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四国歩きお遍路(41) 高野山へ 満願

結願後、その足で高松から高速バスを乗り継ぎ、大阪難波のホテルに投宿。

チェックすると、左右の足にマメが6個もできていた。
右足はかなり腫れており、じっとしていもジンジンする痛みがある。

こんな状態で高野山に行けるのだろうか?
いったん帰宅して、それから出直してもいいかな?

弱気の自分が情けなくなったが、それを押し殺して、どんな状態でも行くことに決める。

翌日、3090円の【高野山フリーきっぷ】を購入し、早朝6時の南海電車高野山行の急行に乗った。
ホテルから駅までの1㎞は、足を引きずるようにして歩いた。

極楽橋駅からケーブルカー、更に高野山駅からバスを乗り継ぎ、一の橋口で下車したのは8時30分だった。
弘法大師が眠る奥の院御廟までは、ここから2㎞の歩きである。

ここ数日の天気が嘘のように晴れ、願ってもない青空である。
白衣に着替え、金剛杖を持つお遍路のスタイルに変身。
同じバスで下車した人の中にもお遍路さんが一人いたが、残りの多くは外国人観光客だった。

戦国武将や有名企業のお墓が並ぶ参道をゆっくりと歩く。
スギの大木の間を縫うように石畳の参道が続いた。

中の橋を渡ると、奥の院はそのどん詰まりにあった。
ここからは撮影禁止となり、脱帽ということで、お遍路のあいだずっと被り続けていた野球帽をザックに入れた。

奥の院御廟で88ヶ所を無事に回ったことを、お大師様に南無大師遍照金剛と唱えて静かに報告した。
これで私のお遍路が終わった。

清々しい気持ちと達成感。
もう一つは、これで終わってしまったんだという、ちょっとした脱力感。
自分は何かを残すことができただろうか。
無我夢中で歩いた日々を振り返ってみても、答えは出ない。

複雑に混ざったそんな気持ちを胸に、御廟を後にした。

納経所で納経帳を差し出すと、係の年配の男性が白衣と金剛杖、ザックを背負った姿を見て、
「歩かれたんですね。大変だったでしょう。これで満願ですね。おめでとうございます」
という言葉をかけてくれた。

優しい労わりの言葉がずしんと響き、胸が熱くなるのを感じた。
その瞬間、あぁ、終わったんだなぁ…と、吹っ切れた。

奥の院を出て、金剛峰寺を参拝し、往路を戻り、その日のうちに岐阜の自宅に帰還した。

40日間を共にした杖と白衣は持ち帰った。
再び袖を通し、杖の鈴を鳴らすことがあるのかどうかは分からない。

お大師様に呼ばれたとき、今よりも成長した姿で四国の土を踏むことができるだろうか。

はたして、その日が来るのか。
静かに、待ちたいと思う。

■2023年6月1日 大阪府大阪市~和歌山県高野山町→帰宅
■晴れのち曇り

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※極楽橋駅からケーブルカーに乗り継ぎ、高野山に向かう

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※一の橋口でバスを下車し、歩き始める

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※同上

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※一の橋から奥の院へ向かう

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※同上

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※御廟へ続く参道

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※同上

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※同上

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※覗き見の井戸があった

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※戦国武将のお墓が並ぶ参道。画像は徳川家墓所

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※奥の院参拝を終え、納経所に立ち寄った

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※古い建物が軒を並べる高野山町中心部

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※金剛峰寺山門

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※金剛峰寺本堂

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※同上

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※同、全国一の規模を誇る石庭

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※同上

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四国歩きお遍路(40) 87番長尾寺~88番大窪寺 結願

結願の日を迎えた。
ドンピシャで雨である。
これまでも、ここぞという日はいつも雨にやられていた。
室戸岬の最御崎寺、久万高原の岩屋寺、石槌の横峰寺、そして昨日の屋島寺等々。
まぁ、40日間も歩いていれば、仕方がない。

一晩お世話になった旅館を朝6時に出発。
大窪寺から出る14時のバスに間に合わせるためだ。

87番長尾寺までは県道3号線と、そこから逸れる遍路道を行く。
雨は強くないので、雨具は着けずに傘を差して歩く。
今日は結願の日なので、白衣も着た。
もちろん、濡れても構わない。

7時30分に長尾寺に着いた。
境内は人影もまばらで、静けさが染み渡っている。
丁寧に般若心経を読み上げ、納経を終えた。

境内にある88番大窪寺までのルートマップの案内板を見ていると、年配の男性が隣に立った。

老人は、クルマで10回も回ったが、歩いて遍路をできなかったことが、残念だとこぼした。
それほど、1回の歩き遍路は価値があるという。

実際に歩いている私にとっては、価値に当てはめること自体ピンとこないが、日本人の習性か、価値観の違いか、物事を天秤にかけたがる人が多いと思ったりもする。

だからか、三倍ご利益にほだされて、いきなり初めての遍路、山の経験もない女子学生が逆打ちをし、遭難騒ぎを起こしたという。
…これは、生き字引の岡田屋のおじいちゃんの話。

歩いてみて思うが、時計回りに歩く順打ちは、理にかなった歩き方で、3月から歩き始めた私には季節の移ろいや風向き、コース取りも体に馴染んで、心地よかった。

旅先で会った逆打ちのお遍路さんには、さも自分が凄いことにチャレンジしているぞ、というオーラを周りに振り撒いている人もいた。
徳は、宣伝するものではない。
黙っていればカッコいいのに、もったいないではないか。
自慢するくらいならやらない方がいいだろう。

さて、長尾寺で会ったご老人、大窪寺で結願したら「打ち込みうどん」をぜひ食べてみて、と勧められたことを早速インプットした。

「あと、一つ」のコールを自分にかけて、雨のなかを再び歩き出す。

県道3号線に並走する遍路道には、地蔵堂、釈迦堂、高地蔵、馬の墓といった遍路道ならではの名跡が出てくる。
雨に煙る道を、往時の雰囲気を味わいながら歩くのは、歩き遍路ならではの贅沢なひと時だ。

前山ダムの道の駅の向かいには「おへんろ交流サロン」があり、休憩がてら立ち寄る。
お目当ては、申請すれば無料で貰える「四国八十八ヶ所遍路大使任命書」とバッチ。

実は、これが欲しかったのだ。
大窪寺で2000円出して書いて貰う「結願書」ではなく、歩き遍路だけが貰えるこれが欲しかった。
ちなみに私の番号は、1276号だった。

サロンの職員に大窪寺へのルートを訊かれ、予定していた山ルートの女体山遍路道を、雨で道が荒れているというアドバイスであっさりとパスする。
昨日の屋島寺でのやり取りとはエライ違いだが、ここは素直に、約3㎞歩けば県道3号線に合流すると勧められた旧遍路道を歩くことにした。
同席していた外人のカップルも同意し、私の後から少し距離を置いて歩くことになった。

旧遍路道は、時おり出てくる丁石以外、舗装された坂道を登るだけで短調。
雨で展望も効かないので、休むことなく歩く。

県道との合流点の額峠に出ると、草に埋もれた遍路道があり、いかにも人が歩いていないような雰囲気が濃厚だった。

遍路道にこだわる私としては、有無もいわずに突入であるが、私が「let's go」と振り返って手招くと、後続の外人カップルは、躊躇している。
特に奥さん?が、顔をしかめているのが面白い。

結局、カップルは県道を歩くことになり、私は雨と濡れた草にびしょ濡れになりながら、苔むした道を進むことにした。

遍路道にはたくさんの行き倒れたお遍路の墓があった。
当時の村人が手厚く葬ったのだろうか。結願を目前とした死は無念だったと思う。
最も、訳あって歩き続けるしかないお遍路もいたはずだ。
それを思うと心が痛む。

遍路道には江戸時代前期に建てられた重要文化財の細川家住宅もあって、県道歩きにはない見処があった。

どうせなら外人カップルにも見せたかったが、これまでの認識では、外人遍路の多くが積極的に遍路道を歩かないと思っているので、日本を知る上で実に残念だが、無理もいえない。
最も、日本人の歩き遍路でも、遍路道を好んで歩く人は少ないようにも思う。
四国遍路を世界遺産にしたいのなら、老婆心ながら古道の遍路道を更に整備し、歩く人を増やすべきだと思う。
国道や県道ばかり歩いていては、クルマと変わらないし、何よりもったいないではないか。
歩き遍路の魅力は、遍路道を歩いてこそ、その素晴らしさを実感できると思っている。

人は易きに流れる。
遍路を修行と解釈するなら、その行への向かいかたと選択肢は無限である。

さて、遍路道は国道377号線に出ても並走し、地図ではそのまま大窪寺まで続いている。

泣いても笑っても最後の3㎞だ。
今日もロキソニンを飲んで痛みを散らしてきたが、マメの痛みは一足毎にしびれるような感覚となった。

最後のあがきの緩い坂を登ったところが88番大窪寺だった。
土産物屋が軒を並べる正面に回り、「八十八番結願」と彫られた石柱が立つ石段を登る。
山門を潜ると、そこが40日間の旅のゴールだった。

降り続く雨のなか、誰もいない境内、誰もいない本堂で般若心経を読んだ。

涙が止めどなく流れる。
こらえても、こらえきれない。
もう、涙声だ。
64才にもなって俺はこんなにもセンチだったのか?と、半ば呆れて笑いたくなった。

この涙は、いったい何の涙だろうか。
そんなことを思いながら、読経を終えた。

続いて大師堂を参拝し、最後の般若心経を心を込めて読む。
原爆の火が灯り、たくさんの金剛杖が奉納されたお堂を見ながら納経所へ。
40日間、一緒に歩いてくれた杖は持ち続けることに決めている。

納経所では係の女性が「結願ですね。長い歩き、ほんとうにお疲れさまでした」と声をかけて下さり、力強く墨書した納経帳を返してくれた。

確かに、納経帳はこれで埋まったが、ほんとうに私のお遍路は終わったのだろうか。
まだ、実感は湧かないし、何よりも宙ぶらりんの気分がぬぐえない。
ほんとうの実感は、納札に書き続けてきた願い事が成就したときかもしれない。
まだまだ、先は長いのだ。

