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美濃路を歩く③ 羽島~垂井

快晴、気温2度。
ゆっくりと身支度をし、NHK朝ドラを見てからホテルを出発。
今回の旅は、新調したモンベルのトレイルランニング用シューズを履いているので、マメ防止のマッサージクリームを念入りに塗り、いつもマメができてしまう部分にはテーピングをした。

新羽島駅から名鉄電車に乗り、昨日ゴールした須賀駅まで戻り、おもむろに歩き始める。
通勤、通学時間が過ぎていたのか、下車したのは私一人だった。

阿遅加神社から境川の堤防に上がると、雪を被った伊吹山が見えた。
親鸞聖人御旧跡の碑と2体の地蔵尊があり、右手には境川の穏やかな流れ。
土手にはラッパ水仙が咲き、のどかな風景に癒された。

墨俣宿に入り、本陣跡にある東屋で休憩。
二つ用意したサーモスの水筒型の魔法瓶には、ホテルのコーヒーとお茶を詰めてきている。

それにしても『魔法瓶』とは、なんとも不思議なネーミング。
どうしても大昔にあった、取手が付いた重たくてでかいポット型の象印魔法瓶を思い出す。
今は便利な世の中である。

休憩所を出て、墨俣城に寄り道。
城内は昨年の春にカミさんと見学したので、写真を撮って踵を返す。

吊るし雛がショーウインドを飾る墨俣宿を離れ、一里塚を見ながら犀川の土手をずんずん歩いた。

新揖斐川橋を渡ると伊吹山が間近に迫ってきた。
大垣宿に入ると美濃路は鍵型に曲がったりするが、詳細な案内板が随所にあり迷うことはなかった。

芭蕉の奥の細道の結びの地を過ぎると、ゴールの垂井宿は近い。
すっかり、はげ山になってしまった赤坂の金生山を眺めながら歩く。
ウミユリやフズリナ(紡錘虫)といった古生代ペルム紀の化石が出ることで有名なこの山には、石灰岩の露天掘りの鉱山がある。
化石採集に夢中になっていた中学生の頃によく通ったが、50年前の風景とは比べ物にならないくらい無残な姿になってしまっていた。

JR東海道線の踏切を越えると、美濃路に残る唯一の松並木が続く道となった。
東海道や中山道ではふつうに見た風景だが、妙に懐かしく感じた。

ほどなく中山道と美濃路の追分に到着。
まぎれもなく、中山道を歩いた一昨年に通った場所だ。

名古屋から3日間をかけて歩いてきたが、なんの感慨もないままゴールとなった。

ちょっとばかし醒めていたのか。
寒さにやられて、旅を楽しむ余裕がなかったのかもしれない。

まぁ、次に機会があるなら、秋の風景でも探して歩いてみるのも悪くない。

■2023年2月16日 岐阜県羽島市~垂井町
■36785歩
■23.91㎞
■晴れ

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※起宿と墨俣宿との間の宿に入ると、三叉路の右手には美濃路の案内板と道標があった。羽島市

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※境川の堤防に上がると親鸞聖人御旧跡の碑と2体の地蔵尊があった。安八町

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※伊吹山と奥美濃の稜線が見えた。安八町

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※東小熊の一里塚跡 安八町

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※長良川を渡り、墨俣宿へ向かう。大垣市

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※墨俣宿本陣跡。大垣市

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※墨俣宿には寺院が多い。土岐悪五郎の墓がある明台寺。大垣市

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※墨俣城に立ち寄った。大垣市

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※墨俣宿脇本陣。大垣市

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※脇本陣のプレート。大垣市景観遺産

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※墨俣宿では商店のショーウインドに吊るし雛が飾られていた。大垣市

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※東結一里塚跡の石標。大垣市

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※米の宮之趾の碑。穀物・食物の神で、稲荷神社の主祭神。大垣市

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※ 小栗判官と照手姫の物語にまつわる伝説を残す町屋観音堂。大垣市

