぶ濡れ。ビル風も半端じゃない。傘で風を避けながら歩く。
6月に続いて今年二度目となる皇居前を歩く。

雨に煙ったお堀に沿うように桜田門を通過し、半蔵門から四谷方面に折れた。
三連休の最終日だが、あいにくの雨とあって、四谷駅前も人の姿は少ない。
しかし、新宿駅前から西新宿の通りは相変わらずのごった返しだった。
まだ11時の開店前なのに、人気のラーメン店には長蛇の列。
雨のなか並ぶ根性に感心する。

甲州街道は国道20号線に沿ってひたすら歩くので、こと都内23区内はまったく面白味もない。
笹塚を過ぎた辺りでCoCo壱番で昼食。店を仕切っていたスタッフは金髪美人。
流暢な日本語で接客と、切れ目なくやってくるテイクアウトの客とウーバーイーツを捌いていた。
お見事、お見事。

宿場の面影もない下高井戸宿と上高井戸宿を通過するが、トイレもないし、雨宿りするところもない。
ようやく出てきたガソリンスタンドでトイレを借りる。
年配のスタッフに「日本橋から歩いてきた」と言うと、「そりゃまた御苦労様です」という返事。
それからしばらく世間話をしてスタンドを後にした。
明治大学を過ぎ、高井戸陸橋から国道20号線を離れ、旧甲州街道に入る。

雨は相変わらず落ちてくる。
雨具上下にザックカバー、右手に傘というフル装備で歩いているが、気温が17度程度なので蒸れて暑いということもない。
しかし、靴の中はびしょびしょ。
今回の旅のために新調した防水のウォーキングシューズもこの雨では効果がなかった。
さすがに歩きっぱなしは疲れたのか、雨宿りがてらモスバーガーでコーヒータイム。
雨水が滴る雨具を脱いで、しばしまどろんだ。

14時、気づかないまま調布に入った。
下石原にあるホーロー看板を撮影するために道草し、15時に西調布駅にゴール。
そこから電車を乗り継いで立川駅前のホテルへ。
調布のホテルはどこも満室で予約できなかったので、苦肉の策である。

駅前のドンキで晩ごはんを買い出しし、雨に濡れた身体をようやくベッドに投げ出すことができた。

雨に祟られた初日が終わった。

◼️2023年10月9日 東京都日本橋~調布市
◼️43037歩 27.93㎞
◼️雨
◼️立川リージェントホテル

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※日本橋をスタート。激しく降る雨の中、長野県下諏訪を目指す甲州街道の旅が始まった

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※同上

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※雨に煙った皇居前を歩く

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※同上

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※四谷駅前

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※珍しいホーロー看板の展示品が並んだ店のショーウィンドウ

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※新宿駅前を通過

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※大橋場跡の金属製の親柱と石仏

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※三体の石仏が大切に保管されていた

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※日本橋から17㎞。国道20号線の甲州街道を行く

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※こんなポストがあった

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※なかなかレトロなアーケード

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※壁のモニュメント。これは芸術品

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※円空仏のレプリカ?が鎮座する石仏

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※15時、西調布駅にゴール

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四国歩きお遍路(41) 高野山へ 満願

結願後、その足で高松から高速バスを乗り継ぎ、大阪難波のホテルに投宿。

チェックすると、左右の足にマメが6個もできていた。
右足はかなり腫れており、じっとしていもジンジンする痛みがある。

こんな状態で高野山に行けるのだろうか?
いったん帰宅して、それから出直してもいいかな?

弱気の自分が情けなくなったが、それを押し殺して、どんな状態でも行くことに決める。

翌日、3090円の【高野山フリーきっぷ】を購入し、早朝6時の南海電車高野山行の急行に乗った。
ホテルから駅までの1㎞は、足を引きずるようにして歩いた。

極楽橋駅からケーブルカー、更に高野山駅からバスを乗り継ぎ、一の橋口で下車したのは8時30分だった。
弘法大師が眠る奥の院御廟までは、ここから2㎞の歩きである。

ここ数日の天気が嘘のように晴れ、願ってもない青空である。
白衣に着替え、金剛杖を持つお遍路のスタイルに変身。
同じバスで下車した人の中にもお遍路さんが一人いたが、残りの多くは外国人観光客だった。