山門を出て大窪寺を後にした。
土産物店で「打ち込みうどん」を食べた。
朝、長尾寺で会った老人から、ぜひ食べて欲しいと勧められたうどんだ。

美味かった。
柚子の香りと、まろやかな上品な味噌の味が腹に染み渡った。

店を出ると、あれほどしつこく降っていた雨が上がって、薄日が差していた。
後は、予定通りにバスと電車を乗り継ぎ高松を経由し、さらに高速バスで大阪に出ることになる。

そして、明日は最後のお勤めが待っている。
お大師様に会いに、高野山に向かうのだ。

◼️2023年5月31日 香川県さぬき市~大阪府大阪市
◼️36920歩 24.00㎞
◼️雨のち晴
◼️KOKO HOTEL大阪なんば

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※87番長尾寺山門

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※同、仁王像

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※県道から遍路道に入る

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※同上

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※雨の田んぼを見ながら歩く

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※阿弥陀如来を祀る一心庵

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※高地蔵。傍らには馬の墓もあった

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※おへんろサロンから丁石道の旧遍路道に入った

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※同上

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※遍路道に残る六十六丁石

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※か細く続く遍路道

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※江戸時代前期の建造物と云わる細川家住宅

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※国道から大窪寺に続く遍路道の分岐

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※88番大窪寺が近づく

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※88番大窪寺山門に到着。いよいよ結願に向かう

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※同、山門

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※同、裏門。遍路道を歩くとここに出てしまう

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※同、仁王像

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※同上

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※88番大窪寺本堂

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※同、大師堂

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※同、原爆の火

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※同、奉納された金剛杖

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※杖の先はすり減り、花が咲いたようになった

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※打ち込みうどん

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※四国八十八ヶ所お遍路大使任命書

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四国歩きお遍路(39) 84番屋島寺~86番志度寺

雨になった。
予報が外れてくれたらと願っていたが、きっちりと当たった。

雨具上下と傘を差す、完全防水スタイルで7時に出発。
通勤ラッシュが始まった国道11号線を屋島に向かう。
琴電潟元駅から84番屋島寺に続く坂を登っていくが、雨が激しくなってきた。

住宅街を過ぎ、遍路道は石畳のように整備された道となった。
弘法大師ゆかりの「屋島御加持水」や「食わずの梨」といったポイントを通過するが、雨が激しく、立ち止まって写真を撮ることさえ容易ならない。

整備された道を歩ききると、墨絵を見るような幻想的な景色のなかに、84番屋島寺の山門が現れた。
仁王像は眼光鋭く、にらみつける迫力があった。

本堂と大師堂を参拝するが、雨音が激しく自分の読経の声さえ消されてしまうようだ。

納経所で85番八栗寺への遍路道を尋ねると、年配の男性いわく「この雨に遍路道行くの?」「道が悪いので、ケガしてもこっちは責任取れないよ」
と言いながら、往路を戻ることを勧められた。
その言い方が投げやりでカチンときたが、おっしゃることはごもっともなんだろう。

アドバイスは真摯に受けとめるとして、3分後には遍路道への一歩を踏み出していた。
遍路道はのっけから急な下りで、崩れている箇所にはロープが張られている。
道は雨によって川のようになっており、シューズの中はびしょ濡れだ。
傾斜が急なので、スリップしたら谷底だろうな…と思いつつ、慎重に下った。

県道150号線に出て、安徳天皇社がある檀の浦に掛かる橋を渡ると、マルナカスーパーがあったので、昼めしがてらイートインで休憩。
これまで、遍路小屋のような雨が当たらない休憩所はなかったので、出発してからようやく腰を下ろすことができた。

さて、次は85番八栗寺だ。
雨は相変わらず強く降っている。
遍路道は集落の路地を通ったりして、なかなかマニアックなコースを取るが、洲崎寺から牟礼北小学校に出たあたりで目印を見失なってしまった。
八栗ケーブルまではどの道を取っても行けそうなので、路地の道を適当に登って行く。

ケーブル乗り場から舗装された遍路道に入るが、これが結構急で、汗だくになって登った。
降り止まぬ雨のなか、本堂と大師堂を参拝し、86番志度寺に向かって県道145号線となった遍路道を下る。

しつこく痛みが続く右足のマメは、もはや一週間もの付き合いとなった。
引きずるように歩くので、今度はかかとにも痛みが出てきた。
まぁ、泣いても笑っても明日まで。
足が痛くても、マメだらけになっていても、明日の22㎞で終わるのだ。

平賀源内の旧宅や古い町並みが残る志度の町を歩くと、そのどん詰まりに86番志度寺があった。
手前の墓地にある源内先生のお墓に手を合わせ、山門を潜った。
本堂と大師堂は境内の樹木に囲まれるように建っていた。
今日、最後の般若心経を唱え、納経を終えた。

15時30分、予約した「いしや旅館」はすぐ近くにあり、泊まり客が私一人だというのに、ご主人が風呂を沸かして待っていてくれた。

88番大窪寺を終えた後、1番霊山寺へのお礼参りをずっと考えていたが、今の足の状態と雨が続く予報を考慮して、パスすることにした。
明日、結願したらそのままバスで下り、大阪に出て、翌日に高野山に向かう予定である。

四国の完全一周は叶わないが、88ヵ所の札所をつなぐ遍路道にこだわり、己の足のみで歩き切ったことで、良しとしたいと思う。

◼️2023年5月30日 香川県高松市~さぬき市
◼️38135歩 24.78㎞
◼️雨
◼️いしや旅館

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※強く降る雨の中、屋島に向かって国道11号線を歩く

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※屋島の町を歩く

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※84番屋島寺に向かって遍路道を行く

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※同上

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※同上

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※弘法大師ゆかりの加持水

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※同、食わずの梨

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※雨に煙る84番屋島寺山門

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※同、仁王像

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※同上

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※84番屋島寺本堂

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※同上

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※同、大師堂

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※屋島寺から85番八栗寺に向かう遍路道の分岐

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※遍路道を下る

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※洲崎寺

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※八栗ケーブル駅

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※遍路道に佇む石仏群

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※85番八栗寺の山門前のお迎え大師

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※同、神社と寺が一体となったような山門の入口

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※85番八栗寺山門

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※同上

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※86番志度寺に向かう遍路道

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※同上

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※琴電の電車が行く

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※平賀源内の旧宅

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※志度の町並みを歩く

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※志度の町並みにある志度寺奥の院

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※86番志度寺山門

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※同上

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※同、仁王像(重要文化財)

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※同上

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※同、五重塔

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※宿泊した宿、いしや旅館

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四国歩きお遍路(38) 80番国分寺、83番一宮寺

雨の朝となった今日、四国が梅雨入りした。
結願まで天気は大丈夫と踏んで、5月18日に愛媛県の内子を出発したお遍路だったが、想定外の梅雨入りに掴まった日となった。

朝7時30分にホテルを出発し、JR高松駅から昨日ゴールした国分駅に向かう。
下車すると、同じ電車からSさんが降りてきた。
彼と会うのは二日ぶり。
昨日は79番を打って、国分駅まで歩いたという。
今日は80番国分寺から81→82と回り、高松に出るということだ。

連れだって80番国分寺に向かう。
マメの痛みで足を引きずる私を見て、気の毒そうな顔をしながらも、彼も同じく右足を引きずっていた。
連日の30㎞を越える歩きに「歩き過ぎじゃないですか」と牽制球を投げつけられ、お互い様だと健闘を称え合いながら山門をくぐった。

雨の中、本堂と大師堂を参拝するが、大師堂は納経所と一緒になっており、堂内にはずらりと土産物まで並んでいた。

国分寺でSさんと別れる。
がっちり握手をして、数日後に迫った結願とこれからのお互いの旅の無事を分かち合った。
出会いは一期一会だが、同じ楽しさや苦しみを共有する、歩き遍路ならではの爽やかな交流ができたことに感謝したいと思う。

国分寺からは、8㎞先の83番一宮寺まで遍路道を拾っていくが、目印がほとんどなく、地図を頭に入れて歩いた。

途中で足の痛みに我慢できなくなり、今日は飲まないでおこうと心で決めていたロキソニンを飲む。
右足を庇って歩くので、バランスが悪くなるのか、左足にもマメができている。
日本縦断でもさんざんマメに苦しんだが、マメができやすい体質だと思うしかない。

区切り打ちは間が空くと、体がお遍路に慣れるまでしばらくかかるので、非効率だといわれる。
通し打ちなら後半になるほど体が順応して、ガンガン歩けているかもしれない。

ロキソニンが効いてきたのか、少しだけ痛みが緩和されたのをここぞとばかりに、金剛杖でリズムを取りながら歩く。
38日間共に歩いてきた杖の先はいくぶん短くなり、花が咲いたように拡がっている。

天気は雨が降ったり、曇ったり、少し晴れ間が出たりと、まったく忙しい。
その都度、傘を出したり引っ込めたり。
杖と傘で両手が塞がるので、雨の日は大変だ。
菅笠を初めから買っとけばよかったと思っても、もう後の祭りである。

11時に83番一宮寺に到着。
本堂と大師堂で読経。
私の横に菅笠に杖、白装束のお遍路姿の男性が近づき、灯明もせず、読経をすることもなく手を合わせただけで納経所に行ってしまった。

私が納経所に行くと、その男性は掛け軸や納経帳にはんこを貰っていた。
人のことなのでどうでもいいが、単なるスタンプラリーなら勿体ないと思う。

寺の商業主義にまんまと乗せられているだけのような気がしないでもないが、私はこんなお遍路だけはしたくない。

恐らく、お遍路の真髄を分からぬまま結願を迎えそうだが、長く苦しい遍路道を歩き続けてきた過程で、煩悩との闘いもあったし、関わった人々に対して感謝できた素直な自分もいた。

お遍路は自分を磨く格好な場だったように思う。

クスリの効果が切れて、足の痛みが増幅始めた14時30分に、連泊するホテルに到着。

明日はここから86番志度寺までを歩く。
雨が激しく降らないことを願いたい。

◼️2023年5月29日 香川県高松市
◼️31329歩 20.36㎞
◼️曇り時々雨
◼️ホテル東宝イン高松

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※雨の80番国分寺本堂

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※同、大師堂。納経所と土産物が同居している

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※特徴的な讃岐の山と溜め池を背景に遍路道を歩く

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※遍路道の道標

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※83番一宮寺に向けて遍路道を行く

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※83番一宮寺西門

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※今日の昼めしもうどん(こがね製麺所)

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※遍路道を高松市内に向かうと、派手なカフェがあった

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※栗林公園を左手に高松市内に向かった

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四国歩きお遍路(37) 77番道隆寺~82番根来寺

76番金倉寺近くのゲストハウスを6時に出発。
宿泊客は宿の規定により室内では食事ができないので、玄関脇に置かれた小さなテーブルがある狭いスペースで食べることになっている。

前日に買っておいたパンを食べようと思って部屋を出ると、女性二人がお化粧の真っ最中。
とても食事どころではなく、仕方がないので、チェックアウトをしてから近くのコンビニで食べた。