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※結(むすぶ)神社。縁結びの神として有名な神社。大垣市

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※大垣は水の都。美濃路名古屋口御門跡碑の裏には水門がある広場があった。大垣市

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※美濃路大垣宿問屋場跡看板と石標が建つ寶来屋の建物。せんべいを売っていた。大垣市

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※大垣宿本陣。あいにく休館中だった。大垣市

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※創業250年(宝暦5年)の柿羊羹の老舗つちや。荘厳な建物に驚く。大垣市

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※住吉燈台史蹟船町港跡。天保11年(1840)に港の道標と夜間の目印として建てられた。大垣市

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※高橋橋を渡る。大垣市

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※奥の細道結びの地にある芭蕉の像。大垣市

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※大垣宿から垂井宿に向かうと焔魔堂があった。大垣市

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※久徳一里塚。大垣市

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※垂井宿が近づくと伊吹山が間近に迫ってきた。垂井町

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※美濃路に残る唯一の松並木。1㎞以上にわたって続く。垂井町

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※15時。中山道と美濃路の追分にゴール。垂井町

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※JR東海道線垂井駅より帰路に着く。

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美濃路を歩く② 清洲~羽島

清洲から戻り、中2日で再びJR清洲駅に立つ。

これから、垂井宿までの残り40㎞を歩く小さな旅が始まる。
空は青いというのに、どこからともなく風に乗った雪が舞っている。

それにしても寒い。
ヒートテックやらダウンやら、ネックウォマーやら、果てはヒートテックの股引まで。
なのに、泣きたくなるくらい冷える。

清洲宿から国府宮がある稲葉宿までは、それこそ黙々と歩く。
それでも体はちっとも温まらない。

稲葉宿はそこらじゅうで道路工事をしていた。
本陣前でもしかり。
三角コーンが並び、重機で大きな穴を掘っていた。

この寒さの中、ひたむきに旗を振っている交通誘導員の人たちにはまったく頭が下がる。
つい先日、三五シンシャから出ているベストセラーの『交通誘導員ヨレヨレ日記』を読み終えたばかりなので、ヘンな親近感があるのだ。
この仕事で働く人の平均年齢が60歳超えというのも、厳しい現実。
本陣前の誘導員の横顔にも、ヘルメット越しに深いシワが刻まれているのが見えた。

国は、平穏に、おいそれとは年を取らせてくれないようだ。
平日にこうしてのんびりと歩き旅を楽しんでいる自分は、恵まれているんだろうんなぁ…などと思いながら通り過ぎた。

さて、苦労知らずの酔狂な私は、相変わらず黙々と歩く。
稲葉宿から萩原宿、起宿は古い家屋や商家も残り、いかにも旧街道を歩いているという感慨があった。
過去に、ホーロー看板を探して断片的には訪れている町も、通して歩いてみると、また違った町の一面を見ることができる。

町ごとに、統一感というか、調和を感じるのだ。
屋根が低い黒壁の家屋がずらりと軒を並べ、背後には神社仏閣が守っているような起宿は、町全体が歴史と共にしっかりと生きていくという気概が見える。
そこにはゴミ一つ落ちいてないし、ピンと張りつめた緊張感があった。
歴史がある街道が通る町ならではの努力かもしれない。

起宿から木曽川の堤防に上がると視界が開け、雪を抱いた伊吹山や養老山脈のなだらかな稜線が見えた。
雪が吹きつける向かい風に逆らうように、木曽川を渡り県境を越えると、岐阜県羽島市に入った。

堤防を下りて小さな集落に入ると、でかいトラックが路地のような狭い三叉路で立ち往生していた。

進めず、戻れず、曲がれず。
それにしても、なんでこんな狭い道に入ってしまったの?
後続の乗用車はどうしようもなく、成り行きを待つしかない様子。

トラックの運転手は若い外国人の兄ちゃんで、何度もハンドルを回したり、ドアを開けて後ろを見たり。

こんなとき、交通誘導員ならどうするだろう…そんなことを思いながら、助けてやれずに横をすり抜けるしかなかった。

美濃路のルートファインディングは道に迷う苦労もなく、名鉄竹鼻線が横切る須賀駅に着いた。
今日はここで打ち止めとし、260円を払って電車に乗り、予約したホテルがある新羽島駅前へ。