戦国武将や有名企業のお墓が並ぶ参道をゆっくりと歩く。
スギの大木の間を縫うように石畳の参道が続いた。

中の橋を渡ると、奥の院はそのどん詰まりにあった。
ここからは撮影禁止となり、脱帽ということで、お遍路のあいだずっと被り続けていた野球帽をザックに入れた。

奥の院御廟で88ヶ所を無事に回ったことを、お大師様に南無大師遍照金剛と唱えて静かに報告した。
これで私のお遍路が終わった。

清々しい気持ちと達成感。
もう一つは、これで終わってしまったんだという、ちょっとした脱力感。
自分は何かを残すことができただろうか。
無我夢中で歩いた日々を振り返ってみても、答えは出ない。

複雑に混ざったそんな気持ちを胸に、御廟を後にした。

納経所で納経帳を差し出すと、係の年配の男性が白衣と金剛杖、ザックを背負った姿を見て、
「歩かれたんですね。大変だったでしょう。これで満願ですね。おめでとうございます」
という言葉をかけてくれた。

優しい労わりの言葉がずしんと響き、胸が熱くなるのを感じた。
その瞬間、あぁ、終わったんだなぁ…と、吹っ切れた。

奥の院を出て、金剛峰寺を参拝し、往路を戻り、その日のうちに岐阜の自宅に帰還した。

40日間を共にした杖と白衣は持ち帰った。
再び袖を通し、杖の鈴を鳴らすことがあるのかどうかは分からない。

お大師様に呼ばれたとき、今よりも成長した姿で四国の土を踏むことができるだろうか。

はたして、その日が来るのか。
静かに、待ちたいと思う。

■2023年6月1日 大阪府大阪市~和歌山県高野山町→帰宅
■晴れのち曇り

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※極楽橋駅からケーブルカーに乗り継ぎ、高野山に向かう

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※一の橋口でバスを下車し、歩き始める

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※同上

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※一の橋から奥の院へ向かう

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※同上

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※御廟へ続く参道

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※同上

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※同上

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※覗き見の井戸があった

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※戦国武将のお墓が並ぶ参道。画像は徳川家墓所

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※奥の院参拝を終え、納経所に立ち寄った

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※古い建物が軒を並べる高野山町中心部

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※金剛峰寺山門

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※金剛峰寺本堂

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※同上

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※同、全国一の規模を誇る石庭

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※同上

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四国歩きお遍路(40) 87番長尾寺~88番大窪寺 結願

結願の日を迎えた。
ドンピシャで雨である。
これまでも、ここぞという日はいつも雨にやられていた。
室戸岬の最御崎寺、久万高原の岩屋寺、石槌の横峰寺、そして昨日の屋島寺等々。
まぁ、40日間も歩いていれば、仕方がない。

一晩お世話になった旅館を朝6時に出発。
大窪寺から出る14時のバスに間に合わせるためだ。

87番長尾寺までは県道3号線と、そこから逸れる遍路道を行く。
雨は強くないので、雨具は着けずに傘を差して歩く。
今日は結願の日なので、白衣も着た。
もちろん、濡れても構わない。

7時30分に長尾寺に着いた。
境内は人影もまばらで、静けさが染み渡っている。
丁寧に般若心経を読み上げ、納経を終えた。

境内にある88番大窪寺までのルートマップの案内板を見ていると、年配の男性が隣に立った。

老人は、クルマで10回も回ったが、歩いて遍路をできなかったことが、残念だとこぼした。
それほど、1回の歩き遍路は価値があるという。

実際に歩いている私にとっては、価値に当てはめること自体ピンとこないが、日本人の習性か、価値観の違いか、物事を天秤にかけたがる人が多いと思ったりもする。

だからか、三倍ご利益にほだされて、いきなり初めての遍路、山の経験もない女子学生が逆打ちをし、遭難騒ぎを起こしたという。
…これは、生き字引の岡田屋のおじいちゃんの話。

歩いてみて思うが、時計回りに歩く順打ちは、理にかなった歩き方で、3月から歩き始めた私には季節の移ろいや風向き、コース取りも体に馴染んで、心地よかった。

旅先で会った逆打ちのお遍路さんには、さも自分が凄いことにチャレンジしているぞ、というオーラを周りに振り撒いている人もいた。
徳は、宣伝するものではない。
黙っていればカッコいいのに、もったいないではないか。
自慢するくらいならやらない方がいいだろう。

