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多治見『梅園』どら焼き

日経新聞主催の『おいしいどら焼きランキング』で全国第6位に選ばれたという、知る人ぞ知る和菓子店。
1916年創業の老舗です。

人気の栗・バター入りどら焼き(1個150円)は開店してしばらくで、あっという間に売り切れてしまいます。

いつ行っても売り切れの貼り紙。
それを見るたびにがっかりして店を後にしましたが、めぐりあわせが良かったのかようやくゲットできました。

ふつうのどら焼きよりもやや小ぶりですが、3日間寝かせて、甘さを抑えた餡が美味い。
ゴロゴロ入った栗とバターの風味も絶妙なバランス。

糖尿の身でなかったら、一度に3個くらいは食べてみたいけど、ここはぐっと我慢です。
次に食べることができるのは、血糖値が下がったご褒美の時でしょうか。

…待ち遠しいなぁ。

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※『梅園菓子舗』岐阜県多治見市新町1丁目2-6 毎週水曜日、第三木曜日休

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土岐『麺屋もり田』つけ麺

イオンモール土岐にあるつけ麺の店。
本店は岐阜県可児市にある名店です。
モール内にあってはけっこうな人気店のようで、いつも行列ができています。

この日は開店と同時に突入。
入口にある操作が分かり難いタッチパネルの券売機で、つけ麺中盛(980円)を購入。

ラーメン一杯が1000円近いとは、なかなかの商売ですね。

出てきたつけ麺は美しいビジュアル。
色白ですね。

うどんのような感触の麺を、魚介の風味が強いアツアツのつけ汁にくぐらせ一気にすする。

うーん、うまい

周りにお客がいないのをいいことに、呟いてしまった。

途中で卓上にあったニンニクを投入。
風味がさらに増した。

念入りに焦がした香ばしいチャーシューを味わいながら食べていく。
中盛はちょうど良いくらいの量でした。

つけ麺は冷盛なので、最後の一口はつけ汁もぬるくなり、今一つの味わいになってしまうのが不満です。
冷めた紅茶か、ぬるくなったビールのような。
それを回避して熱盛にしてしまうと、汁熱+麺熱で、これはラーメンと同じですね。
アツアツの追いスープがあった仙台のつけ麺店『おんのじ』が懐かしいです。

やはりバランスとしてはつけ汁は熱く、麺は冷たいのがベストなんだろうか。
麺は熱く、汁は冷たいパターンも試してみたくなった。

まぁ、どうでもいいですが(笑)。

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※『麺屋 もり田 イオンモール土岐店』岐阜県土岐市土岐津町土岐口1372-1 イオンモール土岐 無休

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美濃路を歩く③ 羽島~垂井

快晴、気温2度。
ゆっくりと身支度をし、NHK朝ドラを見てからホテルを出発。
今回の旅は、新調したモンベルのトレイルランニング用シューズを履いているので、マメ防止のマッサージクリームを念入りに塗り、いつもマメができてしまう部分にはテーピングをした。

新羽島駅から名鉄電車に乗り、昨日ゴールした須賀駅まで戻り、おもむろに歩き始める。
通勤、通学時間が過ぎていたのか、下車したのは私一人だった。

阿遅加神社から境川の堤防に上がると、雪を被った伊吹山が見えた。
親鸞聖人御旧跡の碑と2体の地蔵尊があり、右手には境川の穏やかな流れ。
土手にはラッパ水仙が咲き、のどかな風景に癒された。

墨俣宿に入り、本陣跡にある東屋で休憩。
二つ用意したサーモスの水筒型の魔法瓶には、ホテルのコーヒーとお茶を詰めてきている。

それにしても『魔法瓶』とは、なんとも不思議なネーミング。
どうしても大昔にあった、取手が付いた重たくてでかいポット型の象印魔法瓶を思い出す。
今は便利な世の中である。

休憩所を出て、墨俣城に寄り道。
城内は昨年の春にカミさんと見学したので、写真を撮って踵を返す。

吊るし雛がショーウインドを飾る墨俣宿を離れ、一里塚を見ながら犀川の土手をずんずん歩いた。

新揖斐川橋を渡ると伊吹山が間近に迫ってきた。
大垣宿に入ると美濃路は鍵型に曲がったりするが、詳細な案内板が随所にあり迷うことはなかった。

芭蕉の奥の細道の結びの地を過ぎると、ゴールの垂井宿は近い。
すっかり、はげ山になってしまった赤坂の金生山を眺めながら歩く。
ウミユリやフズリナ(紡錘虫)といった古生代ペルム紀の化石が出ることで有名なこの山には、石灰岩の露天掘りの鉱山がある。
化石採集に夢中になっていた中学生の頃によく通ったが、50年前の風景とは比べ物にならないくらい無残な姿になってしまっていた。

JR東海道線の踏切を越えると、美濃路に残る唯一の松並木が続く道となった。
東海道や中山道ではふつうに見た風景だが、妙に懐かしく感じた。

ほどなく中山道と美濃路の追分に到着。
まぎれもなく、中山道を歩いた一昨年に通った場所だ。

名古屋から3日間をかけて歩いてきたが、なんの感慨もないままゴールとなった。

ちょっとばかし醒めていたのか。
寒さにやられて、旅を楽しむ余裕がなかったのかもしれない。

まぁ、次に機会があるなら、秋の風景でも探して歩いてみるのも悪くない。

■2023年2月16日 岐阜県羽島市~垂井町
■36785歩
■23.91㎞
■晴れ

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※起宿と墨俣宿との間の宿に入ると、三叉路の右手には美濃路の案内板と道標があった。羽島市

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※境川の堤防に上がると親鸞聖人御旧跡の碑と2体の地蔵尊があった。安八町

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※伊吹山と奥美濃の稜線が見えた。安八町

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※東小熊の一里塚跡 安八町

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※長良川を渡り、墨俣宿へ向かう。大垣市

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※墨俣宿本陣跡。大垣市

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※墨俣宿には寺院が多い。土岐悪五郎の墓がある明台寺。大垣市

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※墨俣城に立ち寄った。大垣市

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※墨俣宿脇本陣。大垣市

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※脇本陣のプレート。大垣市景観遺産

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※墨俣宿では商店のショーウインドに吊るし雛が飾られていた。大垣市

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※東結一里塚跡の石標。大垣市

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※米の宮之趾の碑。穀物・食物の神で、稲荷神社の主祭神。大垣市

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※ 小栗判官と照手姫の物語にまつわる伝説を残す町屋観音堂。大垣市

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※結(むすぶ)神社。縁結びの神として有名な神社。大垣市

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※大垣は水の都。美濃路名古屋口御門跡碑の裏には水門がある広場があった。大垣市

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※美濃路大垣宿問屋場跡看板と石標が建つ寶来屋の建物。せんべいを売っていた。大垣市

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※大垣宿本陣。あいにく休館中だった。大垣市

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※創業250年(宝暦5年)の柿羊羹の老舗つちや。荘厳な建物に驚く。大垣市

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※住吉燈台史蹟船町港跡。天保11年(1840)に港の道標と夜間の目印として建てられた。大垣市

