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飛騨高山へ~ダイコンの収穫

中山道の歩き旅を終えてからしばらくは何も手をつける気がせず、ほんやりと過ごしていました。
ここ一週間は気温が急降下し、11月中旬の寒さ。
朝夕のウォーキング以外は外出もせず家にこもる毎日でした。

これではいかん…と思って、気分転換も兼ねて飛騨高山にあるカミさんの実家に帰省することに。

いつもならドカーンと見える乗鞍岳は、どんよりとした雪雲をかぶって望めず。
今にも雪が舞いそうな肌寒さの中、畑へ。

キュウリやナス、ゴーヤ、トマト、ししとうなど、夏にあれほど収穫できた野菜たちは消え、畑に実るのはネギと白菜、ダイコンの冬野菜たち。

中腰になって、「えぃ、やー」とダイコンを引っこ抜きました。
コツを掴めば、それほど力を入れなくてもあっけなく抜けます。

気持ちの良い晩秋の風景に囲まれて、久しぶりの汗をかいたひと時でした。

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[ 2021/10/25 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

映画『燃えよ剣』を観た

封切と同時に『燃えよ剣』(原田眞人監督)を観てきた。
コロナ禍の影響で公開が2年も延びたいわくつきの作品である。

司馬遼太郎の原作はずいぶん昔に読んだので、ストーリーを大方忘れていたが、思い出しながら楽しむことができた。
ただ、3時間近くの上映時間は長く、内容的にも冗長のきらいがあったように思う。
さらに、血なまぐさい殺陣のシーンが続くのもちょっとばかし閉口。
クライマックスの池田屋事件については相当な時間を割いていたし。

土方歳三や近藤勇は多摩の百姓の出なので、武士になり切れない野暮ったさや下品さがあったという。
それを意識してか、歩き方や言葉使い等の細かい描写など泥臭さがよく出ていたと思う。
また、幕末の雰囲気を伝える町家が並ぶ京都市内や東本願寺、清水寺、東寺、御所、二条城、五稜郭など見慣れた風景がロケ地として出てきたのもうれしい。

細かい点では、新撰組では浅黄色のダンダラ羽織が廃止された後、いわゆる黒装束を着ていたとされており、このあたりの経緯についても描写されており、映画作りのこだわりを感じた。

さらに、鳥羽伏見の戦いや函館戦争の合戦シーンのエキストラの数も半端ではなく、迫力満点。
幕末の争乱を見事に再現してくれたと思う。

新選組が暗躍し、土方や近藤が男を上げた時代は振り返ってみると、つい140年前。
しかし時は流れ、血で血を洗う維新の革命があったことすら感じさせない文明の発達した今の世に、男たちを熱くさせる奔流を感じるものはなにもない。

さてこの映画、
これまで数多く作られてきた新選組や土方歳三を主人公とする作品の中では、文句なしに秀逸の仕上がりになったと思う。

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[ 2021/10/16 ] 映画 | TB(0) | CM(0)

中山道徒歩の旅【後半戦9】浦和~日本橋

塩尻からスタートした9日間かけた旅も今日で終わる。

気温は朝からぐんぐん上がり、7時の時点で24度。
東京では30度超えになるらしい。

浦和駅前のホテルを出て、駅へ急ぐ通勤のサラリーマンを尻目に逆方向にしばらく歩くと調神社。
ウサギが眷属という珍しい神社で、なるほど、鳥居を挟んで狛犬ならぬカワイイウサギが鎮座していた。
ここまで無事に歩いてきたことを感謝し、参拝。

六辻を過ぎると埼玉県最後の宿場、蕨宿となった。
日本橋から数えると3つ目だが、逆に歩いている私からすると67番目。

蕨は町全体で中山道を盛り上げている気概を感じる。
通りにはタペストリーが下がり、マンホールの蓋は中山道仕様、更に側溝の蓋にも『わらび宿』の文字を入れるなど念の入れようだ。
同じ埼玉県でも道標さえほとんど整備されていない深谷や大宮、浦和などと比べるとかなりの温度差を感じる。
中山道は手軽に歴史を体感するウォーキングが楽しめることができる財産なので、整備や観光案内などを自治体だけに任せず国ももう少し支援したらよいかと思う。

蕨宿から荒川に架かる戸田橋を渡ると東京都板橋区。
京都から数えて7つ目の県境を越えた。

志村の一里塚跡は都心には珍しく、道路を挟んで塚が築かれていた。
塚のすぐ傍らには竹細工や籠、箒などを売っているレトロなたたずまいの店があり、周りの風景とのギャップが凄い。
そこだけがまるで昭和の時代にタイムスリップしたようで、とても東京とは思えない異空間であった。

板橋宿は商店街の中を通り抜けあっという間に通過し、巣鴨商店街に突入。
途中に新選組の近藤勇の墓があるが、気づかなかった。
近藤の墓は分骨したのが全国にいくつかあるようだが、板橋刑場で処刑されたのが激動の人生の最期となっており、そのゆえんだろうか。

巣鴨のとげぬき地蔵で参拝をし、ゴールの日本橋に向けて最後のひと踏ん張りとなった。
途中、東京大学赤門前の中華料理屋で昼食。
さすがに国際色豊かで、東大の学生だろうか、店内には早口でまくし立てる中国語がうるさく飛び交ってぃた。

右足にできたマメは痛いのを通り越してマヒしている状態で、日本橋までのあと数㎞を考えたらどうでもいい。
痛みがどうだろうと、あとはひたすら歩くのみだ。
しかし、気負いのタガが外れたのか、神田駅を過ぎ三越が見えてきたとき、思い出したようにマメの痛みを強く感じた。

14時ちょうどに日本橋に到着。
東京市の道路元標複製を撮影し、麒麟像に触れたが、最後の最後に五街道の起点となる『日本国道路元標』のプレートを踏み忘れるというへまをやった。
この次の東海道ウォーキングのチャレンジまでとっておいてやろうと思う。