さて、長尾寺で会ったご老人、大窪寺で結願したら「打ち込みうどん」をぜひ食べてみて、と勧められたことを早速インプットした。

「あと、一つ」のコールを自分にかけて、雨のなかを再び歩き出す。

県道3号線に並走する遍路道には、地蔵堂、釈迦堂、高地蔵、馬の墓といった遍路道ならではの名跡が出てくる。
雨に煙る道を、往時の雰囲気を味わいながら歩くのは、歩き遍路ならではの贅沢なひと時だ。

前山ダムの道の駅の向かいには「おへんろ交流サロン」があり、休憩がてら立ち寄る。
お目当ては、申請すれば無料で貰える「四国八十八ヶ所遍路大使任命書」とバッチ。

実は、これが欲しかったのだ。
大窪寺で2000円出して書いて貰う「結願書」ではなく、歩き遍路だけが貰えるこれが欲しかった。
ちなみに私の番号は、1276号だった。

サロンの職員に大窪寺へのルートを訊かれ、予定していた山ルートの女体山遍路道を、雨で道が荒れているというアドバイスであっさりとパスする。
昨日の屋島寺でのやり取りとはエライ違いだが、ここは素直に、約3㎞歩けば県道3号線に合流すると勧められた旧遍路道を歩くことにした。
同席していた外人のカップルも同意し、私の後から少し距離を置いて歩くことになった。

旧遍路道は、時おり出てくる丁石以外、舗装された坂道を登るだけで短調。
雨で展望も効かないので、休むことなく歩く。

県道との合流点の額峠に出ると、草に埋もれた遍路道があり、いかにも人が歩いていないような雰囲気が濃厚だった。

遍路道にこだわる私としては、有無もいわずに突入であるが、私が「let's go」と振り返って手招くと、後続の外人カップルは、躊躇している。
特に奥さん?が、顔をしかめているのが面白い。

結局、カップルは県道を歩くことになり、私は雨と濡れた草にびしょ濡れになりながら、苔むした道を進むことにした。

遍路道にはたくさんの行き倒れたお遍路の墓があった。
当時の村人が手厚く葬ったのだろうか。結願を目前とした死は無念だったと思う。
最も、訳あって歩き続けるしかないお遍路もいたはずだ。
それを思うと心が痛む。

遍路道には江戸時代前期に建てられた重要文化財の細川家住宅もあって、県道歩きにはない見処があった。

どうせなら外人カップルにも見せたかったが、これまでの認識では、外人遍路の多くが積極的に遍路道を歩かないと思っているので、日本を知る上で実に残念だが、無理もいえない。
最も、日本人の歩き遍路でも、遍路道を好んで歩く人は少ないようにも思う。
四国遍路を世界遺産にしたいのなら、老婆心ながら古道の遍路道を更に整備し、歩く人を増やすべきだと思う。
国道や県道ばかり歩いていては、クルマと変わらないし、何よりもったいないではないか。
歩き遍路の魅力は、遍路道を歩いてこそ、その素晴らしさを実感できると思っている。

人は易きに流れる。
遍路を修行と解釈するなら、その行への向かいかたと選択肢は無限である。

さて、遍路道は国道377号線に出ても並走し、地図ではそのまま大窪寺まで続いている。

泣いても笑っても最後の3㎞だ。
今日もロキソニンを飲んで痛みを散らしてきたが、マメの痛みは一足毎にしびれるような感覚となった。

最後のあがきの緩い坂を登ったところが88番大窪寺だった。
土産物屋が軒を並べる正面に回り、「八十八番結願」と彫られた石柱が立つ石段を登る。
山門を潜ると、そこが40日間の旅のゴールだった。

降り続く雨のなか、誰もいない境内、誰もいない本堂で般若心経を読んだ。

涙が止めどなく流れる。
こらえても、こらえきれない。
もう、涙声だ。
64才にもなって俺はこんなにもセンチだったのか?と、半ば呆れて笑いたくなった。

この涙は、いったい何の涙だろうか。
そんなことを思いながら、読経を終えた。

続いて大師堂を参拝し、最後の般若心経を心を込めて読む。
原爆の火が灯り、たくさんの金剛杖が奉納されたお堂を見ながら納経所へ。
40日間、一緒に歩いてくれた杖は持ち続けることに決めている。