しばらく県道25号線を歩き、脇道から77番道隆寺に向かうが、化膿している右足の小指のマメが相変わらず痛い。
一歩踏み出すたびに、しびれるような痛みが脳天まで響く。
四日連続となったロキソニンを飲んでかわしているが、一向に治る気配がない。

誰もいない静かな道隆寺の境内で、読経をした。
自分の声が響き、心地よかった。
般若心経は心を込めて読むほど、じわじわと気持ちが落ち着いてくる不思議な力がある。
トチらないように読むことが精一杯のお遍路を始めた頃は、そんなことは全く感じなかった。
まだ暗記できないが、もう154回も読んでいる。

丸亀城を右手に見ながら78番郷照寺に向かう。
すると、うどん店「讃州製麺」を発見。
まだ10時前だが、ついふらふらと暖簾を潜ってしまった。
恐るべきことに、広い店内はほぼ満席。
まだ朝なのに。
これは思いっきり、不思議な光景である。
香川県民の「朝からうどん」は、本当であった。
ぶっかけうどんにゲソ天トッピングを食べて店を出た。
これで、こらから始まる山越えルートにチャレンジできそうだ。

78番郷照寺を打ち、坂出駅前のシャッター商店街を通過し、79番天皇寺に着いた。
天皇寺は境内に白峰宮という神社が同居しているちょっと変わった配置。

暑い日差しが照りつけ、汗だくになりながら読経を上げた。
それを見ていたのか、ご夫婦の参拝客が「歩きですか、これ、飲んでください」と、栄養ドリンク2本をザックの横に置いていった。
参拝客からのお接待は初めてだが、ありがたく頂戴した。

納経所でこの先のルートについて訊くと、まだ時間が早い(この時点で12時)ので、81番→82番→80番の順で打っても良いのでは、というアドバイスを貰い、10㎞先の81番白峯寺に向かうことにした。

しかし、これがかなりの勾配で、暑さと足の痛み、さらに延々と続く急な石段にヘロヘロになって到着。
標高300メートルと言えども侮れないアプローチだった。

更に、標高400メートルの82番根来寺へは5㎞の遍路道を歩くが、これもアップダウンがあり、なかなか手強い。

途中に十九丁の休憩場所があり、そこにはお接待として飲み物や菓子が置かれていた。
缶コーヒーをありがたく頂戴し、喉を潤すことができた。

15時45分に82番根来寺を打ち、十九丁まで往路を戻り、80番国分寺に向かうが、まだ7㎞もあり、17時の納経終了までには間に合いそうもない。

雨も落ちてきたので、尾根に付いた遍路道をのんびりと下ることにした。

「イノシン出没中」の看板を見て、急な下り坂に膝をガクガクにしながら、80番国分寺の脇を抜ける。

18時過ぎにJR国分駅に到着し、予約した高松駅近くのホテルに向かうため、電車の人となった。

足の痛みと暑さに翻弄された、長く苦しい40㎞を歩いた一日がようやく終わった。

◼️2023年5月28日 香川県善通寺市~高松市
◼️60645歩 39.41㎞
◼️晴時々曇り
◼️ホテル東宝イン高松

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※遍路道に佇むお地蔵様

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※77番道隆寺山門

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※同、仁王像

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※ぶっかけうどんを食す。(讃州製麺所)

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※丸亀城を右手に見ながら歩く

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※土器川を渡った

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※78番郷照寺に向かう遍路道

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※同上

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※78番郷照寺山門

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※78番郷照寺本堂

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※同、大師堂の天井装飾

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※遍路道を79番天皇寺に向かう

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※同上

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※同上。分かりやすい道標があった

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※坂出駅前のシャッターが降りた商店街

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※天皇寺に向かう遍路道

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※79番天皇寺境内。本堂と大師堂

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※参拝客からのお接待

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※天皇寺から綾川に沿って遍路道を歩く

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※同上

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※81番白峯寺に向かう遍路道

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※標高が上がるに連れ、眺めが良くなってきた

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※草に埋もれた丁石

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※81番白峯寺の最後の石段の登り

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※81番白峯寺山門

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※81番白峯寺中山門

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※同、本堂と大師堂

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※同、大師堂

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※82番根来寺に向かう遍路道にある、あかい(井戸)と丁石

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※同上、石造り卒塔婆(香川県指定建造物)

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※同上、遍路道

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※十九丁のお接待所

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※缶コーヒーをいただいた

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※五色台の無料遍路小屋

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※82番根来寺山門

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※同、仁王像

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※遍路道を80番国分寺に下る

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※同上

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※展望が良く、国分の町が見えた

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※溜め池の脇を歩き、国分駅に向かった

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※40㎞を歩き、国分駅にゴールした

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四国歩きお遍路(36) 70番本山寺~76番金倉寺

右足の小指にできたマメの痛みにもだえながら、午前7時に出発。
この痛み、もう三日も苦しんでいる。
今日は痛みを我慢できず、ほんの100メートルも歩かぬうちに、ロキソニンを飲んだ。

観音寺駅前を通過し、財田川に沿って70番本山寺に向かう。

昨日、雲辺寺で会った年配のお遍路さんに追いつき、しばらく話をしながら歩く。
千葉県の人で、野宿をメインに宿泊まりを交えて通し打ちをしているという。
お遍路は3回目。
一見するとホームレスの匂いがしたが、ザックはカリマー、ウェアはモンベルで統一されていた。

遍路道でイノシンと遭遇した話で盛り上がったが、ペースが遅いので、先に行くことにして別れた。
機会があればまた会うこともあるだろう。

70番本山寺は鎌倉末期の建立で、本堂と五重塔は国宝に指定されている。

次の71番弥谷寺までは約10㎞。
国道に沿った遍路道を歩くが、距離的には国道を歩いた方が短いように思えた。
遍路道には目印もあまりないし、何より、店がない。
狙いの、うどん屋がないので、結局、弥谷寺まで昼めしにありつくことができず、山門を潜ることになった。

弥谷寺はなんと言っても、本堂までの540段の階段がお遍路泣かせである。
10㎞の道のりを歩き、この仕打ちとなるのは辛い。
空腹も重なって、アゴを出しながら登った。
大師堂は本堂をしのぐスケールで、堂の奥には洞窟に安置されたお大師像もあった。

弥谷寺から72番曼陀羅寺まではそれほど距離はないので、途中でうどん屋を探しながら歩く。
すでに13時を回っており、空腹はピーク。
頭の中は、讃岐うどんのことでいっぱいになっている。
巡礼どころか、煩悩にやられている。

72番曼陀羅寺のすぐ近くにうどん屋を見つけたが、すでに品切れで閉店していた。

こうなると、もう昼めしは諦めるしかないのか。
曼陀羅寺を打ち、1㎞先の73番出釈迦寺に向かう。
出釈迦寺では秘仏公開が行われており、多くの参拝客で賑わっていた。
歩き遍路は私だけのようで、納経して山門を出ると、和菓子屋さんのイベントコーナーがあり、お茶とどら焼のお接待を受けた。
空腹が極に達していたので、涙が出るほど嬉しかった。
現金なもので、これで煩悩から解放され、巡礼モードに切り替わるから単純である。

74番甲山寺を打ち、遍路道を75番善通寺に向う。
すると、「宮川製麺所」と書かれたうどん屋の看板が。
嬉しいことに営業中である。
15時を回っているが、にわかに巡礼モードから煩悩モードに切り替わってしまった。
店員さんから指導されるまま、どんぶりを片手にうどんを盛り付け、大盛390円プラス玉子のトッピングを食べた。

ようやく香川県で讃岐うどんにありつくことができ、善通寺に向かう。
75番善通寺はとにかくスケールが大きいし、参拝客もこれまで回った札所のなかでは格段に多い。
五重塔は見上げるほどだ。
金堂(本堂)と御影堂(大師堂)を参拝し、納経を終えた。

さて、納経終了の17時まで残り1時間。
3㎞先の76番金倉寺へ急ぐことにする。
マメの痛みを我慢しながら黙々と歩き、10分前に到着。
先に納経をさせてもらい、本堂と大師堂を参拝することができた。
これで明日は早立ちすることができる。

予約した宿「ゲストハウスミカサツカサ」は金倉寺からすぐだった。

足の痛みと空腹の煩悩と闘うことになったが、終わってみれば、予定どおりに6つの寺を打てた上出来の一日になったと思う。

◼️2023年5月27日 香川県観音寺市~善通寺市
◼️48937歩 31.80㎞
◼️晴
◼️ゲストハウスミカサツカサ

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※観音寺駅前を過ぎ、財田川の堤防を本山寺に向かう

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※本山寺の五重塔が見えてきた

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※70番本山寺本堂と五重塔(国宝)

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※同、大師堂

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※同、水屋

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※国道11号線沿いにあった遍路小屋

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※遍路道の民家にあった道標。自費で設置したようだ

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※香川県には溜池が多い。

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※71番弥谷寺山門

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※同、仁王像

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※同上

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※弥谷寺の本堂へ続く階段

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※弥谷寺から72番曼陀羅寺へ向かう遍路道。曼陀羅の道という歴史ある古道である

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※同上

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※72番曼陀羅寺山門

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※73番出釈迦寺に向かう

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※出釈迦寺山門

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※出釈迦寺の大師像

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※出釈迦寺からの眺め。善通寺方面を見る

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※どら焼とお茶のお接待を受けた。空腹にありがたかった

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※74番甲山寺に向かう遍路道

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※甲山寺山門

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※甲山寺の守り神はうさぎ

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※遅い昼食を取った。宮川製麺所の讃岐うどん(大盛480円)

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※75番善通寺金堂

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※同、五重塔

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※同、御影堂

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※76番金倉寺山門

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※同、本堂

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四国歩きお遍路(35) 66番雲辺寺~69番観音寺

「民宿岡田」の名物おじいちゃんは95才。
夕食後のひととき、宿泊客の5人は翌日に打つ雲辺寺のルートについて、おじいちゃんからレクチャーを受けた。

背筋をピンと伸ばしたかくしゃくとした姿、歯切れの良い話かたはとても1928年(昭和3年)生まれとは見えない。
テレビ番組でも取り上げられたという有名人で、四国遍路のまさしく生き字引のような人だった。

6時30分にエプロンをしたおじいちゃんに見送られて出発。
お接待でいただいたおにぎりをザックに詰め、おじいちゃんの手書きの地図のコピーを片手に歩き出す。

林道から山道に入ると、遍路道は傾斜を増し、肌寒い気温だというのに、汗が吹き出てきた。

88ヵ所の札所では一番標高が高い場所にある雲辺寺だが、意外にあっけなく出発から1時間40分で到着。
かなり寒いので、境内でゆっくりすることもなく本堂と大師堂を参拝し、五百羅漢がずらりと並ぶ遍路道を67番大興寺に向かった。
ちなみに五百羅漢には自分とよく似た顔の像があるというが、あまりにたくさんあるので、じっくり見ることができなかった。