9日間の旅は最後まで体が歩くことに順応できず、毎日疲れを残していた。
宿に入るとぐったりで、ブログを更新する作業も精いっぱい、早々に床に就いていた。
後半はマメの痛みと暑さに耐える歩行となったが、それでも日本の今の風景を眺めながらの一年ぶりの歩き旅は、何かしらの心の解放感を得ることができたように思う。

コロナ禍に翻弄され、二年越しで楽しんだ中山道534㎞の旅が、ようやく終わった。

◼️2021年10月11日 埼玉県さいたま市~東京都中央区
◼️35689歩 23.19㎞
◼️晴れ

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※浦和宿調神社

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※同上。鳥居の脇には狛犬ではなくウサギがあった

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※同上

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※浦和~蕨間にある辻の一里塚跡

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※蕨宿に入った

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※蕨宿

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※同上。古い建物も残っていた

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※同上

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※蕨宿仕様のマンホール蓋

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※側溝の蓋まで中山道を宣伝する念の入れよう

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※戸田。荒川を渡る橋の欄干には渡し船の彫刻があった

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※戸田橋。荒川を渡り、東京都に入った

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※志村の一里塚。都心には珍しく左右2基の塚があった

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※同上。レトロな商店。そこだけが昭和時代にタイムスリップしたような雰囲気

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※商店街を通る板橋宿の出口(日本橋からは入口)。中山道の標識がある

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※巣鴨の猿田彦庚申塚

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※巣鴨商店街に向かって歩く

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※巣鴨商店街。平日とあって人通りは少なかった

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※同上。なんだかよく分からないバス。巣鴨は赤がイメージカラーなのか、赤いパンツを専門に売る店もあった

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※とげぬき地蔵

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※東京大学赤門

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※赤門前にある中華屋で昼食。黒酢豚定食(900円)餃子は6個あった(笑)

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※14時、日本橋にゴール

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※日本橋にある東京市道路元標

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※次に日本橋をスタートするのは東海道のチャレンジ。待ってろよ!!!

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中山道徒歩の旅【後半戦8】鴻巣~浦和

二泊した熊谷を離れ、昨日ゴールした鴻巣駅に戻る。
予報では今日は暑くなるようだ。

振り返ってみると、8日前に塩尻をスタートしてからずっと半袖シャツで歩いている。
長袖は使わずじまい。明日はさらに気温が上がり、東京では30度になるという。

今日のコースとなる鴻巣から浦和までの26㎞は県道164号線を真っ直ぐに南下するだけなので、道に迷うこともなさそうだ。

桶川宿は古い商家や本陣跡も残っており、都心にあって中山道らしさを実感できる。
中山道に特化した観光案内所もあり、ボランティアスタッフの方としばし雑談。

コースを詳しく掲示した地図を参考に、昨日の深谷から熊谷の間で道を外れてしまったことを検証してみたが、ついぞ分からなかった。
スタッフの方も道標がほとんどないので迷いやすいとおっしゃっていた。

上尾宿を過ぎ、南方神社と加茂神社を通過。
大宮駅に近づくに連れクルマも人も多くなってきた。

苦しいがマスクを着けて歩く。
今でこそコロナの感染者数は首都圏では二桁になったが、ついひと月前は第五波の影響で天井知らずの数値だった。

それにしても日本人の真面目さには感心する。
誰一人としてマスクを着けていない人はない。
ワクチン接種率が更に上がれば、収束もみえてくるだろう。

歩道を行き交う人の群れの中を泳ぐように浦和宿に向かう。
氷川神社の入口にある常夜灯を過ぎるとけやき並木となった。
中山道を歩いていくなかで、この数日でも松、杉、そしてけやきと見せてもらった。
江戸時代からあったかどうかは分からないが、こうした並木は旅人の心を和ませてくれたのだろう。

泊まるホテルが見えてきた。
マメの痛みは相変わらずだが、なんやかんやでここまで歩いてきた。

当初は日本橋からそのまま東海道を進むことを目論んでいたが、旅が進むに連れモチベーションが萎えてしまった。
東海道はまたの機会にチャレンジしたい。

さて、日本橋まであと一日。
明日も頑張りたい。

◼️2021年10月10日 埼玉県鴻巣市~さいたま市
◼️42055歩 27.33㎞
◼️浦和ワシントンホテル
◼️曇り時々晴れ、一時雨

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※浦和宿の手前にある旧北本宿の道標

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※桶川宿には案内所や案内板があり、中山道が町起こしの一環となっていた

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※桶川宿の中山道案内所。スタッフが丁寧に対応してくれる

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※桶川宿。古い旅館もあった

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※上尾宿の氷川鍬神社

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※上尾宿の石仏

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※上尾宿の道祖神

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※大宮宿の塩地蔵

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※氷川神社と常夜灯。

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※けやき並木。浦和も近い

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※不動の石仏があった。浦和宿

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※古い酒屋に残っていたホーロー看板。


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中山道徒歩の旅【後半戦7】深谷~鴻巣

小雨模様の朝を迎えた。
熊谷駅から昨日ゴールした深谷駅に戻る。

駅前にある観光名所の案内板を見ると、渋沢栄一ゆかりの名所は出身地の血洗島周辺に集まっており、中山道からは距離があるので残念だがパスし、そのまま熊谷宿に向かうことにした。

中山道は国道17号線の東側を大きく回り込むように続くが、案内板や道標はほとんどなく、面倒だがスマホの地図アプリで確認しながら進む。

しかし途中で間違ったのか、気づいたときには大きく道を外れてしまっていた。
距離にして約2㎞。今さら戻るに戻れない。
どこで間違ったのか分からないまま、旧国道ではなく、国道17号バイパス方面に歩いてしまったようだ。
中山道を忠実に歩かなければならないと大口を叩いておきながら、約束破りの根性なしである。
軌道修正にさらに1㎞費やし、中山道に戻ったが、相変わらず道標もないので、地図アプリだけが頼りだ。