納経所では係の女性が「結願ですね。長い歩き、ほんとうにお疲れさまでした」と声をかけて下さり、力強く墨書した納経帳を返してくれた。

確かに、納経帳はこれで埋まったが、ほんとうに私のお遍路は終わったのだろうか。
まだ、実感は湧かないし、何よりも宙ぶらりんの気分がぬぐえない。
ほんとうの実感は、納札に書き続けてきた願い事が成就したときかもしれない。
まだまだ、先は長いのだ。

山門を出て大窪寺を後にした。
土産物店で「打ち込みうどん」を食べた。
朝、長尾寺で会った老人から、ぜひ食べて欲しいと勧められたうどんだ。

美味かった。
柚子の香りと、まろやかな上品な味噌の味が腹に染み渡った。

店を出ると、あれほどしつこく降っていた雨が上がって、薄日が差していた。
後は、予定通りにバスと電車を乗り継ぎ高松を経由し、さらに高速バスで大阪に出ることになる。

そして、明日は最後のお勤めが待っている。
お大師様に会いに、高野山に向かうのだ。

◼️2023年5月31日 香川県さぬき市~大阪府大阪市
◼️36920歩 24.00㎞
◼️雨のち晴
◼️KOKO HOTEL大阪なんば

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※87番長尾寺山門

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※同、仁王像

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※県道から遍路道に入る

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※同上

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※雨の田んぼを見ながら歩く

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※阿弥陀如来を祀る一心庵

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※高地蔵。傍らには馬の墓もあった

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※おへんろサロンから丁石道の旧遍路道に入った

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※同上

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※遍路道に残る六十六丁石

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※か細く続く遍路道

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※江戸時代前期の建造物と云わる細川家住宅

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※国道から大窪寺に続く遍路道の分岐

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※88番大窪寺が近づく

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※88番大窪寺山門に到着。いよいよ結願に向かう

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※同、山門

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※同、裏門。遍路道を歩くとここに出てしまう

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※同、仁王像

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※同上

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※88番大窪寺本堂

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※同、大師堂

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※同、原爆の火

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※同、奉納された金剛杖

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※杖の先はすり減り、花が咲いたようになった

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※打ち込みうどん

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※四国八十八ヶ所お遍路大使任命書

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四国歩きお遍路(39) 84番屋島寺~86番志度寺

雨になった。
予報が外れてくれたらと願っていたが、きっちりと当たった。

雨具上下と傘を差す、完全防水スタイルで7時に出発。
通勤ラッシュが始まった国道11号線を屋島に向かう。
琴電潟元駅から84番屋島寺に続く坂を登っていくが、雨が激しくなってきた。

住宅街を過ぎ、遍路道は石畳のように整備された道となった。
弘法大師ゆかりの「屋島御加持水」や「食わずの梨」といったポイントを通過するが、雨が激しく、立ち止まって写真を撮ることさえ容易ならない。

整備された道を歩ききると、墨絵を見るような幻想的な景色のなかに、84番屋島寺の山門が現れた。
仁王像は眼光鋭く、にらみつける迫力があった。

本堂と大師堂を参拝するが、雨音が激しく自分の読経の声さえ消されてしまうようだ。

納経所で85番八栗寺への遍路道を尋ねると、年配の男性いわく「この雨に遍路道行くの?」「道が悪いので、ケガしてもこっちは責任取れないよ」
と言いながら、往路を戻ることを勧められた。
その言い方が投げやりでカチンときたが、おっしゃることはごもっともなんだろう。

アドバイスは真摯に受けとめるとして、3分後には遍路道への一歩を踏み出していた。
遍路道はのっけから急な下りで、崩れている箇所にはロープが張られている。
道は雨によって川のようになっており、シューズの中はびしょ濡れだ。
傾斜が急なので、スリップしたら谷底だろうな…と思いつつ、慎重に下った。

県道150号線に出て、安徳天皇社がある檀の浦に掛かる橋を渡ると、マルナカスーパーがあったので、昼めしがてらイートインで休憩。
これまで、遍路小屋のような雨が当たらない休憩所はなかったので、出発してからようやく腰を下ろすことができた。

さて、次は85番八栗寺だ。
雨は相変わらず強く降っている。
遍路道は集落の路地を通ったりして、なかなかマニアックなコースを取るが、洲崎寺から牟礼北小学校に出たあたりで目印を見失なってしまった。
八栗ケーブルまではどの道を取っても行けそうなので、路地の道を適当に登って行く。