いつの間にか県境を越え、香川県に入った。愛媛→徳島→香川とこの二日間で三つの県境をまたいだことになる。

登りと違い、下りの遍路道は標高差1000メートルを下るので、それこそ膝がガクガクになるくらいの長いアルバイトとなった。

大興寺までは、他の民宿に泊まった東京から来た45才のSさんと抜きつ抜かれつ歩いた。
Sさんは2か月間をかけての通し打ちで、会社経営者だという。
仕事は大丈夫かと訊くと、毎日決まった時間にパソコンを使って会議をしているそうだ。
ザックがデカイのが、これで分かった。

67番大興寺の山門には、県の指定文化財となっている運慶作の仁王像があった。
この情報は、民宿のおじいちゃんからレクチャーを受けなければ知らなかったことだ。

香川はさすがにうどん県と言われるだけあって、黄金色の麦畑が至るところにあった。
明日からはうどんが主食となりそうなので、今から楽しみである。

大興寺から予約したホテルがある観音寺駅前まで9㎞ほどだが、早く着きそうなので、明日に予定していた68番神恵院と69番観音寺を打ってからチェックインすることにした。

途中に、観音寺名物の「やきもち」を売っている汐沢製菓の店があったので、ガラス越に店内を覗くと、若い女性店員さんと目が合ってしまい、あわてて視線をずらした。

私がよほど物欲しそうな顔をしていたのか、店員さんが出てきて「これ、お接待です」と言いながら、売り物のやきもちとくるみ饅頭を私の手に握らせてくれた。
ありがたや~

後続してきたSさんにくるみ饅頭を提供し、今のお接待の話をした。
彼は貰えなかったとがっかりしていたが、私にくれたのは、彼女の目からはおそらく私がよほど疲れてかわいそうに見えたからではないだろうかと分析。

ちなみにSさんはほとんどお接待を受けたことがないという。
私はこのところ毎日のようにお接待を受けているので、端から見れば、きっと辛そうなお遍路さんに映っているのだろう。

観音寺の中心部から財田川を渡り、神恵院と観音寺に到着。
この二つの寺は、同じ境内にそれぞれ本堂と大師堂が並んでいるという不可思議なロケーションとしても有名。

順番通りに68番を先に参拝し、次に69番を打った。
納経所は一つなので、納経帳を差し出すと、一人で二つ分の寺を墨書してくれた。
納経料金は600円だった。

札所を出て、寛永通宝の砂絵を見るために展望台に立ち寄る。
これもおじいちゃんに勧めらたスポット。
1633年(寛永10)に作られたという砂絵は写真では見てきたが、本物の迫力はなかなかだった。
これを見たらお金が入るというご利益があるということだが、宝くじでも買っておけば良かったかもしれない。

観音寺は寛永通宝の町なのか、マンホールのデザインはもちろんのこと、公園のモニュメントなど、至るところに寛永通宝があった。
これも町越しの一環だろう。


足の痛みが気になりだし、汗だくの体を一刻も早く風呂で洗いたかった。
ついでに4日ぶりの洗濯もだ。

ホテルまでの帰路にスーパーで晩ごはんを調達し、16時30分にチェックイン。

天気は下り坂のようだが、明日はゆっくりと出発できることが、うれしい。

◼️2023年5月26日 徳島県池田町~香川県観音寺市
◼️46435歩 30.18㎞
◼️曇りのち晴
◼️ハイパーイン観音寺駅前

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※林道から遍路道に入った

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※雲辺寺が近づいた遍路道の風景

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※66番雲辺寺山門

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※同、仁王像

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※これをくぐると、願い事が叶うという

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※雲辺寺の五百羅漢

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※同上

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※遍路道は広葉樹の林のなかを行く

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※気持ちの良い遍路道が、この後急な下り坂となった

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※遍路道は集落に向かって下った

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※同上

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※67番大興寺山門

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※同、運慶作と伝わる仁王像

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※大興寺。弘法大師が植えたと伝わる大樹があった

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※大興寺の本堂と大師堂

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※大興寺境内でお接待のおにぎりを食した

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※麦畑を見ながら歩く

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※お接待でいただいた。

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※68番神恵院と観音寺の山門

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※68番神恵院本堂

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※同、大師堂

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※69番観音寺本堂

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※同、大師堂

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※寛永通宝の砂絵

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※公園にあった寛永通宝のモニュメント

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四国歩きお遍路(34) 65番三角寺~徳島県池田町

ビジネスホテルで昼食のおにぎりのお接待を受け、6時30分に出発。
おにぎりには、私の名前と「道中、お気をつけて!」の付箋が付けられていた。
お遍路を始めてから、多くの人たちの優しさに触れている。
ありがたいことだ。

国道11号線と松山自動車道を横切り、65番三角寺に向かう遍路道に入った。

遅い田植えが始まった棚田の風景が目に和む。
遍路道は車道から山道になるが、クモの巣を払いながら緩やかな勾配をずんずん行く。

右足の小指のマメが化膿しており、消毒を繰り返して対処しているが、痛みは取れない。
山道ではいくぶん痛みが和らぐので、ここぞとばかりに早足で歩いた。

7時40分に65番三角寺に着いた。
ここまで1時間たらずなので、ちょっと拍子抜け。
誰もいない境内で白衣に着替え、本堂と大師堂を参拝。

境内で、竹箒を使って掃除をしている年配の女性と大きな声で世間話をしている若い兄ちゃんが、納経所の係だった。
いかつい兄ちゃんは、私が納経帳を差し出すと、面倒くさそうに受け取り、料金皿を出した。そして、納経帳と一緒にお姿が描かれた紙片を添えるのを忘れる始末。
(コイツ、大丈夫かぁ)と、思いながら納経所を後にした。

三角寺からは舗装された林道をのんびりと下り、お大師様が村に蔓延した疫病根絶を祈願したと伝わる常福寺(椿堂)を参拝した。
国道192号線に出ると、民宿までは6㎞ほどなので、時間調整で休憩を多く取りながら歩く。
久しぶりに見た遍路小屋では、靴下を脱いで、蒸れた足を乾かした。

大型トラックがひっきりなしに通る855メートルの境目トンネルを越えるが、歩道が60センチほどしかなく、トラックの風圧で体が揺れた。
これはけっこうなストレスである。
トンネルは歩き遍路にとって鬼門でしかない。

トンネルを出ると徳島県池田町に入った。
12時40分に「民宿岡田」に到着。
歩き遍路には有名な、“名物おじいちゃん”が迎えてくれた。
到着がちょっと早すぎるかなと思ったが、それは杞憂で、おじいちゃんは、「風呂入って、昼寝でもしたら」と。

明日の雲辺寺越えに備えて、ありがたや、お言葉に甘えて、そうさせてもらいます。

◼️2023年5月25日 四国中央市伊予三島~徳島県池田町
◼️30928歩 20.10㎞
◼️曇り時々晴
◼️民宿岡田

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※戸川公園から遍路道に入った

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※遍路道の目印は助かる

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※幾何学模様のような棚田の風景

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※遍路道の道標

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※三角寺への遍路道で。こんなメッセージがあった

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※瀬戸内海が見えた

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※遍路道は山道になった

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※同上

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※65番三角寺山門への石段

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※三角山門

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※同、仁王像

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※遍路道からの眺めが素晴らしい

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※同上

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※遍路道は棚田の間を抜けた

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※別格霊場椿堂

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※遍路小屋で休憩

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※お接待のおにぎりを頬張った

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※国道192号線の境目トンネルに向かう

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※境目トンネル

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※徳島県池田町に入り、愛媛県が終わった

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※明日は66番雲辺寺を目指す

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※12時40分、民宿岡田に到着し、短い一日が終わった

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四国歩きお遍路(33) 伊予西条~伊予三島

朝6時に西条駅前のビジネスホテルを出発。
今日は札所の参拝はないので、予約した宿がある四国中央市の伊予三島までひたすら歩く行程となる。

国道11号線に出ると、早朝にも関わらず、交通量が多い。
疾走する大型トラックの騒音が半端ではないので、できるだけ国道を避けたい。

野口の交差点から旧街道に続く遍路道に入る。
しばらく行くと、民家の前で「お遍路さん、お接待」と、小柄なおばあちゃんから呼び止められた。
昭和時代から、家の前を通るお遍路さんに声をかけているという。
オロナミンCと袋に入れたお菓子の詰め合わせをありがたくいただき、お礼に「南無大師遍照金剛」と唱えながら納め札を渡した。
最初は戸惑っていたこの対応も、落ち着いてできるようになった。

旧街道を通る遍路道は国道に沿って続くが、道端が狭い生活道路にも関わらず、クルマはひっきりなしに通る。
身の危険を感じることもあり、遍路道を離れ何度か国道を歩いてみたりしたが、やはり交通量と騒音に辟易。

善根宿がある関ノ戸から遍路道に逸れて、ようやくクルマ地獄から解放された。

湿度が低いからだろうか、気温は高いのにそれほど汗をかくこともなく、黙々と歩く。
歩き始めは、右足にできたマメの痛みに我慢しながらゆっくりだが、痛みがマヒしてくると、次第に足早となってくる。

昼を過ぎ、ようやく見つけた食堂でミンチカツ定食を食べ、「しまむら」に立ち寄り、半袖のボロシャツと靴下を2足購入。
半袖シャツは1枚しか持ってこなかったし、この暑さではとても長袖は着れない。

小学校の前を過ぎると、金剛杖の鈴の音とザックを背負った私の姿が面白いのか、下校途中の小学生の女の子が付かず離れずついてきた。

私に追い付くために、何度も走っては横に並ぶ。
ランドセルと肩にかけた水筒。黄色い帽子と紺の制服のスカートが可愛い。

「おじさん、どこまでいくの?」
そんな会話から、女の子が2年生で、学年には26人しかいないこと、一年生は15人ということを聞いたりして、300メートルほどを一緒に歩いた。
「クルマに気をつけて」と声をかけ、横道に逸れた女の子と別れた。

ほんのひとときの交流だったが、小学生になったら、こんなふうになるかなぁ…と、今月一歳になる孫の無垢な笑顔にダブらせてしまい、不意に目頭が熱くなった。

スーパーで今夜の晩ごはんと明日の朝、昼の食料を買い出し、伊予三島駅前のホテルに向かう。
途中で、足が痛いという年配のお遍路さんと一瞬に歩く。
偶然にも今夜の宿と明日の宿が同じだということが分かり、今後のルートの情報を交換しながら歩いた。