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※高橋橋を渡る。大垣市

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※奥の細道結びの地にある芭蕉の像。大垣市

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※大垣宿から垂井宿に向かうと焔魔堂があった。大垣市

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※久徳一里塚。大垣市

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※垂井宿が近づくと伊吹山が間近に迫ってきた。垂井町

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※美濃路に残る唯一の松並木。1㎞以上にわたって続く。垂井町

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※15時。中山道と美濃路の追分にゴール。垂井町

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※JR東海道線垂井駅より帰路に着く。

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美濃路を歩く② 清洲~羽島

清洲から戻り、中2日で再びJR清洲駅に立つ。

これから、垂井宿までの残り40㎞を歩く小さな旅が始まる。
空は青いというのに、どこからともなく風に乗った雪が舞っている。

それにしても寒い。
ヒートテックやらダウンやら、ネックウォマーやら、果てはヒートテックの股引まで。
なのに、泣きたくなるくらい冷える。

清洲宿から国府宮がある稲葉宿までは、それこそ黙々と歩く。
それでも体はちっとも温まらない。

稲葉宿はそこらじゅうで道路工事をしていた。
本陣前でもしかり。
三角コーンが並び、重機で大きな穴を掘っていた。

この寒さの中、ひたむきに旗を振っている交通誘導員の人たちにはまったく頭が下がる。
つい先日、三五シンシャから出ているベストセラーの『交通誘導員ヨレヨレ日記』を読み終えたばかりなので、ヘンな親近感があるのだ。
この仕事で働く人の平均年齢が60歳超えというのも、厳しい現実。
本陣前の誘導員の横顔にも、ヘルメット越しに深いシワが刻まれているのが見えた。

国は、平穏に、おいそれとは年を取らせてくれないようだ。
平日にこうしてのんびりと歩き旅を楽しんでいる自分は、恵まれているんだろうんなぁ…などと思いながら通り過ぎた。

さて、苦労知らずの酔狂な私は、相変わらず黙々と歩く。
稲葉宿から萩原宿、起宿は古い家屋や商家も残り、いかにも旧街道を歩いているという感慨があった。
過去に、ホーロー看板を探して断片的には訪れている町も、通して歩いてみると、また違った町の一面を見ることができる。

町ごとに、統一感というか、調和を感じるのだ。
屋根が低い黒壁の家屋がずらりと軒を並べ、背後には神社仏閣が守っているような起宿は、町全体が歴史と共にしっかりと生きていくという気概が見える。
そこにはゴミ一つ落ちいてないし、ピンと張りつめた緊張感があった。
歴史がある街道が通る町ならではの努力かもしれない。

起宿から木曽川の堤防に上がると視界が開け、雪を抱いた伊吹山や養老山脈のなだらかな稜線が見えた。
雪が吹きつける向かい風に逆らうように、木曽川を渡り県境を越えると、岐阜県羽島市に入った。

堤防を下りて小さな集落に入ると、でかいトラックが路地のような狭い三叉路で立ち往生していた。

進めず、戻れず、曲がれず。
それにしても、なんでこんな狭い道に入ってしまったの?
後続の乗用車はどうしようもなく、成り行きを待つしかない様子。

トラックの運転手は若い外国人の兄ちゃんで、何度もハンドルを回したり、ドアを開けて後ろを見たり。

こんなとき、交通誘導員ならどうするだろう…そんなことを思いながら、助けてやれずに横をすり抜けるしかなかった。

美濃路のルートファインディングは道に迷う苦労もなく、名鉄竹鼻線が横切る須賀駅に着いた。
今日はここで打ち止めとし、260円を払って電車に乗り、予約したホテルがある新羽島駅前へ。

晩めしは、須賀駅近くのスーパーカネスエで購入したお惣菜とビール。
汗もかかず、冷え切った体を熱い風呂に沈めると、生き返ったような気がした。

■2023年2月15日 愛知県清洲市~岐阜県羽島市
■31860歩
■20.70㎞
■東横イン羽島駅前
■晴れ

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※気温2度の中、清洲宿をスタート。

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※お地蔵様と馬頭観音

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※長光寺。足利尊氏により再興。尾張六地蔵尊一番札所。稲沢市

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※同上。境内にある六角円堂の地蔵堂。室町時代の建立。重要文化財

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※長光寺前にある四ツ家の追分道標。「右 ぎふ道」「左 京都道」「文政二年己卯」という文字が読める。この道標は岐阜街道と美濃路との追分に立っていたが、ここへ移転された。

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※線路わきに建つ四ツ家追分の石碑。「下津、一宮、黒田を経て岐阜へ向かう鎌倉街道、後の岐阜街道と稲葉、萩原、起を過ぎて垂井へ向かう美濃街道との分岐点である」と彫られている。稲沢市

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※案内板や道標があるので迷うことはない。稲沢市

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※ 国府宮一ノ鳥居と常夜燈。稲沢市

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※稲葉宿本陣。稲沢市

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※稲葉宿。本陣前からの通り。一方通行だが、交通量は多い。稲沢市

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※稲葉宿にある藤市酒造。稲沢市

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※稲葉宿問屋場址碑がある旧家。稲沢市

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※稲葉宿のメイン通り。稲沢市

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※馬頭観音があった。稲沢市

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※萩原宿。左手の建物は旧萩原郵便局。一宮市

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※日光川を渡ると市川房江の生家跡があり、記念館を造る工事が行われていた。一宮市

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※富田一里塚。美濃路の一里塚のうち両側が残る唯一の一里塚で、国の史跡に指定。一宮市

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※起宿。旧宿場らしい雰囲気がある街道を歩く。本陣跡は資料館になっていた。一宮市(旧尾西市)

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※木曽川を渡った

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※大浦の道標。「右 いせみち」「左 おこし舟渡 寛延三庚午年(1750)医師講中」と刻まれている。羽島市

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※正木町の一里塚跡。羽島市

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※美濃路が横切る名鉄須賀駅で二日目のゴール。羽島市

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美濃路を歩く① 名古屋~清洲

以前から気になっていた美濃路を、3日間にわたって歩いてきました。
初日はカミさんが同行し、清洲宿まで。
いったん帰宅し、2日目と3日目は垂井宿までの一人旅となりました。

美濃路は東海道の宮宿と中山道の垂井宿とを結んだ脇往還で、全長58㎞。
五街道に準ずる重要な街道として、参勤交代でも使われたようです。

美濃路の起点は熱田(宮宿)伝馬町にある東海道との追分から始まります。
起点の道標で記念撮影をし、国道を横切ってまずは熱田神宮に参拝。
日曜とあってけっこうな人出でした。