ケーブル乗り場から舗装された遍路道に入るが、これが結構急で、汗だくになって登った。
降り止まぬ雨のなか、本堂と大師堂を参拝し、86番志度寺に向かって県道145号線となった遍路道を下る。

しつこく痛みが続く右足のマメは、もはや一週間もの付き合いとなった。
引きずるように歩くので、今度はかかとにも痛みが出てきた。
まぁ、泣いても笑っても明日まで。
足が痛くても、マメだらけになっていても、明日の22㎞で終わるのだ。

平賀源内の旧宅や古い町並みが残る志度の町を歩くと、そのどん詰まりに86番志度寺があった。
手前の墓地にある源内先生のお墓に手を合わせ、山門を潜った。
本堂と大師堂は境内の樹木に囲まれるように建っていた。
今日、最後の般若心経を唱え、納経を終えた。

15時30分、予約した「いしや旅館」はすぐ近くにあり、泊まり客が私一人だというのに、ご主人が風呂を沸かして待っていてくれた。

88番大窪寺を終えた後、1番霊山寺へのお礼参りをずっと考えていたが、今の足の状態と雨が続く予報を考慮して、パスすることにした。
明日、結願したらそのままバスで下り、大阪に出て、翌日に高野山に向かう予定である。

四国の完全一周は叶わないが、88ヵ所の札所をつなぐ遍路道にこだわり、己の足のみで歩き切ったことで、良しとしたいと思う。

◼️2023年5月30日 香川県高松市~さぬき市
◼️38135歩 24.78㎞
◼️雨
◼️いしや旅館

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※強く降る雨の中、屋島に向かって国道11号線を歩く

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※屋島の町を歩く

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※84番屋島寺に向かって遍路道を行く

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※同上

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※同上

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※弘法大師ゆかりの加持水

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※同、食わずの梨

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※雨に煙る84番屋島寺山門

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※同、仁王像

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※同上

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※84番屋島寺本堂

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※同上

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※同、大師堂

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※屋島寺から85番八栗寺に向かう遍路道の分岐

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※遍路道を下る

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※洲崎寺

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※八栗ケーブル駅

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※遍路道に佇む石仏群

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※85番八栗寺の山門前のお迎え大師

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※同、神社と寺が一体となったような山門の入口

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※85番八栗寺山門

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※同上

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※86番志度寺に向かう遍路道

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※同上

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※琴電の電車が行く

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※平賀源内の旧宅

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※志度の町並みを歩く

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※志度の町並みにある志度寺奥の院

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※86番志度寺山門

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※同上

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※同、仁王像(重要文化財)

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※同上

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※同、五重塔

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※宿泊した宿、いしや旅館

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四国歩きお遍路(38) 80番国分寺、83番一宮寺

雨の朝となった今日、四国が梅雨入りした。
結願まで天気は大丈夫と踏んで、5月18日に愛媛県の内子を出発したお遍路だったが、想定外の梅雨入りに掴まった日となった。

朝7時30分にホテルを出発し、JR高松駅から昨日ゴールした国分駅に向かう。
下車すると、同じ電車からSさんが降りてきた。
彼と会うのは二日ぶり。
昨日は79番を打って、国分駅まで歩いたという。
今日は80番国分寺から81→82と回り、高松に出るということだ。

連れだって80番国分寺に向かう。
マメの痛みで足を引きずる私を見て、気の毒そうな顔をしながらも、彼も同じく右足を引きずっていた。
連日の30㎞を越える歩きに「歩き過ぎじゃないですか」と牽制球を投げつけられ、お互い様だと健闘を称え合いながら山門をくぐった。

雨の中、本堂と大師堂を参拝するが、大師堂は納経所と一緒になっており、堂内にはずらりと土産物まで並んでいた。

国分寺でSさんと別れる。
がっちり握手をして、数日後に迫った結願とこれからのお互いの旅の無事を分かち合った。
出会いは一期一会だが、同じ楽しさや苦しみを共有する、歩き遍路ならではの爽やかな交流ができたことに感謝したいと思う。