終わってみれば、歩行距離は37㎞。
半袖のポロシャツで歩いたツケが回ったからか、首筋や腕も日焼けで真っ赤。

どおりで、ヒリヒリするわけだ。

◼️2023年5月24日 伊予西条駅前~四国中央市伊予三島
◼️57851歩 37.60㎞
◼️快晴
◼️ビジネスホテルマイルド

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※遍路道の目印。三角寺まではまだまだ遠い

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※六地蔵大師堂があった

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※お接待でいただいた

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※遍路道は国道11号線も通っていく

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※善根宿があった。しばし休憩した

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※四国中央市に入った

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※再び、遍路道へ。これを何度も繰り返した

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※のどかな田園風景を歩く

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※田植えが終わった田んぼは、幾何学的なアートだ

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※大衆食堂でミンチカツ定食を食べる

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※遍路道には酒蔵もあった

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四国歩きお遍路(32) 60番横峰寺~64番前神寺

ゲストハウス「BEKKU」の泊まり客は、自転車でお遍路をしている26才フリーターのR君と、私の二人。
オーナーの女将さんと3人で夕食を取りながら、話がはずんだ。
公然とお接待や送迎を要求してくる客や、予約もせずにいきなりやってくる客、連絡なしのキャンセルなど、同じお遍路とも思えない傍若無人ぶりの話に驚く。
これでは人としての常識が疑われる。
お遍路をするに値しない人がいることで、四国遍路の価値を下げていると言ってもいいのではないか。
宿はボランティアでやっているわけではないので、身に覚えがあるお遍路さんは襟を正さなくてはならないだろう。

朝6時30分に、女将さんに見送られて出発。
お接待の茹で玉子は行動食にキープした。

歩き始めてすぐに雨となった。
石槌山の稜線は厚い雲に閉ざされてしまったようだ。

宿から60番横峰寺までは11㎞の距離。
トイレや休息所がある登山口までは折り畳み傘を差して歩く。
8㎞を一気に歩くが、両足の小指にマメができており、これが痛い。

登山口にはR君の自転車がデポしてあり、下山してくるR君と登山道の途中で再会できそうだ。
登山道は石段や手すりもあって整備されているが、雨で濡れた道は滑るし、頭上の木から落ちてくる雨の滴が鬱陶しい。

途中で下山してきたR君とすれ違う。
餞別にバナナを提供した。
食費を切り詰めて、米を炊きながら野宿をしてきたR君に、かつての私自身の若い頃を見た思いがするのだ。
“青年は荒野を目指せ”“熱い冒険をして欲しい”
彼に贈る言葉はいくらでもある。
その若さが羨ましかった。

2.2㎞の登山道を一気に登り、9時30分に横峰寺の山門に着いた。
雨は止んだが、標高が上がった分だけ気温は急降下したようだ。
白衣に着替えて、本堂と大師堂を参拝。
その間にすっかり汗も冷えてしまった。

下山は61番香園寺奥の院を経由して香園寺に向かうルートを選んだ。
雨をたっぷり含んだ下草と、樹上からの水滴で全身ずぶ濡れである。

休憩すると寒いので、奥の院までの6㎞を一気に下り、休息所で雨具や傘を乾かし、昼食を取った。

そこからはのんびりと下り、香園寺に到着。
高くそびえるような本堂は、まるでコンサートホールのような圧倒的な存在感。
とても寺院とは思えない。
二階に上がると、金ぴかの御本尊が奉られていた。
これまで回ってきた札所は総じて地味な寺が多かったが、これは別格だろう。

香園寺からは国道11号線に沿って、62番宝寿寺、63番吉祥寺、64番前神寺を打った。

16時30分に、伊予西条駅前のビジネスホテルに到着。
標高745メートルの横峰寺を登って下りるまでは、気が張っていたからか、それほど疲れを感じなかった。
しかし、その後の国道歩きで暑さにやられたからか、ホテルに着いたときは、体が重くさすがにぐったりときた。

いやはや、年には勝てない。
(このところの、最後の決めゼリフ・笑)

◼️2023年5月23日 西条市丹原~伊予西条駅前

◼️52243歩 33.95㎞
◼️雨のち晴
◼️西条セントラルホテル

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※宿から県道147号線を石槌山に向かい、中山川を渡る

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※石槌の稜線は雨に煙っていた

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※横峰寺に向かう登山道を登る

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※同上

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※60番横峰寺山門

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※下山道から遍路道に入った

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※横峰寺から61番香園寺に向かう遍路道

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※同上

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※香園寺奥の院

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※同上

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※61番香園寺境内

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※まるでコンサートホールのような香園寺本堂

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※同、内部

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※62番宝寿寺本堂

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同、大師堂

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※同、境内

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※63番吉祥寺山門

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※同、本堂。改修中だった

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※同、境内にあったくぐり吉祥天

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※64番前神寺山門

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※加茂川を渡り、西条駅前の宿に向かった

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四国歩きお遍路(31) 54番延命寺~59番国分寺

大西駅前のビジネスホテルを朝6時に出発。
泊まり客は私一人だというのに、85才のオーナーの女将さんが、玄関まで見送ってくれた。
別れ際に今治タオルのハンカチをお接待でいただいた。

思えば、私が到着するのを見計らって、風呂を沸かしてくれていたし、洗濯も手伝ってくれた。
ホテルは古く、決してきれいとはいえないが、女将さんのその気持ちに感謝したい。

さて、今日は54番延命寺から59番国分寺までの6つの寺を打つ、忙しい一日となった。
外国人の若い女性の歩き遍路と何度も顔を合わせたが、一言も話しをすることもなく、お互い会釈を交わしただけで終わってしまったのが残念だ。
下心があって言っているわけでは毛頭ないが、一期一会の歩き遍路なので、積極的に交流するのも遍路の楽しみだと思う。

それはさておき、今日の歩いた距離は終わってみれば、40㎞。
二日続きの40㎞超えは、さすがに老体には堪えた。

足も痛いし、体も筋肉痛。
いやはや、年には勝てない。

明日は、石鎚山に迫る60番横峰寺のチャレンジ。
後半戦の山場である。

いにしえの遍路道は、どんな景色を見せてくれるだろうか?
それが楽しみで心が躍動するが、いかんせん、雨が降りだした。

どうか、雨が上がってくれますように。

◼️2023年5月22日 今治市大西~西条市丹原

◼️60764歩 39.49㎞
◼️晴れ後曇り
◼️ゲストハウスBEKKU

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※大西駅前から遍路道を歩き出した

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※54番延命寺本堂

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※同、大師堂

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55番南光坊に向かう

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※55番南光坊山門

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※同上

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※56番泰山寺本堂

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※同、大師堂

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※56番泰山寺から57番栄福寺に向かう

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※同上

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※57番栄福寺本堂

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※同、大師堂

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※栄福寺から58番仙遊寺に向かう遍路道は工場のために、大きく迂回した

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※仙遊寺に向かう

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※58番仙遊寺山門

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※仙遊寺境内

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※仙遊寺から国分寺に行く遍路道

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※同上

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※59番国分寺境内

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※同上、弘法大師像と握手をすると、一つだけ願い事ができるという

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※ホーロー看板屋敷があった

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四国歩きお遍路(30) 52番太山寺~53番圓明寺~今治市大西

女将さんの見送りを受けて、朝6時に旅館を出発。
リポビタンDのお接待もいただいた。

道後温泉街から松山大学のキャンパスを抜け、52番太山寺に向かう。
日曜日とあって、多くのウォーキングの人たちとすれ違った。
白衣を着て金剛杖の姿の私は、ここでは珍しくもないようで、皆さんが「お気をつけて」と声をかけてくれた。
お遍路さんが歩いているのは、松山では当たり前の風景のようだ。

太山寺の山門を潜ってから、更に250メートル進み、石段を上がり本堂に到着。
道後温泉からちょうど10㎞だった。

人の姿もまばらな境内のベンチに腰かけて、靴下を脱いで、足を乾かす。
予報では気温が28度になるということなので、足の蒸れはマメを作る天敵なのだ。
昨日の雨の歩行で、左足の小指にマメができてしまい、これが痛い。
気をつけてはいるが、やはり私はマメができやすい体質なのだろう。

太山寺を下り、2㎞先の53番圓明寺に向かう。
気温はぐんぐん上がり、汗が滴る。

境内に入ると、大型バスでやったきた30人ぐらいの団体遍路が、読経の真っ最中だった。
般若心経のリズミカルな声音に、思わずうっとりと耳を傾けてしまった。
私は抑揚もない、いわゆる棒読みで、うまく読めない。
それに、いまだに暗記もできていない。
結願までに暗記したいと思っているが、どうなることやら。

納経を終えて、白衣の下のシャツを一枚脱ぐ。
これで少しは涼しくなりそうだ。
今日の参拝はこれで終わりなので、あとはひたすら予約した今治市大西のホテルに向かうだけ。
しかし、地図アプリで距離を確認して唖然となった。
なんと、まだ26㎞もあった。
この時点で16㎞歩いていたので、歩行距離は42㎞になりそうだ。

この暑さで42㎞。
気合いで行くしかない。

海岸線に沿って県道179号線をひたすら歩く。
あまりに暑いので、折り畳み傘を差して、タオルを首にかけて歩いた。

ペットボトルを4本空にして、足の痛みがマヒした頃、17時30分にJR大西駅前のホテルに到着。
日本縦断以来の40㎞超えの歩行だった。

◼️2023年5月21日 道後温泉~今治市大西
◼️64020歩 41.61㎞
◼️晴れ
◼️ビジネスホテルニュースガノヤ

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※遍路道は松山大学前からキャンパスを抜けて続いていた

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※52番太山寺へ向かう遍路道

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※のどかな田園風景を見ながら歩いた

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※52番太山寺山門

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※山門の仁王像

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※太山寺本堂

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※同、大師堂

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※53番圓明寺

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※圓明寺から県道347号線を歩き、海岸に出た

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※遍路道の道標もあった

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※鎌大師を越えた展望台から見た風景

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※今治市に入った

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※瓦の町、菊間町で見つけた瓦のモニュメント

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※遍照院には鬼瓦が鎮座していた

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※ホーロー看板屋敷。10年ぶりの再会だった

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※菊間町の工場風景

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※青木地蔵堂

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※今治市大西の遍路道

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※大西の遍路道では神社の祭礼が行われていた


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四国歩きお遍路(29) 46番浄瑠璃寺~51番石手寺

6時30分に、一夜を過ごした「遍路宿 桃李庵」のご主人に見送られて出発。
私が寝ている間に、濡れたシューズを薪ストーブで乾かしてくれた、さりげない気遣いに感動。

標高650メートルの宿から国道33号線を更に登り、登りきったところで遍路道に入った。

霧が立ち込める三坂峠は標高710メートル。かつては、伊予と土佐を結ぶ重要な街道だったという。
所々に石畳も残っており、古道としての雰囲気は抜群である。
しかし、歴史は残酷でもある。
峠を下るにつれ、路傍の草むらに埋もれるように、行き倒れたお遍路さんの小さな墓石がいくつもあった。