朝出発した熊谷駅の線路を跨ぎ、中山道は荒川に沿って進んでいく。

途中で荒川の堤防に上がり、クルマの乗り入れができないことをいいことに、のんびりと風に吹かれて歩く。

私の傍らを自転車野郎が凄い勢いで走り抜けていく。
そうか、彼らはこうした場所でトレーニングしているのか。
案外、私のような歩き旅にはクルマより怖い存在のようにも思う。

堤防から吹上駅に向かう分岐には立派な道標があった。
今日初めてのまともな案内板である。
降りた場所にはお堂のなかに権八地蔵が鎮座していた。

ここからは分岐に道標もあり、間違うことなく吹上駅前を通過。

しかし、途中で激しく雨が落ちてきて、傘をさし、ザックカバーを着けて歩く。
雨は降ったり止んだりを繰り返すが、気持ちが悪いくらいの蒸し暑さだ。

熊谷は国内でもトップクラスの暑い町として有名だが、10月にこの暑さはたまらない。

さらに追い討ちをかけてくるマメの痛み。
右足は一歩置く毎に脳天までしびれるようにジーンと響く。
こんな状態でどこまで行けるのか。
雨にやられ、マメにやられ、モチベーションは落ちる一方。
そういえば、昨年の縦断の旅でも同じようにネガティブ思考に支配されていたことを思い出す。
今後の行程を考えて、今日は鴻巣駅まで頑張ることに決め、後の6㎞を踏ん張ることにした。

鴻巣までの中山道は歩道もないので、ザックに自転車用の赤色点滅ライトを着けて歩く。

背後から来るクルマのドライバーは気づいているに違いないが、それでも私の横をスレスレで通過していく輩がいる。

今さら歩道を設置することはできないが、だとしたら運転マナーを向上させるしかないだろうか。

どっちにしろ、日本の道路は歩行者には優しくできていないことが腹立たしい。

15時30分、今にも雨が落ちてきそうな空の下、JR鴻巣駅に到着。
残りは大宮宿まで20㎞、日本橋まで50㎞である。

後2日、ゴールがようやく見えてきた。

◼️2021年10月9日 埼玉県深谷市~鴻巣市
◼️43771歩 28.45㎞
◼️東横イン熊谷駅北口
◼️曇り時々雨

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※1966年に東京駅に似せて造られた深谷駅。昨日のゴールが今日のスタート

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※深谷宿で見つけた巨大な蔵

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※深谷宿の入口にある常夜灯。中山道の全行程のなかでもトップクラスの大きさ

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※優しい顔の石仏があった

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古墳のようだ。この段階ですでに道を外れていたかもしれない

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※今日のにゃんこ

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※吹上を目指して、風に吹かれて荒川の土手を歩く。

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※今日、初めて見つけたまともな道標

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※権八地蔵

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※新しい家屋の前に馬頭観音があった

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※中山道の道標が分岐にあった。間違えることはなく安心

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※氷川神社


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中山道徒歩の旅【後半戦6】高崎~深谷

けたたましく鳴る携帯の警告音で起こされた。
地震は不安を増長するように、長く揺れた。
寝入りばなである。
すぐにテレビをつけると、震源地は埼玉県南部であるという。
しかし現金なもので、疲れていたのか、余震の心配をよそにすぐに寝入ってしまった。

朝起きてニュースを観ると、高崎の震度は3だった。
いずれにしても、旅先の災難だけはごめんだ。ホテルの建物と心中はしたくない。

今日は40㎞先の熊谷に宿を確保したので、行けるところまで歩くつもりだ。

ホテルがある高崎駅前から中山道に戻り、上信電鉄とJR信越本線、更に上越新幹線の高架を渡る。
通勤や通学の人々が行き交う旧中山道を黙々と歩く。

早くも汗だく状態。
予報では季節外れの気温が30度近くになるらしい。
ちなみに明日は気温がぐっと下がるということなので、毎日が目まぐるしく変化するジェットコースターのような寒暖差である。

倉賀野宿が近づくと松並木が続く道となった。
集団で登校する小学生の列と挨拶を交わしながら進んだ。
暑いのにマスクは可哀想だが、このご時世ではしかたあるまい。

私は人とすれ違うときにマスクを着けるが、歩き旅でマスクを着けっぱなしは考えられない。
即、熱中症で救急搬送されそうだ。
どっちにしても面倒な世の中になったものだ。

ドラッグストアになっている本陣跡を過ぎ、常夜灯がある二俣に出ると倉賀野宿は終わり。
中山道らしい雰囲気もほとんどなかった。
これは次の新町宿や本庄宿も同じだった。
思っていた通り、都心に近づくに連れ、江戸時代の街道の名残りは薄れていくようだ。

県境を越え埼玉県に入ると、暑さもピークになってきた。

本庄宿を過ぎて出てきた八幡神社はまさに砂漠のオアシス。
涼しい風が抜ける賽銭箱がある社殿で、ザックを枕にしばしまどろんだ。

汚れてテーピングだらけの裸足を向けてしまったので、神社にひとときのお礼とお詫びを込めて、少しばかしお賽銭を奮発した。
これでバチは当たらないだろう。

深谷が近くなったからか、中山道はネギ畑の風景のなかを通り抜けていく。
深谷といえば渋沢栄一だが、中山道沿いには彼にちなんだ名跡があるのか、興味をもって歩いたが、深谷駅前まで三軒の酒蔵を除いては何もなかった。

さすがにこの暑さではもう歩く気が起こらず、今日はここまでとする。
明日は熊谷から戻ってこの続きとしたい。

愛知県の明治村にあるようなレンガ造りの巨大な駅舎の深谷駅から高崎線に乗車。

日焼けして火照っている顔や腕は、今日の闘いの勲章である。
大袈裟だが、汗だくの体や痛むマメも同じ。

今夜は、ゆっくりと風呂に浸かって労ってやろう。

◼️2021年10月8日  群馬県高崎市~埼玉県深谷市
◼️45011歩 29.25㎞
◼️東横イン熊谷駅北口
◼️晴れ

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※倉賀野宿の脇本陣

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※倉賀野宿の石仏

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※倉賀野宿の常夜灯

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※県境を越え埼玉県に入った

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新町宿を過ぎ、コスモスが咲き乱れる古墳があった

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本庄宿の近くで見つけた石仏

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※お世話になった八幡神社

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※深谷が近づくとネギ畑が出てきた

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※小山川に架かる滝岡橋を渡った。花崗岩で造られた歴史がある橋。