そのまま美濃路を北上し、金山から大須、広小路へ。
前回歩いた下街道が交差する札の辻を通り、白壁の土蔵が並ぶ四間道を通って新川、清洲と歩きました。

清洲から熱田までの美濃路は、信長の道といってもよい歴史街道のようです。
この道を突っ切って、桶狭間の戦に向かったのでしょうか。
今となっては想像の世界ですが。

美濃路は古い町並みもほとんど残っていませんが、ルート全体を通して都心にあっても静かな空気が流れていました。

久しぶりの長距離ウォーキングとなったカミさんの足を心配して、この日はJR清洲駅で中断。
残りの40㎞は一人で歩くことに決め、初日のウォーキングを終えました。

■2023年2月12日 愛知県名古屋市熱田区~清洲市
■30070歩 19.54㎞
■晴れ時々曇り

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※旧東海道との追分である美濃路の起点からスタートした

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※熱田神宮に奉納された酒

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※レトロな看板を掲げた酒屋。名古屋市中区橘町

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※コバタじゃなくて、タバコ。タイルのデザインがレトロなたばこ屋。大須

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※大須商店街に入った

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※大須万松寺に立ち寄った

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※織田信長ゆかりの寺院である総見寺。大須

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※札の辻。下街道との分岐点にある案内板。名古屋市中区。前回の下街道歩きで写真を撮り忘れたので、今回忘れずに撮影した。

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※四間道へ入ると連続した白壁の蔵が並ぶ。名古屋市内にあっても歴史を感じる通りだ。

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※同上

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※三十三観音がある延命地蔵尊を祀る祠。名古屋市西区

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※どこからともなく風に乗った香ばしい匂いが、鼻孔をくすぐった…たまらず、昼めしはうな丼にした(宮宇本店 うな丼2500円)

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※古い町並みが軒を並べる通り。名古屋市西区押切あたり

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※枇杷島橋を渡り清洲市に入った

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※枇杷島橋から新川橋までの間は、旧問屋街。重厚な建物が軒を並べている

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※同上

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※屋根神様が乗る建物。津島神社・秋葉神社・熱田神宮を祀っている。

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※問屋街を抜けると寂れた商店街となった

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※ホーロー看板が貼られた建物。この看板はかつて名鉄二ツ杁駅近くの釣り道具屋の壁に貼られていた。店の閉店を機会に、町起こしだろうか、ここに移設されたようだ。

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※新川橋を渡り、清洲宿に向かう

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※新川橋をわてたったところにはポケットパークがあり、「左つしま道」と刻む道標や大正2年の新川橋親柱があった。

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※須ヶ口の一里塚跡

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※清洲宿に入り、初日の歩き旅を終えた

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父の米寿を祝う

88才になった父の米寿祝をしました。
ほんとうは数え年の87才でするようですが、ずるずると過ぎてしまいようやくできることになりました。

コロナ禍のご時世なので、孫世代は見送り、参加者は私たち夫婦と、妹(長女)、妹(次女)夫婦の計6名。
当初は料理屋でやろうかという案もありましたが、どうやら米寿祝に関してはあまり大っぴらにやらないほうが良いということもあるようで、妹(次女)夫婦の自宅でこじんまりと行うことにしました。

このところ少し忘れっぽくなった老父に、ジグソーパズルと脳トレクイズの本をプレゼント。
パズルは500ピースなので、ちょっと難易度が高そうですが。

父は12人兄妹の上から5番目。
なんと、上3名がまだ健在です。

それも、長兄は98才。
長寿の家系なんですね。

一昨年、心臓のカテーテル手術をした父は、経過観察で医師から「あと5年は大丈夫」と太鼓判を押されており、どうやらこのまま、ワガママと憎まれ口を周囲に振りまきながら生きていくと思います。

「命は生きるために生まれてくる」
先日亡くなった漫画家の松本零士さんの言葉。

かたや、私の敬愛する池波正太郎の言葉は、
「人は死ぬために生まれてくる」

この二つの言葉は、裏返しのようにもみえますが、どちらも同じ意味ではないかと思います。

生きているうちに、何をなすべきか。
何ができるか。
満足した一生を送ることができたのか。

決して、好々爺じゃない父ですが、もっともっと長生きをしてもらいたいと思います。

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[ 2023/02/21 ] ▼日記 | TB(0) | CM(0)

昭和日常博物館へ

愛知県北名古屋市にある『昭和日常博物館』に行ってきました。
オープン間がない10年以上前に見学したことがありましたが、展示スペースも拡大されて充実した内容になっていました。

特にホーロー看板の充実ぶりは一見の価値があります。
2020年に、愛知県のホーロー看板収集家で有名な佐溝力さんのコレクション5000点が寄贈されたということで、これを目的に見にきたとうわけです。

壁一面に貼られたクスリの看板は圧巻です。
ホーロー特有の輝きに魅了されました。

2020年代になり、ホーロー看板と出会う機会もめっきり減りました。
私自身、20年来にわたりホーロー看板がある風景を探して全国を旅し、それをホームページに記録している変わり者なんで、だれよりも看板の稀少性を分かっているつもりです。

自然の状態では滅多に見ることができなくなった昭和の残像ともいえるホーロー看板ですが、盗難や消失を免れて、こうした博物館で大切に保管されていることを思えば、それも良しとしたいと思います。

展示物としては、地下スペースには往年の名車もずらりと並んでいました。
初代カローラやスバル360が懐かしかったですね。

さて、この博物館ですが、入場無料です。
これほどの展示がタダで見れるとは、嬉しいかぎりです。

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膵神経内分泌腫瘍~CT検査結果

半年に一度のCT検査をしてきました。
結果は、残膵体部に転移、再発はなく、肺部、肝臓を含めて病変はありませんでした。
術後3年半が経ちましたが、まずは順調にきているようです。

気になるのは血糖値で、Ha1cが7.7、空腹時血糖が131でした。
正月を挟んでこの一ヶ月で6.7から急上昇していますが、膵神経内分泌腫瘍(グルカゴノーマ)との病変によるものとは違うようです。
年末年始の運動不足と食べ過ぎが招いた結果でしょうか。

数値は半月前にかかりつけのクリニックで測定した時とほぼ変化がありません。
クリニックの医師からは、今月末の測定でHa1cが下がっていない場合は投薬の検討をするということでした。

先月からコレステロールの薬も飲み始めており、これまでのクスリなしの生活が一変しそうです。
ともあれ、往生際が悪いですが、体重増加と食生活を注意してまだ頑張るつもりです。

次回の病院検査は半年後です。

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※本文とは関係ありません

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清洲城下町を歩く

ウォーキングの虫が疼き始めたカミさんを誘って、愛知県の清州城下町を歩いてきました。

ちょうど、NHK大河ドラマ『どうする家康』の織田信長つながりの舞台にもなっているので、ここを歩くのは今が旬のタイミングになりそうです。
コースは清洲城をスタートして、五条川つたいに美濃路から城北線星の宮駅をぐるりと回る約10㎞です。

私一人の場合は、シャカリキに20~30㎞歩きますが、まぁ、カミさん連れとしてはちょうど良い距離です。

さて、最初に訪ねた清洲城は、大河ドラマの影響もあってかけっこうな混雑ぶり。
入館料300円でしたが、甲冑やジオラマ、天守の展望、特別展でやっていたレトロな雛人形展も含めて、十分お釣りがくるボリュームでした。