新緑の森の中をどんどん下り、大師堂がある網掛石を過ぎると、町も近くなった。

46番浄瑠璃寺はこじんまりとした寺で、山門もなく、数段の石段を上がるとすぐに境内だった。

今日は週末とあって参拝客も多く、境内には読経の声が響いていた。
歩き遍路は見当たらない。昨日、岩屋寺を出てから一人も出会っていないので、バラけてしまったのだろうか。
次の47番八坂寺、48番西林寺でも同様だった。

松山市内には札所が連続するので、まるで流れ作業のように次々と参拝していく。

49番浄土寺が見える伊予鉄道の踏切で、突然のお接待。
「これ、あまり冷えていないけど、よかったらどうぞ」
満面の笑みの若い女性から、ペットボトルをいただいた。

これまでの経験で慣れてきたからだろうか。
あわてふためくことなく「南無大師遍照金剛」と文言を唱えて、納め札を渡すことができた。

49番浄土寺から50番繁多寺に向かう遍路道は、迷路のような路地をまるでオリエンテーリングのように目印を追っかけながら歩く。

石手川を渡ると、そこが51番石手寺だった。
露店やうどん屋が軒を並べる屋根付きの参道を行くと、三重塔がそびえる境内に出た。

参拝客も多く、団体のお遍路も次々にやってきた。
本日最後の納経を終え、境内のベンチでお接待で貰ったジュースを味わった。
気温も上がり、汗だく体と喉の渇きを潤してくれた。

予約した宿「夏目旅館」は道後温泉街にあった。
一度は入りたいと思っていた道後温泉本館の目と鼻の先だった。

女将さんいわく、「今日は土曜日なので、お客が多いから入れないかもしれないよ」とのこと。
ダメ元で行って見ると、運良く16時からの予約を取ることができた。

すぐに宿に戻って、女将さんにタオルと石鹸を用意してもらい、念願の日本最古の温泉に入ることが実現。
ゆっくりと湯に浸かると、三日間の疲れが、じわじわと体の芯から取れていくようだった。

今日は歩いた距離も短く、札所も稼げたし、束の間の休息のような一日だったが、明日からはひたすら歩く怒涛の遍路が待っている。

これまで辿ってきた道を思えば、何のことはないだろう。

ともあれ、汗を流して歩くのみ。

◼️2023年5月20日 久万高原町明神~道後温泉
◼️39872歩 25.91㎞
◼️晴れ時々曇り
◼️夏目旅館

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※国道33号線を登る。久万高原町から6㎞に渡った登りだった

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※国道は440号線に変わり、遍路道に入った

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※霧が立ち込める三坂峠

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※同上

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※同上

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※三坂峠からは松山の町が見えた

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※新緑の森をどんどん下った

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※森を抜け、集落の畑を歩く

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※網掛石がある広場

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※網掛石前にある大師堂

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※のどかな風景を楽しみながら下った

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※46番浄瑠璃寺本堂

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※同、大師堂

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※花が咲き乱れる道を47番八坂寺に向かう

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※47番八坂寺山門

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※同、境内

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※遍路道は右。路地のような道を行く

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※札始大師堂。ここで昼ごはん。

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※重信川を渡った

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※48番西林寺山門

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※同、境内

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※久米小学校の埴輪の庭

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※お接待をいただいた

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※49番浄土寺山門

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※同、仁王像

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※同、本堂

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※浄土寺から50番繁多寺までは路地の目印を追っかけた

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※50番繁多寺山門

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※同、本堂

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※同、大師堂

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※繁多寺を出ると、松山の町が一望できた

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※石手川を渡ると、そこが石手寺だった

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※51番石手寺山門

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※同、山門の大わらじにはたくさんの一円玉が埋め込まれていた

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※同、本堂

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※同、三重塔

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※道後温泉本館。改修中だったが、入ることができた

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※道後温泉の商店街

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※道後温泉駅と坊っちゃん電車

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※道後温泉街にある伊佐や波神社

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四国歩きお遍路(28) 45番岩屋寺~久万高原町明神

昨夜は宿での豪華な夕食に舌鼓を打ったまではよかったが、酒に酔ったオヤジに絡まれて、どっと疲れてしまった。
それがあってか熟睡できず、浅い眠りのまま朝を迎えた。

宿での楽しみは、同宿のお遍路さんたちとの交流にもあるが、皆がみな紳士とは限らない。
そこには得てして、鬱陶しい人も混ざってくる。
昨夜のオヤジはまさにそれ。

歩き遍路を10数回やっていることを自慢し、宿の批判や寺の対応に対して鬱憤をかます。
更に、私に対しては、歩くのが速いと決めつけ「スーパーお遍路さん」と呼ぶ。
これがなんだかバカにした言い方なのだ。
それを何度も繰り返すデリカシーの無さだ。

結願後の金剛杖の奉納について質問すると、「2000円も出すくらいなら、持って帰ったほうがいい」「へし折って、ゴミとして捨てればいい」
と言いながらもこのオヤジ、遍路のたびに購入しているので、自宅には5~6本あるという。

お遍路をして、人は変わるのだろうか。
何かを得たいがために、歩くのか。
人それぞれに答えがある。

遍路小屋で見た貼り紙が、ずっと目に焼き付いている。
それにはこうあった。
「早く歩くか、ゆっくり歩くか、なん日で廻るか、なん回廻るか、そんなことよりしっかり歩け、そして何かを残せ」

遍路は自分との闘いだと、つくづく思う。

前置きが長くなったが、雨が小降りになるのを待って7時15分に出発。
45番岩屋寺へは県道12号線をしばらく歩き、遍路道に入った。

遍路道は県道に沿って国民宿舎に出、再び県道に合流するルートと、尾根づたいに登り、八丁坂から直接本堂に出るルートがある。
せっかくなので、宿のご主人から勧められた本堂に出るルートをとることにした。
しかし、これがなかなかの曲者だった。

登り始めてからしばらくして、雨が強くなり、あわてて雨具上下を着て、傘を出した。
遍路道はぬかるんで、水溜まりができている。
シューズの中はあっという間に、水浸しになってしまった。
雨は止む気配はなく、ようやく本堂に出たときは、それこそラッキョウのような降りとなった。

しかしこのルートには、岩壁に置かれたたくさんの石仏や巨大な不動明王像もあって見所も多く、雨には辟易したが、得した気分になった。

誰もいない本堂と大師堂で、雨音に消されないように少し声を上げてお経を読んだ。
納経所を出ると、下の石段からお遍路さんが数人上がってきたが、岩屋寺の正面はこちらなので、やはりルートは県道からが一般的なのかと思った。

帰路は県道12号線にとった。
ほんの1時間で出発した宿に戻った。
遍路道は倍の時間がかかったが、それはそれで良い経験をさせてもらった。

久万高原町までは約3.5㎞なので、昨日ルートを見失った遍路道を拾いながら歩く。
歩道がない“鬼門のトンネル”は、例の如く赤色点滅ライトと蛍光たすき、更にヘッドランプの完全装備で突入。

昨日と変え、右側を歩くが、5台に1台は無灯火で走ってくる輩がいる。
こういうのが一番厄介だ。
ヘッドランプをぐるぐる振り回して、気づかせた。

正午前に久万高原町のコンビニに到着。
上がったと思った雨がまた降りだした。
今夜、朝、昼の三食分の食糧を調達し、傘を差して4.5㎞先の予約している宿に向かう。

国道33号線を延々と登る。
いい加減うんざりした頃、15時ちょうどに今夜の宿「お遍路宿桃李庵」に到着した。

外見は見るからにワイルド、四畳半の部屋。
泊まり客は私一人のようだ。
ご主人が風呂を沸かして待っていてくれたことがありがたい。
テレビがないのは残念だが、歩き遍路を始めて何度か野宿をしていたことを思うと、屋根があるだけ天国である。

今夜は鬱陶しい同宿者もいないので、ぐっすり眠れそうだ。

◼️2023年5月19日 45番岩屋寺~久万高原町明神
◼️35620歩 23.15㎞
◼️雨のち曇り
◼️遍路の宿 桃李庵

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※小雨が降るなか、「いやしの宿八丁坂」を出発

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※県道12号線から遍路道に入った

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※雨に打たれながら遍路道を登る

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※激しく降る雨のなか、八丁坂に着いた

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※岩屋寺本堂までは尾根づたいに歩く。誰にも会わなかった

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※岩壁に鎮座する石仏

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※巨大な不動明王の木像があった

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※せり割行場

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※山門を潜ると、大師堂と本堂の前に飛び出した

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※岩屋寺本堂

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※同、大師堂

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※納経を終え、山を下る

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※同上

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※同上

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※降り止まぬ雨のなか、県道12号線を下った

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※お遍路休憩所にあった貼り紙

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※打戻りの久万高原町までは、忠実に遍路道を歩く

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※同上

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※隠れ里のような集落も現れた

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※久万高原町から国道33号線を歩き、宿に向かった

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※かかしの里という集落を通った

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※あまりにリアルで驚く

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※今夜の宿「お遍路の宿 桃李庵」に到着

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四国歩きお遍路(27) 内子~44番大宝寺

今日から区切り打ち3回目の歩きお遍路をスタートする。
結願を目指す2週間の旅である。

6時から始まるホテルの朝食サービスを、急いで流し込んで出発。
国道56号線をしばらく直進し、「道の駅内子フレッシュパークからり」を横目に、久万高原町に向かう国道379号線に入った。

歩き始めから体が重い。
数日前から右足裏に鈍い痛みがあり、昨日の7時間の電車移動が堪えたのか、腰痛も出てきたので、ロキソニンを飲んで歩いている。

今日は44番大宝寺を打ち、45番岩屋寺の手前までの40㎞近くの行程となるので、ひたすら歩くのみだ。

遍路道は国道から大瀬の集落に出ると、古い町並みが続く気持ちの良い生活道となった。
足を引きずるように歩くお遍路さんを追い越し、黙々と歩く。
クスリが効いてきたのか、痛みがないことを良いことに、ピッチを上げる。