晩めしは、須賀駅近くのスーパーカネスエで購入したお惣菜とビール。
汗もかかず、冷え切った体を熱い風呂に沈めると、生き返ったような気がした。

■2023年2月15日 愛知県清洲市~岐阜県羽島市
■31860歩
■20.70㎞
■東横イン羽島駅前
■晴れ

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※気温2度の中、清洲宿をスタート。

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※お地蔵様と馬頭観音

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※長光寺。足利尊氏により再興。尾張六地蔵尊一番札所。稲沢市

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※同上。境内にある六角円堂の地蔵堂。室町時代の建立。重要文化財

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※長光寺前にある四ツ家の追分道標。「右 ぎふ道」「左 京都道」「文政二年己卯」という文字が読める。この道標は岐阜街道と美濃路との追分に立っていたが、ここへ移転された。

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※線路わきに建つ四ツ家追分の石碑。「下津、一宮、黒田を経て岐阜へ向かう鎌倉街道、後の岐阜街道と稲葉、萩原、起を過ぎて垂井へ向かう美濃街道との分岐点である」と彫られている。稲沢市

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※案内板や道標があるので迷うことはない。稲沢市

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※ 国府宮一ノ鳥居と常夜燈。稲沢市

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※稲葉宿本陣。稲沢市

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※稲葉宿。本陣前からの通り。一方通行だが、交通量は多い。稲沢市

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※稲葉宿にある藤市酒造。稲沢市

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※稲葉宿問屋場址碑がある旧家。稲沢市

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※稲葉宿のメイン通り。稲沢市

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※馬頭観音があった。稲沢市

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※萩原宿。左手の建物は旧萩原郵便局。一宮市

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※日光川を渡ると市川房江の生家跡があり、記念館を造る工事が行われていた。一宮市

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※富田一里塚。美濃路の一里塚のうち両側が残る唯一の一里塚で、国の史跡に指定。一宮市

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※起宿。旧宿場らしい雰囲気がある街道を歩く。本陣跡は資料館になっていた。一宮市(旧尾西市)

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※木曽川を渡った

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※大浦の道標。「右 いせみち」「左 おこし舟渡 寛延三庚午年(1750)医師講中」と刻まれている。羽島市

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※正木町の一里塚跡。羽島市

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※美濃路が横切る名鉄須賀駅で二日目のゴール。羽島市

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美濃路を歩く① 名古屋~清洲

以前から気になっていた美濃路を、3日間にわたって歩いてきました。
初日はカミさんが同行し、清洲宿まで。
いったん帰宅し、2日目と3日目は垂井宿までの一人旅となりました。

美濃路は東海道の宮宿と中山道の垂井宿とを結んだ脇往還で、全長58㎞。
五街道に準ずる重要な街道として、参勤交代でも使われたようです。

美濃路の起点は熱田(宮宿)伝馬町にある東海道との追分から始まります。
起点の道標で記念撮影をし、国道を横切ってまずは熱田神宮に参拝。
日曜とあってけっこうな人出でした。

そのまま美濃路を北上し、金山から大須、広小路へ。
前回歩いた下街道が交差する札の辻を通り、白壁の土蔵が並ぶ四間道を通って新川、清洲と歩きました。

清洲から熱田までの美濃路は、信長の道といってもよい歴史街道のようです。
この道を突っ切って、桶狭間の戦に向かったのでしょうか。
今となっては想像の世界ですが。

美濃路は古い町並みもほとんど残っていませんが、ルート全体を通して都心にあっても静かな空気が流れていました。

久しぶりの長距離ウォーキングとなったカミさんの足を心配して、この日はJR清洲駅で中断。
残りの40㎞は一人で歩くことに決め、初日のウォーキングを終えました。

■2023年2月12日 愛知県名古屋市熱田区~清洲市
■30070歩 19.54㎞
■晴れ時々曇り

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※旧東海道との追分である美濃路の起点からスタートした

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※熱田神宮に奉納された酒

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※レトロな看板を掲げた酒屋。名古屋市中区橘町

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※コバタじゃなくて、タバコ。タイルのデザインがレトロなたばこ屋。大須