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※今日のアイドル

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※深谷宿の菊泉酒造

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※同上

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※深谷宿。こちらも酒蔵だろうか

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※まるでテーマパークのような深谷駅

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中山道徒歩の旅【後半戦5】横川~高崎

高崎発6時58分の横川行に乗車。
通学電車なのか、高校生で混んでいる。
30分後、終着の横川駅で降りたのは私一人だった。

霧雨のような、気持ちまで憂鬱になる辛気臭い雨が降っている。
待合室で雨具を着ながら空を見上げた。
駅前には峠の釜飯で有名な『おぎのや』があり、ここで昼飯の駅弁を調達するつもりだったが、時間外なのか売店には人影がなかった。

中山道は駅の北側の旧道に続いており、ゆっくりと歩き出す。
しかし、雨が少し強くなったことを合図に折り畳み傘を出し、足を速めた。

上信越道の高架を潜ると松井田宿。
自転車に乗った二人のツーリストに会った。
中山道は外国人にも人気なのだろうか。
そういえば、昨年も岐阜県内を自転車で旅をしている金髪女性に会った。

松井田宿は多くの商店が軒を並べ、それなりの規模を誇っているが、その反面、古い建物は少なく、あまり見所もなかった。
中山道は人が少ない山間部にこそ価値がありそうだ。

妻籠や馬籠、奈良井といった木曽路の集落はまさに国宝級である。
これから日本橋がある首都圏に向かうにつれ、江戸時代の名残りを探す楽しみも半減するだろう。
いっそのこと、中山道を外れて最短距離で東京に向かうか。

いかん、いかん。

今回の旅は中山道をはみ出すことなく忠実に歩くことを肝に命じているのだ。
1センチたりとも横着はできない。
頑なくらいがちょうどいいのだ。
…と思いつつ歩いていたら、松井田宿から安中宿に向かう途中で大きく道を外れてしまった。
気づいたときには500メートルも逸れてしまい、往復1㎞の無駄な作業となってしまった。
今日のコースは道標も少なく、肝心なところで間違えるという不甲斐なさだ。
もっと動物的な感を働かせねばならない。

安中宿で店を見つけて昼食といきたかったが、まったく見あたらない。
塩尻を出てから昼はずっとコンビニで済ませていたので、新そばなんぞにありつければ最高である。
しかし、店がない。
空腹に勝てず、非常用で持っているお煎餅をパリパリやりながら歩いた。

そして国道18号線にでてようやく見つけたのが、ラーメン屋。
血糖値を気にしているのに、ラーメン+チャーシュー丼という禁断の黄金コンビを食べてしまった。
店名も『ばりきや』。
これで、馬力が出たら最高だ。

天気が回復したようだ。
安中から板鼻宿を過ぎ、さらに南下していく。
高崎名物のだるまを作っている作業場や店が、目立つようになってきた。

しかし、体には異変が…。
恐れていた、脳天に突き抜けるようなマメの痛みが襲ってきた。
歩道に落ちているほんの小さな石を踏んだだけで、まるで生け花で使う剣山に足を乗せたような痛みと形容しようか。
昨年の縦断の旅でさんざん悩ませてくれた、あの痛みである。

休むたびに靴下をぬいでチェックし、マメの水疱の水を安全ピンで抜き、カットバンとテーピングを施す。
これがなければ旅も最高なんだが…。

高崎宿の諏訪神社前から高崎駅に向かい、駅前のイオンで晩ごはんを買い出し。
15時、連泊となったホテルに入った。

雨から曇天、マメの痛みに苦しんだ一日となったが、明日は天気も回復するようだ。

いよいよ首都圏、埼玉県に突入である。

◼️2021年10月7日 群馬県松井田町~高崎市
◼️42797歩 27.81㎞
◼️セントラルホテル高崎
◼️小雨のち曇り

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※横川の町を抜け国道に出た。天気がよければ妙義山が見えるはずたが…

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※こうした石仏はまだ残っている。

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※松井田宿近くで

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※久しぶりに見つけた、水原弘のハイアース

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※国道沿いにペットボトルの「墓場」があった

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※安中宿が近づくと杉並木が出てきた

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※安中宿を歩く

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※同上

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※同上

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※昼飯はがっつりいった

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※旅にでて5日目、マメに苦しむようになってきた

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※高崎はだるま製造で有名

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※高崎宿の岡醤油醸造元

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※高崎宿。レトロな建物が残っていた

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中山道徒歩の旅【後半戦4】佐久~横川

中山道いちばんの難所、碓氷峠を越える日。
パーカーを着込み、白く霞む冷たい霧のなかを出発。

小田井宿までの30分は寒いので足早に歩く。
高札場や本陣跡は残っているが、肝心の公衆トイレがない。
ホテルで済ませてこなかったので、ちょうどもよおしてきたのだ。

我慢大会のごとく御代田駅の南にある龍神公園までさらに20分踏ん張って歩く。
どうにか間に合い、ほっと胸を撫で下ろした。
昨年の日本縦断の旅でもトイレについてはずいぶん苦労した。
歩き旅のネガティブな部分だろう。

御代田から追分宿までの約6㎞は緩い登り坂がこれでもかと続く。
自分にはまったく縁がない、いかにもお金がかかっていそうな別荘の群れを横目で見ながら脇本陣や油屋跡を歩く。