清洲城からは信長と濃姫の像がある清洲公園を横切り、美濃路へ。
清洲宿本陣や古い商家もポツポツと残っており、旧街道の雰囲気を感じることができました。

美濃路は起点がある熱田伝馬町から終点の垂井宿までをいつかはチャレンジしてみたいと思っていたので、ほんのさわりですが、歩くことができて良かったと思います。

ウォーキングの後半は名鉄丸の内駅前から新川に沿って、河原神社からスタート地点の清須城へ。

あまり面白味もない町歩きとなりましたが、冬晴れの一日を楽しむことができ、何より、良い運動になりました。

■歩数 14346歩
■距離 9.5㎞

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※清洲城を仰ぐ

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※清洲城内の展示

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※店主からの展望はなかなかの眺め

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※清洲城。明治から現代までの雛人形展をやっていた

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※同上

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※清洲城を離れ、ウォーキング開始

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※織田信長と濃姫の銅像がある清洲公園

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※清洲宿本陣

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※上畠神社。格式のある大社は清須三社のひとつ

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※美濃路を歩く。少ないながらも古い建物は残っていた

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※正覚寺。松平忠吉が実母西郷局を弔うために建立した寺。境内には今川一族を弔う塚も残っている。

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※美濃路から新川に向かう

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※川に神社へ向かう道と分かれるところに常夜燈があった

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※河原神社。「星の宮」とも呼ばれ、境内の神眼池は目の病に効くといわれている

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※本日のランチ(鐘庵 桜えびかき揚げとそば790円)

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下街道を歩く③ 神領~名古屋

春日井市の神領で中断した前回の旅から5日。
名古屋という大都市へ向かう街道歩きに魅力を感じない理由から打ち止めにしたのに、やはりウォーキングの虫が疼いてしまう。

気まぐれ、優柔不断の性格は治しようがない。
結局、終点(起点)の名古屋を目指して歩くことにした。

9時30分にJR中央西線神領駅を出発。
前回中断した下街道の合流点に向かう。

下街道は国道19号線に沿って、絶妙な感覚を保って名古屋に向かっている。
それにしても豪邸が多い。
財を成した人が住んだのだろうか。
古い家屋や商店の名残はわずかしかないが、建て替えられた家屋は土地も広く豪邸揃いである。
春日井市の鳥居松まではそんな風景に驚きながら歩いた。

JR勝川駅を抜け、国道19号線に出て庄内川を渡り、名古屋市に突入。
ここから大曽根までは住宅街を縫うように続く道を歩くが、単調で面白味はなかった。

大曽根商店街を抜け、代官町の交差点に出ると、善光寺街道の起点道標があった。
下街道はそのまま西に向かって続いているので、そのままずんずん歩いていく。

テレビ塔が見える久屋通りを横断し、今や京町通と名を変えた下街道は、本町通りと交差。
善光寺道の道標があり、そこから南下し、桜通りを横切るとモニュメントがある伝馬会所札の辻まではすぐだった。
(最後の最後に、モニュメントを撮り忘れるというヘマをやった)

恵那の起点から三日をかけて歩いた下街道だったが、やはりというか、山里を歩く郊外のほうが格段に面白かったように思う。
名古屋の札の辻にゴールした時は、サラリーマン時代に勤めていた会社のビルがすぐ近くで、更に驚いてしまった。

知らないということは恐ろしい。

帰路は、そのまま栄にあるモンベルに訪店し、トレールランニング用のシューズを購入。
今年の歩き旅が楽しみである。

■歩いた距離17.16㎞
■歩数 26411歩

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※四季桜が咲く下街道を行く(春日井)

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※石仏が安置された祠があった(春日井)

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※観音堂(春日井)

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※観音堂に安置された石仏

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※同上。下街道双六が貼られていた。なかなか素晴らしいデザインです

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※明治天皇休憩所の碑と春日井市立郷土館(春日井)

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※古い建物がぽつりぽつりと出てきた(春日井)

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※町起こしだろうか、鳥居松商店街の店のシャッターに児童たちが書いた絵や書が貼られていた(春日井)

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※下街道は道幅も広く、クルマも通らないので歩きやすい(春日井)

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※秋葉山常夜燈(春日井)

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※鳥居松から勝川に向かう途中にあった石仏(春日井)

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※同上

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※本日のランチ(勝川・きしめん茶屋890円)

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※愛宕神社(春日井)

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※勝川にある旅籠。長谷川邸(屋号住吉屋)(春日井)

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※庄内川を渡り名古屋市に突入

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※庄内橋から下街道を見る(名古屋市)

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※矢田川を渡る(名古屋市)

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※下街道は大曽根商店街を通っていた(名古屋市)

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※代官町の交差点に出ると、善光寺街道の起点道標があった(名古屋市)

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※円明寺境内にある石鐘(名古屋市)

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※1948(昭和23)年創業の澤井コーヒー本店(名古屋市)

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※テレビ塔を横目に久屋公園を横切った(名古屋市)

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※善光寺道の道標(名古屋市)

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※同上(名古屋市)

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親子二代、タマホームで建てる32~外構完成と家づくりの終わり

昨年12月に始まった外構工事がよくやく終了し、長男宅の新築工事がゴールを迎えました。
土地探しから始まって、ほぼ一年がかりの家づくりでした。

それにしても今回の外構工事はトラブルの連続となりました。
本来なら資材が間に合わなかったウッドデッキの設置を除いて年内に完成予定でしたが、施工会社の営業担当者や職人さんのコロナ感染、クリスマス寒波での大雪による土間打ちの遅れなど、予期せぬアクシデントにより完成できないまま年越しとなってしまいました。

年が明けて工事再開と思いきや、駐車場土間のずさんな施工や門柱に設置する門灯を上下逆さまにつけたりというミスが続出。
完成間際になって、目隠しフェンスや納品された表札にキズがあり再度作り直したりという具合で、そのままズルズルと時間が経過し、ようやく今月初めに完成となりました。

いつになったら完成するのか、憤慨する私たち。
ペコペコ謝るばかりの担当者。
請負契約にある完成予定より大幅に超過したことで、少しばかし勉強してもらうことで決着しました。

それにしても、外構には振り回されました。
最初に契約した外構屋のドタキャン、今度は大手の施工会社なのにトラブルの連続。

まぁ、10年後に、笑い話になればいいですがね。

長男夫婦によると、外構はともかく、家の住み心地は高評価のようです。
タマホームの施工では、なんのトラブルもなくスムーズに引き渡しまできたことが良かったようです。
3ヶ月点検も終わり、不具合もないみたいです。
ちなみに私の自宅では、いくつかあったので…。

昨日、完成した家の前で、8ヶ月になった孫を抱いた長男夫婦と一緒に写真に納まりました。
ウッドデッキと人口芝の庭で、バーベキューを楽しむのももうすぐだと思います。

ちょっとばかし波乱万丈だった、親子二代のタマホームでの家づくりが終わりました。

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三河大野を歩く

愛知県の奥三河の町、大野を歩いてきました。

大野は鳳来寺山と秋葉神社を結んだ秋葉街道の宿場町で、鳳来寺鉄道(現JR飯田線の一部)の駅も設置されたことから、交通の要衝として繁栄したといわれています。
しかし、令和の今は、当時の賑わいはすっかり影を潜め、ネコさえ横切らない静かに時を刻む町並みがありました。