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※大須商店街に入った

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※大須万松寺に立ち寄った

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※織田信長ゆかりの寺院である総見寺。大須

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※札の辻。下街道との分岐点にある案内板。名古屋市中区。前回の下街道歩きで写真を撮り忘れたので、今回忘れずに撮影した。

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※四間道へ入ると連続した白壁の蔵が並ぶ。名古屋市内にあっても歴史を感じる通りだ。

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※同上

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※三十三観音がある延命地蔵尊を祀る祠。名古屋市西区

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※どこからともなく風に乗った香ばしい匂いが、鼻孔をくすぐった…たまらず、昼めしはうな丼にした(宮宇本店 うな丼2500円)

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※古い町並みが軒を並べる通り。名古屋市西区押切あたり

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※枇杷島橋を渡り清洲市に入った

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※枇杷島橋から新川橋までの間は、旧問屋街。重厚な建物が軒を並べている

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※同上

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※屋根神様が乗る建物。津島神社・秋葉神社・熱田神宮を祀っている。

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※問屋街を抜けると寂れた商店街となった

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※ホーロー看板が貼られた建物。この看板はかつて名鉄二ツ杁駅近くの釣り道具屋の壁に貼られていた。店の閉店を機会に、町起こしだろうか、ここに移設されたようだ。

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※新川橋を渡り、清洲宿に向かう

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※新川橋をわてたったところにはポケットパークがあり、「左つしま道」と刻む道標や大正2年の新川橋親柱があった。

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※須ヶ口の一里塚跡

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※清洲宿に入り、初日の歩き旅を終えた

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下街道を歩く③ 神領~名古屋

春日井市の神領で中断した前回の旅から5日。
名古屋という大都市へ向かう街道歩きに魅力を感じない理由から打ち止めにしたのに、やはりウォーキングの虫が疼いてしまう。

気まぐれ、優柔不断の性格は治しようがない。
結局、終点(起点)の名古屋を目指して歩くことにした。

9時30分にJR中央西線神領駅を出発。
前回中断した下街道の合流点に向かう。

下街道は国道19号線に沿って、絶妙な感覚を保って名古屋に向かっている。
それにしても豪邸が多い。
財を成した人が住んだのだろうか。
古い家屋や商店の名残はわずかしかないが、建て替えられた家屋は土地も広く豪邸揃いである。
春日井市の鳥居松まではそんな風景に驚きながら歩いた。

JR勝川駅を抜け、国道19号線に出て庄内川を渡り、名古屋市に突入。
ここから大曽根までは住宅街を縫うように続く道を歩くが、単調で面白味はなかった。

大曽根商店街を抜け、代官町の交差点に出ると、善光寺街道の起点道標があった。
下街道はそのまま西に向かって続いているので、そのままずんずん歩いていく。

テレビ塔が見える久屋通りを横断し、今や京町通と名を変えた下街道は、本町通りと交差。
善光寺道の道標があり、そこから南下し、桜通りを横切るとモニュメントがある伝馬会所札の辻まではすぐだった。
(最後の最後に、モニュメントを撮り忘れるというヘマをやった)

恵那の起点から三日をかけて歩いた下街道だったが、やはりというか、山里を歩く郊外のほうが格段に面白かったように思う。
名古屋の札の辻にゴールした時は、サラリーマン時代に勤めていた会社のビルがすぐ近くで、更に驚いてしまった。

知らないということは恐ろしい。

帰路は、そのまま栄にあるモンベルに訪店し、トレールランニング用のシューズを購入。
今年の歩き旅が楽しみである。

■歩いた距離17.16㎞
■歩数 26411歩

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※四季桜が咲く下街道を行く(春日井)