堀辰雄記念館は開館時間前で見学することができなかったのが残念だ。
堀辰雄は高校時代に貪るように読んだ作家。今思うと、あんなセンチメンタルな物語をなんで夢中になっていたのかさっぱり分からない。
きっと純愛に憧れるどこにでもいるうぶな少年だったんだろう。

追分宿から中軽井沢を過ぎ、雑踏と喧騒の軽井沢に突入。
佐久のホテルを出てここまでちょうど20㎞である。
中山道は悪名高き軽井沢銀座を通っており、平日にも関わらず、人の波に辟易しながらマスクを着けて足早にくぐり抜けた。

さて、ここからが本番である。
碓氷峠への遊歩道に入る。
しばらくは快適な幅広の整備された道だったが、やがて広葉樹の森の中を縫うように続く登山道となった。

快適な登山道を黙々と登り、人の声が聞こえるようになった頃、碓氷峠の見晴台に到着。

峠には神社や力餅を売る茶屋があったりして意外に人臭い。

せっかくなので、神殿が長野県と群馬県の両方にまたがる熊野神社に参拝。
私の体の左半分は長野県、右半分は群馬県というなんとも危うい参拝をした。

ちなみにお賽銭はこれから下山でお世話になる群馬県側の賽銭箱に入れた。
ついでに同じく県を跨いだ場所にある茶屋『しげのや』に立ち寄り、名物の力餅(黒ごま)を食した。

腹ごしらえを終えて、いよいよ坂本宿を目指して峠を下る。
すぐに急勾配の登山道となった。
私は下り方向なので足元に注意してリズミカルに下るが、これを登りでやるのは大変だろう。

坂本宿までは8.5㎞の下りとなったが、登山道は狭く石がゴロゴロとしているところも多く、靴底が薄いウォーキングシューズなので足の痛みが辛くなってきた。

途中の森のなかで、至近距離でニホンカモシカと遭遇。
ほんの3メートルの距離なのに、ヤツは逃げることもなく、しばらくの間にらみ合いになってしまった。
思わず突進されるかと思ったが、ゆっくりと視線を外して胸を撫で下ろした。

8.5㎞を下り切り、ようやく道路に出た。
碓氷峠は登りから下りまで、カモシカに遭遇した以外は人に会うこともなく、静かな歩きを楽しむことができた。

休憩所で痛む右足をチェックすると、小さなマメが3つ。
急な下りで痛めたのか、親指の爪は両足とも剥がれかけている。
痛いわけである。

こんな状態で明日からの行程が踏ん張れるだろうか。
応急措置をし坂本宿に向かって下るが、足の痛みは仕方がないと諦め、最後の人踏ん張りを楽しむように歩いた。

今日の締めは、JR横川駅から乗車し、高崎駅前のホテルに投宿。
明日は再び横川駅まで戻って高崎宿を目指す。

後半戦になった歩き旅、無心に楽しむことができたらいうことない。

◼️2021年10月6日 長野県佐久市~群馬県松井田町横川
◼️51802歩  33.57㎞
◼️セントラルホテル高崎
◼️雲り時々晴れ

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※小田井宿近くで見つけた石仏

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※追分宿に向かう途中には馬頭観音があった

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※追分宿に入る

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※高札場跡

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※借宿の遠近宮。在原業平の歌にちなんだ神社

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※中軽井沢宿近くで

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※軽井沢銀座。ここを中山道が通っている

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※碓氷峠の登り。森の中を快適に登る

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※碓氷峠見晴台からの群馬県側の展望

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※碓氷峠の熊野神社。鳥居を境に県境にまたがって建っている

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※同上。私は右の群馬県の賽銭箱に入れた

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※峠の茶屋で名物の力餅を食べる(500円)

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※碓氷峠から坂本宿を目指して下る。足元が悪い急な坂。

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※アサギマダラ

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※可愛いコイツとしばしにらめっこ

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※坂本宿に入った

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※坂本宿を歩く

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※同上

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※横川駅の近くで

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※ホーロー看板屋敷も健在だった

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※本日のゴール、横川駅の前にある峠の釜めしの『おぎのや』

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中山道徒歩の旅【後半戦3】長久保~佐久

吐く息がわずかに白い。
思いのほか冷え込んだなか出発。
腰と右足には痛みが残っているが、なんとかなりそうだ。

国道142号線に出たところでコンビニを見つけ、昼食のおにぎりとバナナを購入。
ついでにホットコーヒーも。この旅初めてのコーヒーにありつくことができた。

泊まった民宿はなかなかのサービスぶりで、洗面用具、タオル、パジャマは有料。更に食器の片付けまでさせられた。

これで一泊二食で9500円。
競争がないとはいえ、実にいい商売だ。
私にお金とその気があったなら中山道沿いに小さな宿をやってもいいくらいだ。
きっと儲かるに違いない(笑)。

長久保宿を過ぎたところで、パーカーを脱ぐ。
今日も季節外れの暑さになりそうだ。
ダラダラと続く緩い坂道を登ると笠取峠。

国道を一気に下ると松並木となった。
天然記念物に指定されているアカマツ並木が1㎞ほど続く景観は今回の旅の白眉といっても良いくらい素晴らしい。
道祖神や名もなき石仏も目を楽しませてくれた。

芦田宿を過ぎ茂田井間の宿を歩く。
白壁の酒蔵が軒を並べる静かな町並みである。

アサギマダラがゆらゆらと舞っている。
手が届くくらいの高さを優雅に翔ぶ姿に心が和む。
羽にマーキングは確認できなかった。

続く望月宿には映画『八つ墓村』のロケ地となったレトロな旅館や石仏群もあり、苦行のような季節外れの炎天下の歩きを忘れさせてくれた。

八幡宿から千曲川を渡り塩名田宿に入ると浅間山がこれ以上ないくらい大きく雄大になった。
刈り取り真っ盛りの田園風景に赤く色づいたリンゴ畑が目に鮮やかだ。

風景は素晴らしいが、それにしても暑い。
朝からペットボトルを三本空にした。
佐久の岩村田宿まであと数㎞だというのに、1㎞毎に腰を下ろしてしまう体たらく。

朝の寒さはなんだったのか。
この暑さが、老いぼれの我が身の少ない体力を奪っていく。

16時、佐久インターの近くで晩ごはんを買い込み、ホテルに投宿。

ようやく暑さから解放された。

◼️2021年10月5日 長野県長門町~佐久市
◼️44902歩 29.18㎞
◼️AZホテル佐久インター
◼️晴れ

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※長久保宿を歩く

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※空き缶の二次利用。これは凄い!