町の中心部にあるシンボル的存在である鳳来館は1924(大正13)年に大野銀行の本店として大正時代に建設された洋風建築の鉄筋コンクリート造りで、東三河地方の金融の拠点としても栄えた名残として目を引きます。
今は、カフェとしても使われています。

大野の町は、宿場町の名残と思われる旅館や商家の建物などがいくつも軒を並べ、歴史の重みがある町歩きを楽しむことができます。
愛知県の奥三河という交通不便な山間に、足を運んだ甲斐がありました。

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※鳳来館(旧大野銀行本店)

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1月の読書

寒い、寒いと嘆きながら、
何もせず、ゴロゴロと過ごした1月、読んだ本の数が20冊超え。
久しぶりに読書にどっぷりとはまることができました。

集中的に読んだ三五館シンシャの仕事シリーズは、市井に生きる人々のけなげな仕事ぶりを、哀愁をおひたタッチで淡々と描いており、目の付け所に感心。
この出版社は社長兼編集者が一人で立ち上げて出版しており、『交通誘導員ヨレヨレ日記』がベストセラーとなり、人気シリーズとなっている。

今月からは、本棚に眠っている大量の積読本を崩そうと思っています。
むこう3年分くらいは、本を買わなくても、図書館で借りなくても良いくらいの分量があります。

と言いながらも、気になる本があると、ついつい飛びついちゃいますがね。

1月の読書メーター
読んだ本の数:21
読んだページ数:5155
ナイス数:932

中国・ロシアに侵される日本領土中国・ロシアに侵される日本領土感想
本書でルポされた尖閣諸島、北方四島、竹島、沖ノ鳥島の位置を正確に言える日本人はどれくらいいるだろうか?
おそらくほんの一握りさえいないかもしれない。
著者は、平和に慣れ過ぎた日本人には「領土」と「国境」に対する意識が低いと指摘する。教育によって“ショー・ザ・フラッグ”が徹底された中国、ロシア、韓国は実効支配による領土の占領を正当化し、それを何もできないまま指をくわえて見ている我が国の現状がある。
防衛予算を増大したところで、占領された領土を取り戻し、守ることは平和ボケした弱腰外交では期待できそうもない。
そんな今だからこそ、脅かされている「領土」と「国境」への理解を深める意識改革の必要性を感じる。
かつて、鰹節加工で栄えた尖閣諸島は、今では上陸もできない無人島となっているが、毎日のように中国船舶の領海侵入が起こっているのは周知の事実。
今では報道もされていないし、このまま上陸されて中国国旗を掲げられてからではすでに遅しだ。
ロシアのウクライナ侵入を目の当たりに観ているからそこ、領土問題を正確に知り、後世に残さないように解決すべく努力が必要だと痛感した。
本書は、そんな当たり前のことを教えてくれたと思う。
読了日:01月29日 著者:山本 皓一

サンカの真実 三角寛の虚構 (文春新書)サンカの真実 三角寛の虚構 (文春新書)感想
普通社会とは全く異質の慣習、信仰、独特の文字と掟、隠語を使う秘密結社のような集団…三角寛が作り上げたサンカ像である。
三角の著作からサンカを知った私は、礫川全次氏や本作品の著者の本を読まなければ、そのまま信じていたはずだ。
活字の力はつくづく怖いと思う。
虚構に塗り固められた誤った事実を、百科事典に記載されるほど、後世にまで影響を与えた三角の罪(あえて、言う)は限りなく重い。
無籍、無宿、文盲の山の漂流民・サンカは、かつての我が国に間違いなく存在していたが、今ではその影を追うことすらできない。
名誉欲に駆られ、虚構の世界に棲んだ三角の生きざまは、同情の余地がないほど哀れである。
「神の手」と呼ばれた旧石器捏造のFにしかり、人間のもつ欲はあまりにも深い。
読了日:01月28日 著者:筒井 功

老いも死も、初めてだから面白い (祥伝社新書)老いも死も、初めてだから面白い (祥伝社新書)感想
本日付の朝刊で、著名人との交流秘話を収録した『孤独という生き方』という本を上梓したことを知った。
86才になる著者は「老い」をテーマにした作品が目立つようになったが、仕事への意欲は益々旺盛である。死をもって“人生の締め切り”と比喩する表現も粋な言葉。
想い出話の新刊は、締め切りに向かう人生のラストステージなのだろうか。
本書も“老い”を美化するフレーズが多く、それが素直に共感できず、鼻につく。
「老い」とは、いやなものではなく、若い時にはない、味わい深いものなのだろうか?
私にはまだ、そこまでの境地に至られない。
読了日:01月27日 著者:下重 暁子

アラフォーウーバーイーツ配達員ヘロヘロ日記アラフォーウーバーイーツ配達員ヘロヘロ日記感想
柳の下のドジョウを狙ったか、出版社が違うとこうなるのか。
悲喜こもごもとした仕事ぶりを哀切を交えた人生模様として感動的に描く、三五シンシャのシリーズを読み慣れているので、装丁や編集、イラスト、どれもノリが軽くて薄っぺらい。
ウーバーイーツのシステムや配達での出来事などはフリーライターだけあって文章は読みやすく面白いが、片手間、副業、メタボ対策といった仕事を始めた動機も軽いだけに、生活への切迫感はない。
執筆のネタが目的なのだから仕方がないか。ウーバーイーツは大都市圏だからそこ成り立つ商売。改めて確認した。
読了日:01月27日 著者:渡辺 雅史

タクシードライバーぐるぐる日記――朝7時から都内を周回中、営収5万円まで帰庫できませんタクシードライバーぐるぐる日記――朝7時から都内を周回中、営収5万円まで帰庫できません感想
大きな事故もなく15年勤め上げた仕事ぶりに、アッパレ!をあげたい。
かつて、横山やすしが“かごかき雲助”と卑下した、タクシードライバーのイメージはまだあるのだろうか?今は大卒の新卒者の入社も多くなっているというから、業界全体の努力もあってのことだろう。
本書を読むとタクシードライバーになるための試験やルール、なってからの仕事の厳しさが良く理解できた。常にお客様の目線に立った接客を心がけ、ストィックに日々の仕事をこなしてきた著者の真面目さが目に浮かんだ。
文章も読みやすく、知らない世界の話にぐいぐい引き込まれた。
読了日:01月26日 著者:内田正治

出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記感想
読み続けていた海外ミステリシリーズで、翻訳者が代わったときは、明らかに文章のトーンが変化したのを感じた。
しかし、慣れてしまうとそれも気にならなくなったので、私の中では位置づけは高くない。
翻訳者を見て本を買うこともないが、それでも素晴らしい訳に出会うと、その力量に素直に感心する。
それほどクオリティが高い職業だというのに、専任で食べていける人がわずかというのは、出版業界のブラックさによるのか。
翻訳の楽しさ、苦しさよりも、多くを割いている出版社との印税を巡るいざこざや、裁判沙汰の下りが、読むに堪えなかった。