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※石仏が安置された祠があった(春日井)

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※観音堂(春日井)

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※観音堂に安置された石仏

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※同上。下街道双六が貼られていた。なかなか素晴らしいデザインです

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※明治天皇休憩所の碑と春日井市立郷土館(春日井)

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※古い建物がぽつりぽつりと出てきた(春日井)

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※町起こしだろうか、鳥居松商店街の店のシャッターに児童たちが書いた絵や書が貼られていた(春日井)

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※下街道は道幅も広く、クルマも通らないので歩きやすい(春日井)

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※秋葉山常夜燈(春日井)

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※鳥居松から勝川に向かう途中にあった石仏(春日井)

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※同上

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※本日のランチ(勝川・きしめん茶屋890円)

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※愛宕神社(春日井)

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※勝川にある旅籠。長谷川邸(屋号住吉屋)(春日井)

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※庄内川を渡り名古屋市に突入

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※庄内橋から下街道を見る(名古屋市)

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※矢田川を渡る(名古屋市)

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※下街道は大曽根商店街を通っていた(名古屋市)

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※代官町の交差点に出ると、善光寺街道の起点道標があった(名古屋市)

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※円明寺境内にある石鐘(名古屋市)

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※1948(昭和23)年創業の澤井コーヒー本店(名古屋市)

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※テレビ塔を横目に久屋公園を横切った(名古屋市)

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※善光寺道の道標(名古屋市)

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※同上(名古屋市)

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下街道を歩く② 多治見~神領

下街道の続きを歩きました。
今回は岐阜県多治見市の市役所本庁舎から内津峠を越えて愛知県春日井市のJR神領駅までの約20㎞です。

8時30分出発。
気温は2度。
一年で一番寒い季節なので、厚手のパーカーとネックウォーマー、毛糸の帽子の出で立ち。
もちろん、ヒートテックの股引も履いてます(笑)。

古い商家や白壁の蔵が軒を並べるオリベストリートから土岐川にかかる多治見橋を渡り、JR多治見駅前へ。
下街道は土岐川堤防と商店街のどちらも通っており、今回は商店街を歩いて池田町へ進みます。
多治見市内は地元なので、今更ですが、こうしてぶらぶら歩くのも新たな発見があっていいですね。

美濃焼陶器の町だけあって、いたるところに陶器のモニュメントやデザインタイルが敷かれた歩道など見ることができました。

県立多治見病院の脇を抜け池田町に入ると、小規模ながら宿場の雰囲気があり、常夜燈も残っていました。

さて、今回のウオーキングのメインがここからです。

国道19号線をしばらく歩いてから森の中の旧道に入り、えっちらおっちらと内津峠を目指して登ります。
途中には苔むした馬頭観音もありました。

峠を境に愛知県に入ると、これまで見慣れていた【←下街道→】のプレートもなくなり、地図アプリを確認しながら坂下宿に向かって下りました。

坂下宿は常夜燈や馬頭観音があるので、ここが下街道ということは分かりましたが、古い建物はわずかしか残っていないので、街道ウォーキングとしては今一つでした。

交通量が多い県道を離れ、内津川に沿って歩いて、JR神領駅でゴール。
スコアは17.48㎞、26905歩のウォーキングでした。

下街道は名古屋市の熱田まで続いていますが、ここから先は都市部に入るので、面白味もなさそうなので、これで打ち止めにしたいと思います。

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※土岐川のほとりに建つ「鰻塚」。多治見はうなぎ屋が多いことでも有名。

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※下街道が通る多治見駅前の商店街を歩く

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※同上。陶器のモニュメントがいたるところにあった

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※池田町の町並み(多治見)

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※池田町三叉路の道標。右/東京ぜんこうじ道、左/き帰たにぐみ道、左/なこやいせ道

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※池田町の町並み。奥に見えるのは津島神社(多治見)