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※笠取峠を下ると松並木が出てきた

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※松並木には石仏も佇んでいた

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※山の稜線がきれいに見えた。田園風景も素晴らしい

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※坂道が多い芦田宿を歩く

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※同上

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※茂田井間の宿。白壁の酒蔵が軒を並べる

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※望月宿の春美屋。下駄の看板が有名

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※望月宿。『八つ墓村』のロケ地となった旅館

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※望月宿。石仏群

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※八幡宿に向かう途中にあった道祖神

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八幡神社。社殿の彫刻が素晴らしい

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※同上

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※同上

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※千曲川を渡った

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※塩名田宿付近

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※浅間山が大きく迫ってきた

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※岩村田宿が近づくとリンゴ畑が多くなった

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※岩村田宿の道祖神

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中山道徒歩の旅【後半戦2】下諏訪~長久保

二日続きの快晴の空を仰ぐ。
ホテルから国道に出るとクルマが列をなして過ぎていく。
下諏訪の町のいつもの通勤風景が始まったようだ。
今度は通学の自転車に乗った女子高生が坂道を転がるように凄いスピードで走っていく。
うかうかしてたら跳ねられそうだ。

一晩寝たら腰はいくぶん良くなったようだ。
このまま治って欲しい。

諏訪大社下社春宮に立ち寄り、複雑な彫刻が施された社殿を仰ぎ、旅の安全を祈った。
ついでに万治の石仏に道草。
「よろずおさまりますように」と願掛けながら時計回りに石仏を3周し、最後に「よろずおさまりました」と呟く。
これで願掛けはうまくいった(笑)。

さて、ここからが本番である。
中山道は国道142号線に付かず離れず坂道を登っていく。
諏訪大社の御柱祭りの会場となる木落とし坂を過ぎ、交通量が多い国道をひたすら登る。

右足のむこう脛が鈍く痛む。
昨年の日本縦断歩き旅で痛めた同じ箇所だ。
痛みに耐えられず秋田県でリタイヤしてしまった厭な記憶がよぎった。
大事をとって少し長く休憩し、湿布を貼ってロキソニンを飲んだ。

戊辰戦争で散った水戸藩士を奉った浪人塚を過ぎると山道になり、鬱蒼とした森を縫う急登が続いた。
和田峠(古峠)までの3㎞の登りが苦しい。
何度も立ち止まりながら息を整えて登る。
登山をやっていた10年前だったら何でもない登山道だったと思うが、さすがにきつい。

(そうだよな~来月63になるもんな)
もう若くないし、体力も気づかないうちになくなっているのだ。

汗を滴らせてようやく和田峠に出た。
しんどいはずだ。振り返ってみると、下諏訪宿からの12㎞はずっと登りだった。

峠からの下りは快適そのもので、明るい針葉樹の森をのんびりと下った。
途中でご老人に出会うが「峠はまだですか?」と私に尋ねる姿が苦しそうだった。
「まだ少しありますが、ゆっくり歩いてください」と返す。

コース的には私がたどった下諏訪宿から和田宿に向かう方がはるかにきついと思う。
幕末の和宮の江戸入りは苦難の旅だったのではないだろうか。

和田宿はホーロー看板探しで訪れたことがあるが、コロナの影響もあってか、和田宿の本陣は休館中で見学はできなかった。
その分、路傍の石仏や道祖神を撮影しながら歩く。「ミミズの道祖神」もあった。

クスリが切れたのか、再び痛み出した右足をかばいながら先を急ぐ。
厄介なことにならなければいいが…。

半袖の肌がひんやりした空気に触れるようになった頃、長久保宿の近くにある民宿に16時到着。

9時間、30㎞の長い一日が終わった。

◼️2021年10月4日 長野県下諏訪町~長久保町
◼️46725歩 30.37㎞
◼️民宿みや
◼️快晴

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※下諏訪宿の温泉街

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※下諏訪宿本陣跡

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※下諏訪宿は坂道が多い

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※同上

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※下諏訪宿は古い民家も多く残っていた

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※諏訪大社下社春宮

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※万治の石仏。願いが、叶うか?

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※道祖神があった

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※木落とし坂。御柱を下の道路めがけて落とす

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※中山道は国道に出たり、山に入ったりして登っていく

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※和田峠への苦しい登りにあった一里塚。

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※和田峠(古峠)を登り切った

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※和田峠で。お地蔵様が鎮座していた

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※和田峠からの下りは快適な道となった

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※三十三体観音

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※双体道祖神

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和田宿で見つけた道祖神とホーロー看板

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※和田宿に向かう

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※刈り取りを待つ田園風景

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※和田宿を歩く
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※和田宿高札場跡

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※和田宿本陣

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※和田屋を歩く

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※映画のセットのような和田中学校

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※和田宿の外れに一里塚があった

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※ミミズの道祖神

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※馬頭観音

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※長久保宿も近い

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中山道徒歩の旅【後半戦1】塩尻~下諏訪

今日から中山道の旅を始める。
233㎞を歩くひとり旅。
長距離の歩き旅は昨年の11月以来だ。
歩ききることができるだろうか。
どんな旅になるだろうか。
期待と不安が交錯するが、のんびりと楽しんで歩きたい。