読了日:01月23日 著者:宮崎 伸治

恐竜まみれ :発掘現場は今日も命がけ恐竜まみれ :発掘現場は今日も命がけ感想
中学~大学時代、化石採集に夢中になり、全国のフィールドを駆け回った。
本書にも出てくる福井県でアンモナイトを探し、でかいハンマーを担いで北海道の沢を遡った。
いつの日にか恐竜化石に出会えることを夢見ていた。もう40年以上前の私の体験だ。
日本の恐竜研究の第一人者である著者の原点も福井のアンモナイトであったことを知り、得も言われぬ親近感を持って読むことができた。
ほんの数ミリの骨片がむかわ竜の全身骨格発見につながる記述など、ワクワク感が止まらないし、冒頭のアラスカでのグリズリーとの遭遇やゴビ砂漠での嵐、自然との闘いの中での発掘は上質な冒険譚を読むように酔いしれた。
研究者になるという少年の頃の夢を実現し、発掘現場で汗まみれになりながら地道な研究の積み重ねをいとわない、初志貫徹する姿に輝きをみることができた。
化石採集や発掘調査の未経験者でも心の躍動を覚えることができる一冊と思う。
読了日:01月22日 著者:小林 快次

コールセンターもしもし日記コールセンターもしもし日記感想
「暴言、恫喝と、テンション上がりまくって狂暴になっていく相手に、この仕事がほとほと嫌になる」サラリーマン時代、お客様相談窓口をしていた同僚の言葉だ。
顔が見えない電話だからこそ、そうした因子を持った人は本性をむき出しにする。
言葉の暴力は、いつまでも心の奥底に刻み込まれ、決して忘れることがない。
本書で取り上げている出来事の多くが、コールセンターでのクレームやトラブルの応対。楽しい記述はみじんもない。
心の病気が再発しないのが不思議なくらいだ。派遣社員という境遇も辛いが、忍耐を強いる仕事環境に問題がありそうだ。
読了日:01月19日 著者:吉川 徹

女流作家女流作家感想
ブックオフの棚にずらりと並ぶ西村京太郎の作品。対して、山村美紗は一冊も見当たらない。
かつてミステリーの女王と呼ばれてもすでに忘れ去られた作家である。
花房観音『京都に女王と呼ばれた作家がいた』を読まなかったら、おそらく手にすることもなかった二人の作品だ。
好奇心に駆られた野次馬根性でこうして手に取っている。
先に読んだ『華の棺』より遡ること5年前に書かれた本書の内容は似通っているが、全編を通して矢木=著者の、夏子=美紗への恋慕が未練がましく綴られている。
夏子をめぐる松木=松本清張への嫉妬も含めて、そこには好きな女に振り回される頼りなく、情けない男の滑稽さが見て取れる。
矢木のキャラをあえてこうしたのは計算づくだろうか。そうでなければ、思いっきりズレている。
「山村美紗さんに本書を捧げる」と記し、口絵に二人で旅した沖縄での32才の美紗の写真を載せ、それに合わせた文中での不倫描写。この、意味ありげな演出をする神経も、下衆の私にはお笑いにしかならない。
まだ書き足らなかったのか。『華の棺』で彼女への未練は昇華したのだろうか。
読了日:01月17日 著者:西村 京太郎

交通誘導員ヨレヨレ日記――当年73歳、本日も炎天下、朝っぱらから現場に立ちます交通誘導員ヨレヨレ日記――当年73歳、本日も炎天下、朝っぱらから現場に立ちます感想
この仕事、自分にできるだろうか?…その都度、我が身に当てはめてシリーズを読んでいる。
結論から言って、どの仕事もできそうもない。
交通誘導員についていえば、3K職場という理由以上に、コミュニケーション能力や判断力の必要性、ひいては人の命を守るという重責には、とてもじゃないが自信がない。
リタイヤして2年、いまだに何もせずにのんびりと暮らす軟弱者には、言うに及ばずだろう。
昨年、中山道の歩き旅で、交通量が多い歩道もない片交の現場で先に進めず躊躇したことがあった。私より年配の誘導員が、対向車を止めて、100メートル先の工事終了区間まで誘導して一緒に歩いてくれた。まさに地獄に仏だった。
知らない世界の仕事の厳しさを、ありのままにその日常を記した著者の筆力にも感嘆したが、どこか険がある奥さんの言葉にもひるまず、聞き流してしまう熟年夫婦の危うい関係にもハラハラしてしまった。
読了日:01月16日 著者:柏耕一

蟻地獄/枯野の宿 (新潮文庫 つ 16-5)蟻地獄/枯野の宿 (新潮文庫 つ 16-5)感想
1958年~66年までの初期作品は、貸本で少年たちに人気があった宇宙や時代劇モノが並ぶ。
絵のタッチも白戸三平や手塚治虫に似通っており、かなり影響を受けていたようだ。
しかし70年代になり一転してタッチは変わり、哀愁と寂寥感が漂うシュールな絵になっている。
この頃から自分のスタイルを確立したのだろうか。
旅館の女中との逢瀬を描いた73年に発表された『懐かしいひと』は、74年の『義男の青春』の続編にあたるが、面白いのは『懐かしいひと』のほうが先に出されていること。これも計算づくか。
だとしたら、やはり只者ではない。
読了日:01月15日 著者:つげ 義春

乙女の読書道乙女の読書道感想
本の雑誌の連載も読んでいたが、こうして一冊にまとまると、SF愛にかける偏読ぶりに改めて驚く。
キノコや人体デッサンの本も挟まれているので、この辺りは偏りを意識してか。
そして、父の作品をちゃっかりと紹介するのも忘れない。父親想いが垣間見れる。
紹介されている作品の中で読んだのは『女盗賊プーラン』のみ。ジャンルの傾向はまったく違えど、紙の本を愛する熱量は大いに共感した。
巻末の池澤夏樹との父娘対談がまた良い。同じく、娘を持つ身なので、本の話題で盛り上がる関係が実に羨ましく思う。
これこそ活字中毒冥利に尽きよう。
読了日:01月14日 著者:池澤 春菜

華の棺華の棺感想
花房観音『京都に女王と呼ばれた作家がいた』を読み、好奇心に駆られて手に取った。
西村京太郎は初読みだが、昭和の残り香を感じる雰囲気はまだしも、緻密さを感じない粗削りの文章と句点だらけのぶつ切り文体に辟易。
著者の作風はこうなのかと、まずは思った。
夏子=山村美紗を取り巻く登場人物や作品名も察しがつき、これまでのイメージが変わってしまいそうで、良い気持ちはしない。
古代史論争を繰り広げた松本清張と高木彬光。清張の『日本の黒い霧』や『清張通史』、高木彬光『邪馬台国の秘密』。
かつて夢中で読んだことを思い出す。そして山村美紗の『小説長谷川一夫』。
歿後10年経ち、小説の名を借りてここまで晒したのは何故だろうか。それは同志としての使命感なのだろうか。
矢木の名を借りて屈折した心中を吐露するのは、未練がましい愛情表現とも感じる。
何より、美紗の夫である巍氏の存在を離婚の一言で消してしまったことが、鼻持ちならない。
古代史論争の部分も冗長だし、男を手玉に取る夏子の態度とその裏側にある心情が今一つ伝わらず、死をもって強引に幕引きさせたような後味の悪さを感じる作品だった。
読了日:01月13日 著者:西村 京太郎