続いてまた一人お遍路さんを抜く。
競争をしているわけではないが、調子が上がってきたようだ。

上田渡の集落から国道379号線を離れ、県道42号線に入ると、いつ終わるともしれないダラダラと登る坂道となった。

三島神社を過ぎると下坂場峠に向かう山道となったが、本日初めてアスファルトから解放されたので、トレランシューズの吸い付くような感触が心地よい。

峠からは森田の集落までいったん下り、そこからひわだ峠までの急登となった。

日頃のトレーニング不足を嘲笑うかのような登りに息が切れる。
13時。汗びっしょりになって峠に着くと、待っていたかのように雨が落ちてきた。

天気予報は夕方から雨ではなかったのか。
恨めしく天を見上げてみるが、雨足は強くなるばかりだった。

ザックカバーを付け、折り畳み傘を差して歩く。
久万高原町の中心部に着き、コンビニの前に出ると、店内のガラス越に、白衣を着たキレイな外人の女の子が満面の笑顔で手を振っていた。
オヤジ丸出しで、誘われるようにふらふらと店内へ。
買いたくもないパンや水を購入してしまった。

15時前に44番大宝寺に到着。
雨に打たれながら、久しぶりの般若心経を上げた。

ここから予約した宿までは3.5㎞あるが、県道12号線は交通量も多く、歩道がなかった。
全長623メートルある峠御堂トンネルも歩道がないので、入口に設置されている蛍光たすきを肩にかけ、ザックに赤色点滅ライトを付けて突破。

軽トラや乗用車ばかりだったのが幸いだったが、明日もこれを通らなければいけないことを思うと気が重い。

出口には「先日、トンネル内で重大事故がありました」という張り紙があり、歩き遍路には鬼門のようなトンネルだ。

16時、「いやしの宿八丁坂」に到着。
人気の宿ということで、なかなか予約が取れないみたいだが、お遍路のハイシーズンが過ぎたからか、一週間前の予約でOKだった。

清潔な畳に転がると、体が急激に弛緩するのを感じた。
今夜は雨が激しくなるようだ。
ついでに、明日は本降り。
スタートから雨とはついてないが、旅は始まったばかり。
まぁ、こんなこともあるだろう。

◼️2023年5月18日 内子~44番大宝寺
◼️59301歩 38.54㎞
◼️曇りのち雨
◼️いやしの宿八丁坂

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※国道379号線を久万高原町に向かう

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※お遍路無料宿泊所があった。中には布団も用意されていた。

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※国道379号線を歩く

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※古い町並みが軒を連ねる大瀬。

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※千人宿大師堂

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※久万高原町まではまだまだ遠い

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※県道42号線に入ると、椎茸の原木が至るところに並んでいた

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※ひわだ峠に続く山道を登る

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※下坂場峠

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※森田集落

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※ひわだ峠を登る

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※ひわだ峠。標高790メートル

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※雨が降りだした峠を下った

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※大宝寺山門

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※大宝寺。石段から本堂を見る

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※大宝寺本堂

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※大宝寺大師堂

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※峠御堂トンネル入口

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※トンネル内は歩道もなく、しょっぱかった

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※宿の豪華な夕食に舌鼓を打った

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内子に来ました

朝自宅を出発して、新幹線と在来線を乗り継いで、愛媛県の内子に来ました。
前回4月24日に中断してから、3週間ぶりの内子駅です。

それにしても暑いですね。
まだ5月というのに、気温は29度です。
この季節外れの暑さ、明日からのお遍路が心配です。
と言いながら、天気は下り坂のようです。

今日はウォーミングアップとして、内子の町並みを歩いてみました。
大正時代に造られたという内子座や、白壁が軒を並べる町並みは、見所たくさん。

10年ほど前にも訪れていますが、この風景をすっかり忘れてました。

今夜はゆっくりして、明日からお遍路のスタートを切りたいと思います。

◼️2023年5月17日 愛媛県内子町
◼️晴れ
◼️ホテルAZ内子

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※内子座

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※同上

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※内子の町並み

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四国歩きお遍路(26) 宇和~大洲~内子

昨日とガラリと変わった、肌寒い気温のなか7時前に出発。
予報では、最高気温は18度ということだ。

今日は最終日なので、のんびり行こうと思うが、気づくといつもの速足ペースになっていた。
国道56号線に沿って進みながらも、遍路道は旧道に逸れたりするので、目印を拾い忠実に歩く。

遍路小屋から国道を離れ、鳥坂峠に向かう遍路道に入った。
小屋に置かれた「へんろノート」を見ると、国道を選ぶ人と遍路道を行く人は半々のようだ。

遍路道は伐採された杉林に続いており、鳥坂峠も展望がなく、あまり面白味はない。
延命地蔵を過ぎると、ダラダラとした下りになり、顔にまとわりつくクモの巣を金剛杖で払いながら進んだ。

林道に出ると、大量に材木を積んだトラックが停まっていた。
この地方の特産品の椎茸の原木を下ろしているところだった。

廃寺となった札掛大師堂を過ぎると、遍路道は国道と合流し、交通量が半端ではない歩道もあやふやな国道を、疾走するトラックの風圧におののきながら歩くことになった。

大洲の町に入ると、さすがに町並み保存地区。
白壁の土蔵や古い商店が軒を並べる通りは、絵になる空間だった。
また、大洲大橋を挟んで手前側の本町は昭和レトロの商店街がそのまま残っており、橋を渡った対岸の新町よりも、はるかに歩いていて楽しい通りだった。

大洲の中心部を離れ、再び国道56号線を歩くが、コンビニやドラッグストア、マクドナルドや飲食店、ホテルもあって、実に賑やかだった。

13時、十夜ヶ橋の大師堂を参拝し、お大師様が野宿をしたという伝説の橋の下へ。
横になって眠る、お大師様の像が奉られている、遍路の名所である。

そこには野宿をしながら逆打ちをしているという若者(と言っても、30代か)がいた。
しばらく座り込んで話す。
彼はなかなかユニークで、40年以上前に流行ったフレームザックを背負って、寝袋とマットをフレームにくくりつけて歩くスタイル。
帽子はベレー帽。
パイプを咥えた格好は、なかなか様になっていた。
足が痛いので、今夜はここに泊まろうと思案中…とのことだった。

彼と別れた後、再び国道を歩くと、前方にコンビニの袋をいくつもぶら下げたでかいザックを背負っている人に遭遇。
追い抜きがてら話をすると、野宿でお遍路をしているという。
年の頃は私と同じ60代か。

職業遍路の匂いがしたので、それ以上の話を避け、さらりと別れた。

新谷の集落に続く遍路道に入った。
新谷は松本零士が小学生時代に疎開した町として、最近になって脚光を浴びている。
メイン通りには「メーテル通り」のポスターがいくつも下がっていた。

新谷からしばらく国道を歩き、内子駅に出る遍路道に入り、小さな峠を越えたところが、内子の町だった。
ノーベル賞作家の大江健三郎の故郷としても有名な町でもある。

明日の切符を買うためにJR内子駅に立ち寄ると、窓口が営業時間外ということで閉まっていた。
特急電車が止まるというのに、これでは無人駅と同じである。
切符は明日の出発前に買うことにし、スーパーで晩ごはんを買い出して、予約していたホテルに入った。

気温が上がらず、肌寒い一日だったが、無事に13日間のお遍路の旅を終えることができたことに、まずは感謝。

振り返ってみると、お接待していただいた人を含め、一緒に歩いたお遍路さん、道を教えてくれた人々、宿のご主人など、様々な人との交流があった。
その出会いが一期一会だからこそ、私のなかでいつまでも忘れることがない記憶として、かけがいのない残像になると、きっと、思う。

◼️2023年4月24日 宇和~大洲~内子
◼️45730歩 29.72㎞
◼️曇り
◼️ホテルAZ内子

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※一転して肌寒い朝から最終日の遍路が始まった

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※宇和町瀬戸集落あたりの遍路道の町並み

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※遍路道の道標

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※金比羅講を記念して建てられた灯籠

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※国道56号線から逸れて、鳥坂峠に向かう遍路道に入る

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※鳥坂峠に向かう遍路道

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※伐採されたされた荒れた遍路道を歩く

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※鳥坂峠。小学生が作ったベンチがあった

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※鳥坂峠の延命地蔵尊

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※鳥坂峠からの下り

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※同上

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※同上

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※同上

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※林道には椎茸の原木が積み上げられていた

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※林道となった遍路をどんどん下っていく

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※大洲亀岡公園の藤

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※大洲の町並みで。インパクトのある神社があった

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※大洲本町の町並み

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※同上

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※大洲城が見えた

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※大洲新町の町並み

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※同上

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※十夜ヶ橋大師堂

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※同、橋の下

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※大洲市新谷の町並み

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※同上

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※同、魚屋の店先では、鯖を焼いていた

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※新谷は松本零士ゆかりの町

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※内子に向かう遍路道は草に埋もれていた

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※内子に向かう遍路道

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※内子駅にゴール。13日間のお遍路が終わった

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四国歩きお遍路(25) 41番龍光寺~43番明石寺

ありがたいことに、ずっと晴天が続いている。
放射冷却でひんやりとした空気のなかを出発。

静まり返った宇和島駅前のアーケード街を通り抜け、JR予土線に沿って続く遍路道に入った。

県道57号線に入ったところで、前方から走ってきたバイクが私の横に止まった。
「お遍路さん、お接待」
そう言いながらバイクから降りたのは、けっこうなお年のオバサン。

肩にかけた袋から紙パックのりんごジュースを出し、更にウエストポーチから黒飴をわしづかみに出して、差し出された。
オバサンは73才で、歩いてお遍路をしたいけど、もう年だから無理と笑った。
納め札を渡すと、これで10枚貯まったと喜びながら、「私の分まで歩いてね」と言って、去っていった。

それからしばらく歩くと、通りかった自販機の前で軽自動車が止まった。
運転席から降りてきたご老人の男性が、
「お接待するよ、どれでも好きなのを選んで」
と言いながら、やおら自販機に小銭を入れた。

二度目なので今度は落ち着いて、「南無大師遍照金剛」と、合掌しながら納め札を渡して、ペットボトルのお茶をご馳走になった。

朝から矢継ぎ早のお接待に驚いたが、これも一期一会。
ありがたく受けさせてもらった。

重たくなったザックを担ぎ、JR務田駅を横目に田園風景が広がった遍路道を歩き、41番龍光寺に着いた。

昨日に続いて、またも団体遍路に遭遇。
本堂と大師堂では読経の大合唱となり、それが終わるのを見計らって、ゆっくりと参拝した。

それにしても、昨日も含めて歩き遍路に出会っていない。

バスやクルマで来て参拝する人たちばかりだ。
42番仏木寺でも同様だった。

高知ではあれほど見かけたお遍路は、バラけてしまったのだろうか。
きっと一定の間隔を保って歩いているのだろう。

仏木寺からは歯長峠を越える遍路道に入った。
途中に出てきた休憩所を過ぎてからは、ロープやチェーンが張られた急登となり、息を切らして一気に登った。

歯長峠に出る直前で、苦しそうに登る歩き遍路を追い越す。

峠に到着したその人は、齢80才超えのご老人。
4月1日から歩き始め、今日で23日目という。
毎日30㎞以上歩くというパワーと、恐るべき速さにびっくり。
いやはや、頭が下がった。