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※池田の常夜燈。文政9年(1826)建立。高さ4.7㍍。下街道で一番の高さ(多治見)

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※池田町の町並み(多治見)

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※内津峠を登る。下に見えるのは国道19号線バイパス

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※内津峠の馬頭観音。荷馬車を扱う愛岐組により明治27年(1894)建立(多治見)

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※馬頭観音の隣にあった道祖神(多治見)

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※内津神社(春日井)

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※同上。本殿には立派な彫刻が施されていた

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※内津峠にある鵜飼邸。平成10年に都市景観形成建築物等に指定。幕末には味噌醸造、薬の製造で栄えた。(春日井)

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※坂下町の馬頭観音(春日井)

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※空腹で飛び込んだうどん屋のランチ(大俵 日替りランチ990円)。食べ過ぎですね~

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※坂下町の常夜燈(春日井)

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※同上。寛永年間建立のお地蔵様

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※坂下宿。わずかに古い建物が残る(春日井)

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※13時30分、JR神領駅にゴール(春日井)

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下街道を歩く① 恵那~土岐

ちょっとばかし、更新をサボってました。

正月からゴロゴロと過ごしてたんで、体重が増加。
その結果、血糖値が上昇するという悪循環です。

先週行ったクリニックの検査では、Hac1が先月の6.7から7.7に急上昇しており、
来月の結果次第では服薬ということを示唆されました。
何しろ、膵臓が半分しかないんで、術後の後遺症ともいえる糖尿病との付き合いは覚悟しています。
それでも、ここまでクスリを飲まずに何とかやってきました。

往生際が悪いですが、とりあえずは食生活を見直し、運動をしっかりやって体重を減らそうと思います。

…ということで、だらけ切った生活に“喝”を入れるべく、久しぶりの長距離ウォーキングをしてきました。

歩いたのは、岐阜県恵那市から名古屋市までの60㎞に及ぶ【下街道】です。
江戸時代に中山道と名古屋城下を結んだ脇街道です。
古い町並みはあまり残っていませんが、路傍にたたずむ石仏や常夜燈に癒されました。

3年前に岐阜県瑞浪市から多治見市までの25㎞ほどを歩いていますが、どうせなら起点である恵那市から歩くことを思い立ち、チャレンジすることにしました。

気温マイナス3度の氷点下、JR恵那駅からスタートし、中山道との追分へ。
恵那から瑞浪までは、土岐川とJR中央西線、国道19号線に挟まれた街道を歩きました。
古い民家が軒を連ねるわけでもなく、町並みはパッとしないですが、廃業した酒蔵や神社仏閣もあって、晴天の下、のんびりと歩くには良かったです。

高山宿を抜けた土岐市役所前でゴール。
26.8㎞、40154歩の久しぶりの長距離ウォーキング。
心地よい疲労感を味わいました。

土岐市役所から多治見の中心部までは以前も歩いているので、次回はそこから愛知県春日井市まで歩いてみようと思います。

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※9時30分、氷点下の気温。JR恵那駅をスタート

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※中山道大井宿を歩く

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※同上

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※雪が残った国道19号線に出て、下街道の追分を目指す。

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※1670年建立の竹折の石どうと1764年建立の馬頭観音。

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※武並神社。正面の石は神籠石(雨乞い石)

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※真っ黒に変色した干し柿が下がっていた

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※庚申堂の石仏群

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※廃業した「いとう鶴酒造」

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※同上。重厚な木造建築

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※やさしい表情の如意輪観音像

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※沼地蔵と馬頭観音(武並~釜戸間)

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※常夜燈を見ながら歩く

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※土岐川の風景。奥には雪を被った中央アルプスが見えた

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※中切辻道標 左/伊勢道、右/中街道中仙道御嶽之道(瑞浪)

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※二体の馬頭観音(瑞浪)

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※古い町並みはないが、のんびりと歩くことができる

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※御堂に安置された大黒天像。安政5年(1858)、宮大工の名匠野村作十郎の彫刻。高さ180cm。日本最大級の木彫の大黒天像(瑞浪)