中津川から松本行きの普通電車に乗り継ぎ、11時52分に塩尻駅に到着。
ここをスタートに東京日本橋までの長い旅が始まる。

カミさんが持たせてくれた、栗ご飯のおにぎりを駅前のベンチで頬張る。
これ以上ない秋晴れのなか出発。

塩尻市内から国道153号線を2㎞ほど歩くと塩尻宿に着いた。
思ったほど古い建物は残っていないが、柿沢集落の手前あたりから雰囲気も良くなってきた。
永福寺には仁王門がある山門や観音堂もあった。

長野自動車道を横切り、勾配がきつくなった坂道を汗を滴らせて登る。
息が切れる。
出発間際の昨日、にわかに出現した腰痛が思わしくない。
湿布を貼った腰をさすりながら一息に登り、国道に出た。

馬頭観音や一里塚を見ながら更に急になった坂道を黙々と登ると、ようやく坂が終わりそこが塩尻峠だった。
展望台からは眼下に諏訪湖、遥か遠くに富士山が見えた。

あとは下諏訪の町を目指して下るだけだ。
中山道は途中で民家の庭先に出たり、駐車場に阻まれたりする。
しかし、『中山道を守る会』のプレートに導かれてその痕跡を追っかけて歩く。
夕暮れが迫り、町並みがオレンジ色に染まり始めた頃、下諏訪駅前のホテルに到着。
ほんの15㎞の短い歩きだったが、足慣らしにはちょうどよい距離だった。

さて、明日からは本番。
腰痛は良くなってくれるだろうか。

■2021年10月3日 長野県塩尻市~下諏訪町
■23493歩 15.27キロ
■グリーンサンホテル
■晴れ

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※今回の旅のスタートは塩尻駅

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※栗ご飯のおにぎりをパクつく

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※塩尻宿に入った

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※高札場跡

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※塩尻宿。古い建物が軒を連ねている

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※安曇野特有の双体の道祖神

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※仁王門がある永福寺

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※永福寺の仁王像。

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※同上。見事な彫刻。

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※永福寺本堂

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※柿沢集落

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※東山一里塚跡。標高がかなり上がった

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※秋が深まってきた

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※塩尻峠を登る

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※塩尻峠から諏訪湖を見る。あとは下るだけだ

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※石船観音。下諏訪宿は近い

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※東堀一里塚

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※中山道は住宅街の中に入り、民家の敷地や駐車場に阻まれ、途切れ途切れになってしまう

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※下諏訪宿が近づくと道祖神があった

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※下諏訪の町を歩く

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明日から、中山道を歩きます

緊急事態宣言が解除されたので、明日から中山道を歩くことにしました。
コースは塩尻宿から日本橋までの233㎞です。

昨年は日本縦断の旅で塩尻から京都三条大橋までの305㎞を歩いているので、今回は残りを歩き完全踏破としたいと思います。
予定は8日間です。
順調にいけば10月10日に日本橋に到着しますので、あわよくばそこからさらに東海道に入り、箱根峠を越えて三島くらいまで行ければいうことありません。
まぁ、体調と天気次第ですね。

もっとも緊急事態宣言が解除されたとはいえ、感染者の多い首都圏を歩くので、わき目もふらずひたすら黙々と歩くことになるかと思います。

とはいえ、一年ぶりの長距離歩行です。
マメの痛みに苦しむことなく歩ければ最高ですが…。

旅の模様は、当ブログで発信します。
お楽しみに!!
 
※カミさんの実家で栗拾いと枝豆を収穫しました。
ついでにアケビも。

今夜は栗ごはんと茹でた枝豆でビール。

つかの間の秋の味覚に舌鼓です。

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9月の読書

何だかバタバタしているうちに終わってしまった9月。
読書は進まず、8冊でした。

植物画講座のほうは鉛筆画の自由課題を提出し、つい先日戻ってきました。

結果は合格。
細かい指摘はありましたが、講師の方も大目に見てくれたのでしょう。
これで彩色に進むことができます。
これから秋が深まるにつれカエデやツタなどの広葉樹の葉っぱが色づくので、彩色画を描いてみたいと思っています。

とはいえ、体は一つ。
遊びに忙しいので、読書にしかり、絵にしかり、ウォーキングも、バイト探しも…すべてが中途半端に終わりそうです。

話が横道に逸れましたが、9月に読んだ本の中で、収穫は2つ。
『アウシュヴィッツの囚人写真家』と『ルリボシカミキリの青』。

どちらも目からウロコの面白本でした。

9月の読書メーター
読んだ本の数:8
読んだページ数:2249
ナイス数:614

ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで (文春文庫)ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで (文春文庫)感想
タイトルのルリボシカミキリと聞いて、その姿かたちを思い描くことができる人は相当の虫好き。
私的にはこの虫は日本産の最も美しい昆虫の中で、ヤマトタマムシ、ハンミョウに続いて3本の指に入ると思っている。福岡先生は少年の頃からの虫好きで、ルリボシカミキリの青い翅の美しさとその神秘的な吸引力に魅せられたことが科学の道に進むきっかけになったという。昆虫や生物学者でなくても、その思いはなんとなく分かる気がする。科学者にして文筆家の分かりやすく軽快な文章に触れるにつれ、科学の難しさからほんの少し解放された気になれた。
読了日:09月29日 著者:福岡 伸一

ぜったい好きになってやる! (ちくま文庫)ぜったい好きになってやる! (ちくま文庫)感想
著者とは同世代で、昔からのファン。世間では見向きもされない物に対して独特な感性で語る、その好奇心旺盛なひたむきさに共感している。変な看板、飛び出し坊や、銅像、顔出し看板などの路上観察系や伊豆の踊子、海女さん、怪獣などのグッズ系、そして奇祭やお城、仏像などあらゆるものに手を出している。ゆるキャラやマイブーム、とんまつり、カスハガの名付け親でもある。本業の文筆やイラストの仕事以外にもこれだけのものにたゆまぬ蒐集欲と観察眼をもった著者のバイタリティーに驚くほかない。時間を使うのが旨い人なんだろうと思う。
読了日:09月25日 著者:みうら じゅん