メーター検針員テゲテゲ日記――1件40円、本日250件、10年勤めてクビになりましたメーター検針員テゲテゲ日記――1件40円、本日250件、10年勤めてクビになりました感想
このシリーズ、手に取ったのは6作目。著者はいずれも執筆経験者で、本作品も作家希望の人。
どんな内容にせよ、自分の本を出せたという夢が叶ってまずは良かったと思う。
メーター検針員の仕事は傍から見たらラクそうに見えたが、そこは野外を相手の仕事。これでもか!と辛い現場の経験が綴られていく。
人と接する仕事だけに、独居老人の寂しい実態も書いているが、虐待された犬のことまで触れるあたりは、観察眼もあり、単なる仕事のルポのみで終わっていないところに好感が持てた。
「慎ましい生活で十分」という著者の生きざまにも大いに共感した。
読了日:01月11日 著者:川島 徹

派遣添乗員ヘトヘト日記――当年66歳、本日も“日雇い派遣"で旅に出ます派遣添乗員ヘトヘト日記――当年66歳、本日も“日雇い派遣"で旅に出ます感想
これまでの人生で、ツアーや社員旅行で添乗員と何度も接しているはずなのに、彼らの印象が残っていないのはなぜだろう?
これを読むと、その意味が少し理解できた気がする。
著者曰く究極のサービス業というだけあって、黒子に徹して、無事にツアーを終了させてこそ当たり前。できなければ仕事の真価が問われるということだ。
個性よりもマネジメント能力がすべて。印象が残らなかったということは、裏を返せば、彼らはよい仕事をしたということだろう。
いかんせん、クレームの矛先は添乗員に向いてしまう。
因果な商売だが、それがサービス業である。
読了日:01月09日 著者:梅村達

京都に女王と呼ばれた作家がいた 山村美紗とふたりの男京都に女王と呼ばれた作家がいた 山村美紗とふたりの男感想
山村美紗と西村京太郎、そして美紗の夫である巍氏の不可思議な関係が知りたくて手に取った。
単なる覗き見趣味の何物でもないが、年間15作も書き、何本もの連載を持ち、一日20時間も一心不乱に机に向かう作家としての山村美紗の執念に圧倒され、下世話な男女関係などどうでもよくなってしまった。
「賞なし作家」のコンプレックスを隠し、売れる作品の量産化にこだわり、時流に乗ったことで人気作家になっていく山村美紗の心情も分からぬではない。
山村美紗の代表作、名作といわれる作品はあるのだろうか。西村京太郎も含めて、私は一冊も読んだことがない。
著者が文壇のタブーに挑戦し、ノンフィクションとして本書を上梓したことは評価に値する。
生前の西村京太郎に取材できれば、より内容に深みが増したと思うが、全員が物故した今、真実はすべて闇の中である。
読了日:01月07日 著者:花房 観音

非正規介護職員ヨボヨボ日記――当年60歳、排泄も入浴もお世話させていただきます非正規介護職員ヨボヨボ日記――当年60歳、排泄も入浴もお世話させていただきます感想
このシリーズを手に取るのは四作目。感心するのは書き手の文章の巧さ。
この作品の真山氏も、小説部門で地方の文学賞を獲ったというだけあって、筆力はなかなかのもの。
入居者同士の自慢話を描いた項は、まるで漫才を見ているようで思わず笑ってしまう。
介護が暗く過酷な現場と思ってしまう先入観を払拭するのは大変だが、あえて明るく描いた著者のねらいを見た気がする。
社会福祉を学んでもその職に就くことなくリタイヤした私には、福祉を語る資格は毛頭ないが、ここで働く人々に処遇改善ともっと光を与えなければ、文明国家とはいえないだろう。
読了日:01月05日 著者:真山 剛

ケアマネジャーはらはら日記ケアマネジャーはらはら日記感想
70才近くになっても働く意欲を失わない、この人のバイタリティーに脱帽。
仕事の苛烈さは想像通りだが、それ以上に職場の人間関係の煩わしさに読み手として感情移入した。
パワハラはどんな現場でも起こりうるが、コイツはいただけない。
最後通牒ともいえる証拠メモを突き付ける場面は痛快。まさに遠山の金さんのようですっきりした。
嫌な職場に居続けることほど辛いことはないのだからこれでいい。
内容はケアマネの仕事云々よりも、よくある半生記のような気がしないでもない。
福祉現場の現実か、これで年収450万はまったく見合わない。
読了日:01月05日 著者:岸山真理子

マンション管理員オロオロ日記――当年72歳、夫婦で住み込み、24時間苦情承りますマンション管理員オロオロ日記――当年72歳、夫婦で住み込み、24時間苦情承ります感想
定年後の職探しでハローワークで紹介されたのが、この仕事。先にリタイヤした先輩たちもやっているし、イメージとしては、年寄りにピッタリの楽な仕事と思っていたが、これを読んで、自分には無理だと痛感。
気が短い人には向かない仕事のようだ。
それにしても、管理人を下僕のように扱う住人たちの高慢チキさ。無理難題のクレーム。読んでいて腹が立ってくる。
年寄りにストレスは禁物だが、この状況下で、仕事への喜びを魅いだせるというのか。
最後の一文に、充実感とやりがいがあったと書かれていることに救われた。
このご夫婦を、素直に尊敬。
読了日:01月05日 著者:南野 苑生

潜入・ゴミ屋敷-孤立社会が生む新しい病 (中公新書ラクレ, 733)潜入・ゴミ屋敷-孤立社会が生む新しい病 (中公新書ラクレ, 733)感想
先に、村田らむ著『ゴミ屋敷奮闘記』を読んだので、潜入ルポというパターンには新鮮味がなかった。
村田氏のルポに登場するのは、ゴミ屋敷の住人自らが金を払って掃除をしてもらうという、往々にして身辺に“だらしがない”人のルポ。
反面、本書に出てくるのは、『ためこみ症』という病気によりゴミ屋敷となり、ひいては死に至ってしまうという事実。
その背景には孤立社会と呼んでもいい、我が国の病んでいる構造が影響しているように思えるが、つきつめれば、孤立する人それぞれの理由が大きい。
すべてを社会のせいにするには無理があると思えた。
読了日:01月05日 著者:笹井 恵里子

老人をなめるな (幻冬舎新書 667)老人をなめるな (幻冬舎新書 667)感想
今年、前期高齢者の仲間入りをする私としては、どうにも気になって、老後に関するこの手の本をつまんでいる。
著者の作品は好きなので欠かさず読んできたが、最近の傾向としては、いかにも高齢者の代表のように主張したり、反面、年寄りが虐げられているような卑屈感が漂う記述が鼻につくようになってきた。そろそろ著者の本ともお別れか。
ただ、「親の介護を子供がして当然、ではない」は賛同。
国の福祉行政に関わるこの問題。少子化問題を含めて、おそまつ過ぎる施策の現状を一刻も早く改善しなければ、“一億総介護国家”となってしまうだろう。
読了日:01月05日 著者:下重暁子