国分寺からは、8㎞先の83番一宮寺まで遍路道を拾っていくが、目印がほとんどなく、地図を頭に入れて歩いた。

途中で足の痛みに我慢できなくなり、今日は飲まないでおこうと心で決めていたロキソニンを飲む。
右足を庇って歩くので、バランスが悪くなるのか、左足にもマメができている。
日本縦断でもさんざんマメに苦しんだが、マメができやすい体質だと思うしかない。

区切り打ちは間が空くと、体がお遍路に慣れるまでしばらくかかるので、非効率だといわれる。
通し打ちなら後半になるほど体が順応して、ガンガン歩けているかもしれない。

ロキソニンが効いてきたのか、少しだけ痛みが緩和されたのをここぞとばかりに、金剛杖でリズムを取りながら歩く。
38日間共に歩いてきた杖の先はいくぶん短くなり、花が咲いたように拡がっている。

天気は雨が降ったり、曇ったり、少し晴れ間が出たりと、まったく忙しい。
その都度、傘を出したり引っ込めたり。
杖と傘で両手が塞がるので、雨の日は大変だ。
菅笠を初めから買っとけばよかったと思っても、もう後の祭りである。

11時に83番一宮寺に到着。
本堂と大師堂で読経。
私の横に菅笠に杖、白装束のお遍路姿の男性が近づき、灯明もせず、読経をすることもなく手を合わせただけで納経所に行ってしまった。

私が納経所に行くと、その男性は掛け軸や納経帳にはんこを貰っていた。
人のことなのでどうでもいいが、単なるスタンプラリーなら勿体ないと思う。

寺の商業主義にまんまと乗せられているだけのような気がしないでもないが、私はこんなお遍路だけはしたくない。

恐らく、お遍路の真髄を分からぬまま結願を迎えそうだが、長く苦しい遍路道を歩き続けてきた過程で、煩悩との闘いもあったし、関わった人々に対して感謝できた素直な自分もいた。

お遍路は自分を磨く格好な場だったように思う。

クスリの効果が切れて、足の痛みが増幅始めた14時30分に、連泊するホテルに到着。

明日はここから86番志度寺までを歩く。
雨が激しく降らないことを願いたい。

◼️2023年5月29日 香川県高松市
◼️31329歩 20.36㎞
◼️曇り時々雨
◼️ホテル東宝イン高松

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※雨の80番国分寺本堂

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※同、大師堂。納経所と土産物が同居している

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※特徴的な讃岐の山と溜め池を背景に遍路道を歩く

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※遍路道の道標

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※83番一宮寺に向けて遍路道を行く

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※83番一宮寺西門

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※今日の昼めしもうどん(こがね製麺所)

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※遍路道を高松市内に向かうと、派手なカフェがあった

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※栗林公園を左手に高松市内に向かった

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四国歩きお遍路(37) 77番道隆寺~82番根来寺

76番金倉寺近くのゲストハウスを6時に出発。
宿泊客は宿の規定により室内では食事ができないので、玄関脇に置かれた小さなテーブルがある狭いスペースで食べることになっている。

前日に買っておいたパンを食べようと思って部屋を出ると、女性二人がお化粧の真っ最中。
とても食事どころではなく、仕方がないので、チェックアウトをしてから近くのコンビニで食べた。

しばらく県道25号線を歩き、脇道から77番道隆寺に向かうが、化膿している右足の小指のマメが相変わらず痛い。
一歩踏み出すたびに、しびれるような痛みが脳天まで響く。
四日連続となったロキソニンを飲んでかわしているが、一向に治る気配がない。

誰もいない静かな道隆寺の境内で、読経をした。
自分の声が響き、心地よかった。
般若心経は心を込めて読むほど、じわじわと気持ちが落ち着いてくる不思議な力がある。
トチらないように読むことが精一杯のお遍路を始めた頃は、そんなことは全く感じなかった。
まだ暗記できないが、もう154回も読んでいる。

丸亀城を右手に見ながら78番郷照寺に向かう。
すると、うどん店「讃州製麺」を発見。
まだ10時前だが、ついふらふらと暖簾を潜ってしまった。
恐るべきことに、広い店内はほぼ満席。
まだ朝なのに。
これは思いっきり、不思議な光景である。
香川県民の「朝からうどん」は、本当であった。
ぶっかけうどんにゲソ天トッピングを食べて店を出た。
これで、こらから始まる山越えルートにチャレンジできそうだ。