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※清水弘法堂の石仏群。弘法堂は1615年建立。多くの石仏が1700年代の建立(瑞浪市)

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※常夜燈(瑞浪市)

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※土岐川河畔に建つ役行者石像

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※高山宿。下街道では一番規模が大きい宿場(土岐市)

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久しぶりの町歩き~蟹江町へ

気温が20度を超えた昨日、久しぶりに町歩きをしてきました。
訪ねたところは、愛知県西部のレトロな町並みが残る蟹江町。

狭い路地が迷路のように張り巡らされた町を歩くと、重厚な黒土蔵がある家屋が並んだ一角へ。
都心の名古屋に近い一角に、こうした町並みが残っていたことに驚きです。

汗ばむほどの晴天の中、コロナ禍を忘れて町歩きに酔った一日でした。

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※愛知県蟹江町


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下街道をウォーキング~岐阜県土岐市

人と接触せずに静かな旧街道を歩くウォーキングを、コロナの感染リスクと足腰を鍛えて免疫力を高めるのにも一石二鳥かな…という勝手な解釈で、楽しんでいます。
もっとも、こんなささやかな楽しみも、今後の展開で外出禁止令なんぞ出されたらそれさえ叶わない状態になりますが。

岐阜県土岐市を東西に貫く下街道は名古屋城下と中山道を結ぶ脇街道として栄え、 江戸時代から多くの旅人の往来があったようです。
土岐市にある高山宿は下街道十五里二日の行程の中間地点にあったため馬継所、宿場町 として繁栄し、この宿場を中心に城跡や神社、石仏などが残っています。

これらの遺物を見学しながらのんびりと歩くのは、トレーニングのようなウォーキングと違って心のゆとりも生まれますね。
何よりも、新たな発見があることが楽しいです。

まだまだ知らないところはたくさんありますが、こうした忘れられたようなローカルな旧街道を歩いてみると、歴史の重みもそうですが、地元の良さを改めて気づかされます。

ずらりと石仏が並んだ『穴弘法』は、メジャーになれば人が呼べるパワースポット、観光スポットになるかと思われますが、人の姿を見ることもなく見学できました。
また、織田信長と武田信玄・勝頼によって激しい領土争いが繰り広げられたという高山城址には、土岐市の町が一望できる広い頂に立っても一組の家族連れを除いて誰もいませんでした。

約25キロの行程を二日に分けて歩いた下街道ですが、思惑通り、人と接触することもなく、静かなウォーキングができたと思います。


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※スマホで撮影 岐阜県土岐市


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中馬街道ウォーキング~土岐市曽木を歩く

岐阜県土岐市曽木町にある中馬街道を歩いてきました。

中馬街道は、江戸時代前期に信州伊那谷の農民が農閑期に自分の馬や牛で荷物を運ぶ賃稼ぎを行っていたという旧街道です。
街道は名古屋から瀬戸を経て土岐市を通り信州伊那谷に続いていますが、土岐市曽木町には今でも馬頭観音をはじめ多くの石仏や道祖神が残っています。

土岐市役所が出している中馬街道の散策マップをダウンロードし、約8キロのコースを歩きましたが、コースは旧街道の面影が残る杉林や竹林の中を歩く場面もあり、マップに記された石仏や道祖神を番号順に訪ねていく楽しいウォーキングになりました。

中馬街道については今月初めに“中馬のお雛さん”が催されていた愛知県足助町を歩いてみましたが、県境を越えた土岐市の山中にも同じ街道が通っていることに驚きました。
…と同時に、自宅からすぐ近くにあることを知らなかった無知な自分にも赤面です。

先日訪ねた明智光秀ゆかりの妻木城といい、いずれも自宅からクルマで20分圏内でした。
今住んでいる地に引っ越して25年になりますが、これまでは単なるベットタウンとしか見てませんでしたが、知れば知るほど歴史の重みを感じずにはいられません。