ホテルローヤル (集英社文庫)ホテルローヤル (集英社文庫)感想
哀しく切ないチェーンストーリー。最後まで読んで全体像がつかめる構成に、著者の旨さが光っている。直木賞受賞作としては異色のような気もするが、芥川賞でも良かったも。描かれているのはホテルローヤルの盛衰とそれを取り巻く人々。その底流にあるのは、窮屈な現状にもがき苦しみながらも一筋の光を求める姿。流されながらも健気に生きていく人間の、したたかさと哀しさを見た思いがした。
読了日:09月23日 著者:桜木 紫乃

大魔神の精神史 (角川oneテーマ21)大魔神の精神史 (角川oneテーマ21)感想
1966年の特撮映画『大魔神』シリーズ3部作を当時小学生だった私は映画館でリアルタイムで観ている。忘れた頃にビデオやDVDで見直しているが、鬼の形相に変わる仁王立ちする魔人像は何度見てもその迫力が強烈。ゴジラやガメラにないおどろおどろしい恐怖が支配した映像や音楽を、怖いもの見たさで忘れた頃にビデオやDVDで見直しているのは、子供心に強烈なインパクトとして刷り込まれたからに違いない。大魔神の正体=アラカツマの真実を暴き、計画から撮影、興行秘話まで全方位的に大魔神を論じてくれた本書はマニア泣かせの一冊である。
読了日:09月21日 著者:小野 俊太郎

裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち (at叢書)裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち (at叢書)感想
県民所得、失業率、シングルマザー率、学力、大学進学率、こどもの貧困…ついでにいうとコロナワクチン接種率までワーストの沖縄。10代での出産、離婚、親の育児放棄、働かない夫のDVなど断ち切れない負の連鎖は子、孫の代まで続く。これは当事者だけの責任なんだろうか。そこにはそれを生み出す深刻な社会背景が存在することを教えてくれたのが本書である。障害児を育てるキャバ嬢が逆境にもめげず看護師として独り立ちしていくストーリーには一筋の光明が見えた気がした。それにしても、本書に登場する男たち、皆一様にだらしない。
読了日:09月16日 著者:上間陽子

日本の異国: 在日外国人の知られざる日常日本の異国: 在日外国人の知られざる日常感想
外国人と接することが少ない地方都市に住む自分としては、本書の内容には少なからず驚いた。東京近郊の例を多く上げているが、2017年時点で国内には250万人もの海外からの移住者がいるという。歴史的に難民受け入れに消極的だった日本にとって、クルド難民に対しての悲惨な対応については疑問が残る。日本を頼ってきた難民に対して、犯罪者でもないのに仮放免と入管収容所の行ったり来たりの仕打ちをいつまで続けさせるのか。収容所内でのネパール人女性の不審死は記憶に新しい。これでは国際社会で真の先進国になるには程遠いのではないか。
読了日:09月11日 著者:室橋 裕和

昭和30年代スケッチブック―失われた風景を求めて昭和30年代スケッチブック―失われた風景を求めて感想
昭和39年に小学校に入学した私は、昭和30年代を振り返ることができる最後の世代だと思う。戦中生まれの著者とは世代の隔たりは大きいが、トンボやヤンマを追った原っぱの思い出や蚊帳を吊って寝た夏の夜など同じ体験も重なる。おそらくそこに共通したのは高度成長期の昭和30年代は住環境がまだ発達途上にあった時代背景によるものではないかと思う。宅地造成が進み原っぱが消え、窓がサッシに変わったのは昭和40年代以降であった。今思えば、そうした変化にリアルタイムで立ち会うことができただけでも時代の証人として得をした気分である。
読了日:09月03日 著者:奥成 達

アウシュヴィッツの囚人写真家アウシュヴィッツの囚人写真家感想
本書は政治犯として逮捕されたアウシュヴィッツ強制収容所で写真家として働かされ、2012年に95歳で亡くなったヴィルヘルム・ブラッセ氏の証言をもとに書かれた。撮影した5万枚以上の写真には囚人やSSの肖像以外にも、ガス室に向かう人々の群れや人体実験をした医師のヨーゼフ・メンゲレに指示されたものも含まれている。解放時にブラッセが命がけで守った写真はナチスドイツの残虐行為を証明する証拠として、ホロコーストの悪夢を世界に喧伝する歴史資料として果たした役割は大きい。ブラッセの存在そのものが奇跡という他ないだろう。
読了日:09月02日 著者:ルーカ クリッパ,マウリツィオ オンニス


読書メーター


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[ 2021/10/01 ] 読書 | TB(0) | CM(0)

映画『キネマの神様』を観る

昨日に続いて映画のお話です。

山田洋次監督作品『キネマの神様』は原田マハの同名小説の映画化です。
実は『MINAMATA』よりもずっと先に、8月の封切とほぼ同時にこの映画を観ていましたが、ブログにアップするタイミングを外していました。

主演は現在の主人公ゴウを沢田研二、若き日のゴウを菅田将暉が演じるダブルキャストですが、元々は志村けんさんの予定だったようです。
沢田研二に志村けんを重ね合わせつつ、志村ならどうだろうか…などと観ましたが、結論から言って往年のジュリーの面影はまったくなく演技が少し荒っぽい印象を差し引いても、沢田研二は良かったですね。

そして、この映画の良さはストーリーと構成の完成度。
これは、山田洋次監督ならでは。
さすがですね。

過去と現在が交錯する忙しさのなかでもパズルのピースをはめるがごとく、最後の一片も見事に収まった完璧さでした。
更に、映画女優役の北川景子がほんとうにキレイ。

銀幕の中にすっぽりと入りこんだ映像は、往年の小津映画の原節子ばり。
ノスタルジー溢れる映像とマッチして素晴らしかったです。

この映画は下馬評では日本版『ニュー・シネマ・パラダイス』の呼び声が高いようですが、そこまでいかなくてもさすがに山田洋次監督作品。

観て損はしなかったと思います。

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[ 2021/10/01 ] 映画 | TB(0) | CM(0)