78番郷照寺を打ち、坂出駅前のシャッター商店街を通過し、79番天皇寺に着いた。
天皇寺は境内に白峰宮という神社が同居しているちょっと変わった配置。

暑い日差しが照りつけ、汗だくになりながら読経を上げた。
それを見ていたのか、ご夫婦の参拝客が「歩きですか、これ、飲んでください」と、栄養ドリンク2本をザックの横に置いていった。
参拝客からのお接待は初めてだが、ありがたく頂戴した。

納経所でこの先のルートについて訊くと、まだ時間が早い(この時点で12時)ので、81番→82番→80番の順で打っても良いのでは、というアドバイスを貰い、10㎞先の81番白峯寺に向かうことにした。

しかし、これがかなりの勾配で、暑さと足の痛み、さらに延々と続く急な石段にヘロヘロになって到着。
標高300メートルと言えども侮れないアプローチだった。

更に、標高400メートルの82番根来寺へは5㎞の遍路道を歩くが、これもアップダウンがあり、なかなか手強い。

途中に十九丁の休憩場所があり、そこにはお接待として飲み物や菓子が置かれていた。
缶コーヒーをありがたく頂戴し、喉を潤すことができた。

15時45分に82番根来寺を打ち、十九丁まで往路を戻り、80番国分寺に向かうが、まだ7㎞もあり、17時の納経終了までには間に合いそうもない。

雨も落ちてきたので、尾根に付いた遍路道をのんびりと下ることにした。

「イノシン出没中」の看板を見て、急な下り坂に膝をガクガクにしながら、80番国分寺の脇を抜ける。

18時過ぎにJR国分駅に到着し、予約した高松駅近くのホテルに向かうため、電車の人となった。

足の痛みと暑さに翻弄された、長く苦しい40㎞を歩いた一日がようやく終わった。

◼️2023年5月28日 香川県善通寺市~高松市
◼️60645歩 39.41㎞
◼️晴時々曇り
◼️ホテル東宝イン高松

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※遍路道に佇むお地蔵様

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※77番道隆寺山門

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※同、仁王像

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※ぶっかけうどんを食す。(讃州製麺所)

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※丸亀城を右手に見ながら歩く

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※土器川を渡った

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※78番郷照寺に向かう遍路道

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※同上

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※78番郷照寺山門

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※78番郷照寺本堂

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※同、大師堂の天井装飾

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※遍路道を79番天皇寺に向かう

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※同上

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※同上。分かりやすい道標があった

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※坂出駅前のシャッターが降りた商店街

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※天皇寺に向かう遍路道

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※79番天皇寺境内。本堂と大師堂

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※参拝客からのお接待

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※天皇寺から綾川に沿って遍路道を歩く

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※同上

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※81番白峯寺に向かう遍路道

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※標高が上がるに連れ、眺めが良くなってきた

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※草に埋もれた丁石

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※81番白峯寺の最後の石段の登り

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※81番白峯寺山門

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※81番白峯寺中山門

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※同、本堂と大師堂

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※同、大師堂

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※82番根来寺に向かう遍路道にある、あかい(井戸)と丁石

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※同上、石造り卒塔婆(香川県指定建造物)

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※同上、遍路道

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※十九丁のお接待所

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※缶コーヒーをいただいた

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※五色台の無料遍路小屋

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※82番根来寺山門

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※同、仁王像

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※遍路道を80番国分寺に下る

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※同上

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※展望が良く、国分の町が見えた

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※溜め池の脇を歩き、国分駅に向かった

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※40㎞を歩き、国分駅にゴールした

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四国歩きお遍路(36) 70番本山寺~76番金倉寺

右足の小指にできたマメの痛みにもだえながら、午前7時に出発。
この痛み、もう三日も苦しんでいる。
今日は痛みを我慢できず、ほんの100メートルも歩かぬうちに、ロキソニンを飲んだ。

観音寺駅前を通過し、財田川に沿って70番本山寺に向かう。

昨日、雲辺寺で会った年配のお遍路さんに追いつき、しばらく話をしながら歩く。
千葉県の人で、野宿をメインに宿泊まりを交えて通し打ちをしているという。
お遍路は3回目。
一見するとホームレスの匂いがしたが、ザックはカリマー、ウェアはモンベルで統一されていた。