退職してからの時間を、これからも地元に目を向けることに使っていこうと思います。


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※スマホで撮影 岐阜県土岐市


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中馬街道を歩く~愛知県足助町②

『中馬のおひなさん』は1999年から始まった町おこしのイベントで、期間中に約7万人が訪れます。
雛人形は、中馬街道が通る2キロにわたって続く古い町並み沿いの140軒以上の民家や商店に飾られています。
いちご大福や五平餅を買い食いしながら雛人形を見るもいいもんですね。
心が和んでいくのを感じました。
大正時代の年代物や土雛、竹雛、そして飾り雛まで多様な雛人形たちが目を楽しませてくれました。

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※須磨穂で撮影 愛知県豊田市足助町

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中馬街道を歩く~愛知県足助町①

愛知県豊田市足助町を歩いてきました。
中馬街道が通る町並み保存地区ですが、この日は『中馬のおひなさま』という町を上げてのイベントが開かれており、街歩きマップを片手にウォーキングしました。

せっかくの好天の日曜だというのに新型コロナウイルスの影響でしょうか、人の姿は少なくて、ちょっと拍子抜け。
がらんとした町並みをのんびり歩けたのは良いんですが、商店や民家に飾られている雛人形がなんだか寂しいそうでした。


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※スマホで撮影 愛知県豊田市足助町


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中山道妻籠宿を歩く

スペインから遊びに来た姪夫婦を誘って、長野県の妻籠宿に行ってきました。
スペイン人の彼には、古びた木造建築が軒を連ねる中仙道の町並みに驚いたようで、
カタコトの日本語で「ウツクシイ」を連発していました。

36度の猛暑のこの日、汗びっしょりになって街道歩きを楽しみ、
彼にとってこれも初体験になったかき氷とトコロテンを食べて帰路につきました。

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※スマホで撮影 長野県妻籠宿

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雨の初瀬街道~奈良県桜井ウォーキング

不意に思い立って、奈良県桜井市にホーロー看板探しに出かけた。
近鉄名古屋駅から急行を乗り継ぎ2時間半。
雨の桜井駅に下り立った。
桜井市内に残るホーロー製の町名看板を撮りながら、
古い町並みが残る旧初瀬街道の8キロのウォーキングにチャレンジ。
傘を差して歩くが、雨は強くなったり弱くなったりを繰り返し、
靴の中にも沁みこんでしまった。

桜井駅の周辺はシャッターが下りた商店街が続くが、
途中にコンビにもなく、空腹状態で駅に戻った。
名古屋方面の乗り継ぎ急行電車が一時間に一本しかなく、
結局、何も食べずに名古屋まで車中の人となった。

桜井の路地

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※素敵な路地を見つけた…奈良県桜井市本町あたり

四間道を歩く~名古屋のど真ん中で見つけた風景

名古屋駅から歩いてほんの10分くらいのところに、レトロな町並みがある。
僕が勤める会社からでも5分くらいで行ける距離だ。
なんでも、戦災で残った町らしく、白壁の蔵がずらりと並ぶ様子は、知る人ぞ知るスポットのようだ。
一本ずれた道には、両脇にレトロな商店が軒を連ねる下町の匂いがする界隈もあった。

この町の存在は以前から知っていたが、今日、会社帰りに思い切って道草してみたのだ。
ちょっと暑かったけど、懐かしさを感じる、それでいてぐっと癒された気分だった。

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※写真はいずれも名古屋市西区那古野町

中山道妻籠宿と馬籠宿を歩く

秋田から遊びにきた叔父さんを案内して、木曽路を訪ねた。
気温6度。
山の中だけあってさすがに空気は冷たく、鼻の頭も凍りそう。
妻籠の町並みをぶらぶらと歩くと、大きな渋柿が軒下にいくつも下がっていた。
鮮やかな柿色が晩秋の中に溶け込み、思わずじっと見つめてしまった。
このところの仕事で疲れた心が、ゆっくりと素直になっていくのを感じた。

妻籠宿

妻籠柿