峠から遍路道を下ると、足下に蛇が。
70~80センチあるけっこうな大物。
冬眠からそろそろ目覚めてきたのか、シマヘビだった。
マムシでなくて良かったと胸を撫で下ろした。

遍路道を一気にくだり、道引大師から県道29号線に沿って進み、14時近くになってようやく昼食。
「大介うどん」という店で、讃岐うどんを食べた。

そこから43番明石寺まではすぐだった。
草鞋が奉納された山門をくぐり、境内へ。

今回の旅、最後を飾る般若心経を丁寧にあげた。
明石寺からは遍路道を歩き、町並み保存地区の卯之町を見学しながらのんびりと歩いた。

最終日の明日は、30㎞先の内子まで歩く。
二週間前に高知を出たのが、遠い昔のようだ。
長いような短いような、中途半端な遍路の旅が終わる。

◼️2023年4月23日 宇和島~41番龍光寺~43番石寺~宇和
◼️43365歩 28.18㎞
◼️晴れ
◼️宇和パークホテル

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※宇和島駅前のアーケードを歩く

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※南国の風景の宇和島駅前

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※りんごジュースをお接待された

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※県道57号線をJR予土線に沿って歩く

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※予土線の一輛電車

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※本日二度目のお接待をいただく

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※広大な田園を突っ切り、龍光寺に向かう

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※龍光本堂

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※42番仏木寺に向かう

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※同上

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※42番仏木寺山門

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※同、仁王像

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※同、境内

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※仏木寺から歯長峠に向かう遍路道に入る

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※歯長峠への遍路道

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※同上。道が崩れて梯子がかかっていた

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※歯長峠への遍路

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※同上。チェーンやロープが張られた急登となった

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※歯長峠からの遠望

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※歯長峠から下ると県道29号線に出た

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※道引大師

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※遅い昼食を取った

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※43番明石寺に向かう

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※43番明石寺山門

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※同、大わらじが奉納されていた

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※同、本堂

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※明石寺からは遍路道を下り、卯之町に向かった

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※町並み保存地区になっている卯之町を歩く

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※同上

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※同上

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※同上

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※シューズの底はツルツル。日本縦断、東海道と歩いたシューズ。よく頑張ってくれた。この旅で成仏させたい

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四国歩きお遍路(24) 津島~宇和島

親切で気さくな女将さんに見送られて、海辺りの民宿を後にした。
今日の行程は20㎞弱なので、NHKの朝ドラを見て、ゆっくりと準備し、出発。

交通量が多い国道56号線をしばらく歩き、柏坂を起点とする灘道と交わる大門のバス停前から遍路道に入った。

遍路道は芳原川を挟んで国道と並走するが、古い民家が軒を連ねる生活道でもあるので、歩いていても楽しい。

多くの人に声をかけられたし、私が好きなホーロー看板を見つけたりもした。

町並み保存地区の岩松に入ると、遍路道は古い民家や商家、酒蔵や醤油醸造元が並ぶメインストリートに入っていく。

時間がたっぷりあるので、じっくりと歩いた。

古い商店を眺めていると、背後から呼び止められた。
声のあるじは、横浜出身で、今は生家があるこの町に住んでいるという初老の女性。

ほとんどのお遍路さんは、国道を歩いて行くので、本来の遍路道であるここは通らないという。
更に、今日は宇和島まで行くという私に、道の駅きさいや広場で、ぜひ鯛めしを食べて欲しいと勧められた。

話が長くなりそうなので、適当に相づちを打ち、町を離れた。

国道56号線に合流し、しばらく歩いて松尾トンネルの手前から左に上がる遍路道に入った。
国道を行けばわずか30分の道を1時間30分かけ、松尾峠を越えて3.7㎞の山道を登る。
遍路道は鬱蒼とした森をジグザグに登っていく。

「わん屋」と名付けられた遍路小屋や石垣が積まれた切り通し(隧道)もあって、なかなか楽しい。
かつて、宇和島から高知を結ぶ街道として利用された道だけに、歴史を感じる道である。

遍路道は採石場を横切り、庚申堂で終わるが、遠回りになっても、この道を歩いたことは良かったと思う。

午後を回ると、気温はぐんぐん上がり、暑さとの闘いとなった。
白衣も脱ぎたくなるが、我慢して歩く。

スーパーで買い出しをして、15時に宇和島城が手に届くところに見えるホテルに投宿。

部屋に荷物を置いてから宇和島城に登ってみた。
天守からは町が一望でき、目にまぶしいくらいだった。

時間切れで、久万高原町まで足を伸ばすことができないことが分かり、今回の旅は内子でゴールすることにした。

歩けるのもあと2日。
しみじみと、残り少ない旅を味わいたい。

◼️2023年4月22日 津島~宇和島
◼️36842歩 23.94㎞
◼️晴れ
◼️宇和島リージェントホテル

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※民宿を後に、国道56号線に入った

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※嵐坂隧道は、左手の歩行者専用トンネル(風の通り道トンネル)を行く

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※トンネル内部。390メートルを歩く

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※国道沿いにはテントが張れそうな休憩所があった。

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※国道を逸れて遍路道に入った

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※ホーロー看板があった

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※遍路道からの田園風景

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※岩松の町並み

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※同上

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※同上

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※同上

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※国道の松尾トンネル左手から遍路道に入る

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※案内板もあった

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※松尾峠に登る遍路道の入口

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※登り始めてすぐにお遍路休憩所があった

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※松尾峠を目指して遍路道を歩く

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※同上

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※同上

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※同上

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※同上。古い石垣があった

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※松尾峠の遍路小屋

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※同上

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※遍路道は採石場の中を通っていく

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※遍路道は更に続く

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※同上

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※庚申堂に出て、松尾峠越えの遍路道が終わった

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※宇和島の町が近づき、山が黄色く染まっていた

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※宇和島城を見学

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※同上

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※同上。天守からの眺め


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四国歩きお遍路(23) 愛南~40番観自在寺~津島

愛南町のビジネスホテルを6時30分に出発。
今日は海岸線に沿って28㎞を歩くコースなので、宿のチェックインまで時間調整をしながらのんびりと行くことにする。

国道56号線から40番観自在寺がある旧城辺の町に入る。

町並みは、昭和時代にタイムスリップしたようなレトロな雰囲気。
10年前に訪ねた頃と、あまり変わっていないことに驚く。

そのまま映画のロケができそうな風景を味わいながら観自在寺へ。

マイクロバスのタクシーが3台、歩く私を掠めるように寺に続く参道に入って来て、駐車場に滑り込むと、あれよあれよと10数人の団体遍路を吐き出した。

まだ8時前なので、静かな参拝ができるかと思ったが、さにあらず。

境内では鐘が何度も突かれ、本堂の前は大音量の読経となった。
しばらくそれを眺めて、団体遍路が大師堂に移動したのを見計らって、ゆっくりと本堂、続けて大師堂を参拝した。

急いでいるのか、団体遍路は嵐のように去っていった。
彼らは一日にいくつの寺を回るのだろうか。
時間に追われて、まるで流れ作業のように回っているのだろうか。

寺の境内をゆっくり散策する余裕がないのは、なんとも勿体なく思う。

先月、徳島の寺で会った外人遍路が、日本人は寺でゆっくりすることもなく、参拝したらすぐに次の寺に向かう…と言っていた。

まったく同感。
そして、私にとっても耳が痛い。

昨日会ったカナダ人の青年が、境内の池の鯉や手入れされた庭木や花を、じっくりと眺めていたのが印象的だった。

せっかくの歩き遍路だ。
これから先は、歩く過程を楽しむ以上に、霊場の雰囲気もじっくりと味わおうと思う。

観自在寺を出てからは、交通量が多い国道56号線を歩くだけの行程となった。

愛南町の菊川に入ると、みかん畑が斜面に広がり、無人販売所には、今が旬の「河内晩柑」が並んでいた。

2個100円の一袋を購入。
高知では「文旦」が一袋5~6個入っていたので、重いのを敬遠して手が出せなかったが、2個ならちょうど良い。

海を眺めながら食べたが、グレープフルーツのような苦味もなく、甘味と酸味が絶妙で、美味かった。
もう一個は、明日の行動食に取って置こう。

遍路道は、柏集落を起点に、柳水大師から清水大師を辿る山コースと、そのまま国道56号線を行く海岸コースに別れる。

山コースが本来の遍路道なので、食指が動いたが、予約した民宿が海岸線を行く国道沿いにあるため、山コースを見送ることにした。

あえて山コースを歩き、民宿に行くことも考えたが、往復8㎞のアルバイトになるため、まぁ、仕方がない。

頭上を照りつける日射しに辟易しながら、海岸コースを歩く。
入浴施設もある快適そうな須ノ川キャンプ場を過ぎ、針木の集落を回り込むと、予約した民宿に着いた。

女将さん曰く、この宿はお遍路さんが多く泊まるそうだ。
今日、買い出しに城辺まで行ったところ、私を含めて、3人の歩き遍路を見たという。(私もしっかり目撃されていた・笑)

私は、本日も一人の歩き遍路にも出会わなかった。

愛媛に入ってから2日。
高知であれほど見かけたお遍路は、どこにいってしまったんだろう。

ともあれ、明日も歩くのみ。

◼️2023年4月21日 愛南~40番観自在寺~津島
◼️40359歩 26.23㎞
◼️曇りのち晴
◼️民宿西遊漁センター

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※国道56号線に向かう

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※こんな鯉のぼりがあった

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※旧城辺町で。これは酒蔵でしょうか

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※旧城辺の町並み。昭和時代を彷彿とさせる

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※同上

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※同上

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※40番観自在寺の参道

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※同、山門

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※同、本堂

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※同、境内

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※国道56号線を行く

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※時折出てくる目印

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※河内晩柑の無人販売所で一袋購入(100円)

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※国道56号線は海岸線に沿って伸びている

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※国道56号線からの風景

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※今日のランチ

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※河内晩柑。甘くて美味かった

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※歩行者専用トンネルがある内海ふれあいトンネル

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※同、915メートルのトンネルを歩く

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※延々と海の風景が続く

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※こんなポスターがあった

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※針木の漁村風景

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※同上

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※民宿に到着

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※民宿の夕食。ガッツリ食べた

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