遍路道でイノシンと遭遇した話で盛り上がったが、ペースが遅いので、先に行くことにして別れた。
機会があればまた会うこともあるだろう。

70番本山寺は鎌倉末期の建立で、本堂と五重塔は国宝に指定されている。

次の71番弥谷寺までは約10㎞。
国道に沿った遍路道を歩くが、距離的には国道を歩いた方が短いように思えた。
遍路道には目印もあまりないし、何より、店がない。
狙いの、うどん屋がないので、結局、弥谷寺まで昼めしにありつくことができず、山門を潜ることになった。

弥谷寺はなんと言っても、本堂までの540段の階段がお遍路泣かせである。
10㎞の道のりを歩き、この仕打ちとなるのは辛い。
空腹も重なって、アゴを出しながら登った。
大師堂は本堂をしのぐスケールで、堂の奥には洞窟に安置されたお大師像もあった。

弥谷寺から72番曼陀羅寺まではそれほど距離はないので、途中でうどん屋を探しながら歩く。
すでに13時を回っており、空腹はピーク。
頭の中は、讃岐うどんのことでいっぱいになっている。
巡礼どころか、煩悩にやられている。

72番曼陀羅寺のすぐ近くにうどん屋を見つけたが、すでに品切れで閉店していた。

こうなると、もう昼めしは諦めるしかないのか。
曼陀羅寺を打ち、1㎞先の73番出釈迦寺に向かう。
出釈迦寺では秘仏公開が行われており、多くの参拝客で賑わっていた。
歩き遍路は私だけのようで、納経して山門を出ると、和菓子屋さんのイベントコーナーがあり、お茶とどら焼のお接待を受けた。
空腹が極に達していたので、涙が出るほど嬉しかった。
現金なもので、これで煩悩から解放され、巡礼モードに切り替わるから単純である。

74番甲山寺を打ち、遍路道を75番善通寺に向う。
すると、「宮川製麺所」と書かれたうどん屋の看板が。
嬉しいことに営業中である。
15時を回っているが、にわかに巡礼モードから煩悩モードに切り替わってしまった。
店員さんから指導されるまま、どんぶりを片手にうどんを盛り付け、大盛390円プラス玉子のトッピングを食べた。

ようやく香川県で讃岐うどんにありつくことができ、善通寺に向かう。
75番善通寺はとにかくスケールが大きいし、参拝客もこれまで回った札所のなかでは格段に多い。
五重塔は見上げるほどだ。
金堂(本堂)と御影堂(大師堂)を参拝し、納経を終えた。

さて、納経終了の17時まで残り1時間。
3㎞先の76番金倉寺へ急ぐことにする。
マメの痛みを我慢しながら黙々と歩き、10分前に到着。
先に納経をさせてもらい、本堂と大師堂を参拝することができた。
これで明日は早立ちすることができる。

予約した宿「ゲストハウスミカサツカサ」は金倉寺からすぐだった。

足の痛みと空腹の煩悩と闘うことになったが、終わってみれば、予定どおりに6つの寺を打てた上出来の一日になったと思う。

◼️2023年5月27日 香川県観音寺市~善通寺市
◼️48937歩 31.80㎞
◼️晴
◼️ゲストハウスミカサツカサ

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※観音寺駅前を過ぎ、財田川の堤防を本山寺に向かう

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※本山寺の五重塔が見えてきた

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※70番本山寺本堂と五重塔(国宝)

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※同、大師堂

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※同、水屋

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※国道11号線沿いにあった遍路小屋

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※遍路道の民家にあった道標。自費で設置したようだ

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※香川県には溜池が多い。

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※71番弥谷寺山門

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※同、仁王像

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※同上

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※弥谷寺の本堂へ続く階段

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※弥谷寺から72番曼陀羅寺へ向かう遍路道。曼陀羅の道という歴史ある古道である

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※同上

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※72番曼陀羅寺山門

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※73番出釈迦寺に向かう

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※出釈迦寺山門

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※出釈迦寺の大師像

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※出釈迦寺からの眺め。善通寺方面を見る

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※どら焼とお茶のお接待を受けた。空腹にありがたかった

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※74番甲山寺に向かう遍路道

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※甲山寺山門

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※甲山寺の守り神はうさぎ

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※遅い昼食を取った。宮川製麺所の讃岐うどん(大盛480円)

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※75番善通寺金堂

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※同、五重塔

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※同、御影堂

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※76番金倉寺山門

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※同、本堂

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