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[ 2023/02/04 ] ▼読書 | TB(0) | CM(0)

映画『レジェンド&バタフライ』を観る

今年の方角は南南東。
いつからこんな習慣になってしまったのか、恵方巻をパクついたところです。
おそらく食品や流通業界の戦略でしょうね。
バレンタインデーもそうですが、節分も一大イベントになってきたと思います。

…ということで、節分の今日、話題の映画、『レジェンド&バタフライ』(大友啓史監督)を観てきました。

本音を言うと、本日封切の『仕掛人梅安』を観たかったんですが、キムタク好きなカミさんにほだされて足を運びました。
私は、どちらかというとキムタクは嫌いなほうですが、郷土の英雄・織田信長とあれば無視できません。
ほやかて、これでも岐阜県民だもんで(岐阜弁丸出し)。

昨年の『岐阜信長まつり』のパレードでは67万人もの人を集めたキムタクなんで、平日午前でもほぼ満席の盛況でした。
さすがに集客できる人気タレントですね。

ストーリーは、濃姫と結婚してから本能寺で果てるまでの30年間の夫婦愛を描くという切り口。
明智光秀との確執を含めて、信長のイメージが崩れるような新解釈もたくさんありましたが、素直に楽しむことができました。

名古屋弁や岐阜弁といった方言も、日頃からなじんでいるだけに親しみが湧きました。

キムタクはともかく、濃姫役の綾瀬はるかが良かったですね。
演技も美しさも別格です。

3時間という長い時間があっという間。
時代劇好きにはおススメの作品だと思います。

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[ 2023/02/03 ] ▼映画 | TB(0) | CM(0)

下街道を歩く② 多治見~神領

下街道の続きを歩きました。
今回は岐阜県多治見市の市役所本庁舎から内津峠を越えて愛知県春日井市のJR神領駅までの約20㎞です。

8時30分出発。
気温は2度。
一年で一番寒い季節なので、厚手のパーカーとネックウォーマー、毛糸の帽子の出で立ち。
もちろん、ヒートテックの股引も履いてます(笑)。

古い商家や白壁の蔵が軒を並べるオリベストリートから土岐川にかかる多治見橋を渡り、JR多治見駅前へ。
下街道は土岐川堤防と商店街のどちらも通っており、今回は商店街を歩いて池田町へ進みます。
多治見市内は地元なので、今更ですが、こうしてぶらぶら歩くのも新たな発見があっていいですね。

美濃焼陶器の町だけあって、いたるところに陶器のモニュメントやデザインタイルが敷かれた歩道など見ることができました。

県立多治見病院の脇を抜け池田町に入ると、小規模ながら宿場の雰囲気があり、常夜燈も残っていました。

さて、今回のウオーキングのメインがここからです。

国道19号線をしばらく歩いてから森の中の旧道に入り、えっちらおっちらと内津峠を目指して登ります。
途中には苔むした馬頭観音もありました。

峠を境に愛知県に入ると、これまで見慣れていた【←下街道→】のプレートもなくなり、地図アプリを確認しながら坂下宿に向かって下りました。

坂下宿は常夜燈や馬頭観音があるので、ここが下街道ということは分かりましたが、古い建物はわずかしか残っていないので、街道ウォーキングとしては今一つでした。

交通量が多い県道を離れ、内津川に沿って歩いて、JR神領駅でゴール。
スコアは17.48㎞、26905歩のウォーキングでした。

下街道は名古屋市の熱田まで続いていますが、ここから先は都市部に入るので、面白味もなさそうなので、これで打ち止めにしたいと思います。

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※土岐川のほとりに建つ「鰻塚」。多治見はうなぎ屋が多いことでも有名。

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※下街道が通る多治見駅前の商店街を歩く

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※同上。陶器のモニュメントがいたるところにあった

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※池田町の町並み(多治見)

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※池田町三叉路の道標。右/東京ぜんこうじ道、左/き帰たにぐみ道、左/なこやいせ道

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※池田町の町並み。奥に見えるのは津島神社(多治見)

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※池田の常夜燈。文政9年(1826)建立。高さ4.7㍍。下街道で一番の高さ(多治見)

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※池田町の町並み(多治見)

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※内津峠を登る。下に見えるのは国道19号線バイパス

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※内津峠の馬頭観音。荷馬車を扱う愛岐組により明治27年(1894)建立(多治見)

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※馬頭観音の隣にあった道祖神(多治見)

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※内津神社(春日井)

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※同上。本殿には立派な彫刻が施されていた

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※内津峠にある鵜飼邸。平成10年に都市景観形成建築物等に指定。幕末には味噌醸造、薬の製造で栄えた。(春日井)

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※坂下町の馬頭観音(春日井)

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※空腹で飛び込んだうどん屋のランチ(大俵 日替りランチ990円)。食べ過ぎですね~

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※坂下町の常夜燈(春日井)

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※同上。寛永年間建立のお地蔵様

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※坂下宿。わずかに古い建物が残る(春日井)

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※13時30分、JR神領駅にゴール(春日井)

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下街道を歩く① 恵那~土岐

ちょっとばかし、更新をサボってました。

正月からゴロゴロと過ごしてたんで、体重が増加。
その結果、血糖値が上昇するという悪循環です。

先週行ったクリニックの検査では、Hac1が先月の6.7から7.7に急上昇しており、
来月の結果次第では服薬ということを示唆されました。
何しろ、膵臓が半分しかないんで、術後の後遺症ともいえる糖尿病との付き合いは覚悟しています。
それでも、ここまでクスリを飲まずに何とかやってきました。

往生際が悪いですが、とりあえずは食生活を見直し、運動をしっかりやって体重を減らそうと思います。

…ということで、だらけ切った生活に“喝”を入れるべく、久しぶりの長距離ウォーキングをしてきました。

歩いたのは、岐阜県恵那市から名古屋市までの60㎞に及ぶ【下街道】です。
江戸時代に中山道と名古屋城下を結んだ脇街道です。
古い町並みはあまり残っていませんが、路傍にたたずむ石仏や常夜燈に癒されました。

3年前に岐阜県瑞浪市から多治見市までの25㎞ほどを歩いていますが、どうせなら起点である恵那市から歩くことを思い立ち、チャレンジすることにしました。

気温マイナス3度の氷点下、JR恵那駅からスタートし、中山道との追分へ。
恵那から瑞浪までは、土岐川とJR中央西線、国道19号線に挟まれた街道を歩きました。
古い民家が軒を連ねるわけでもなく、町並みはパッとしないですが、廃業した酒蔵や神社仏閣もあって、晴天の下、のんびりと歩くには良かったです。

高山宿を抜けた土岐市役所前でゴール。
26.8㎞、40154歩の久しぶりの長距離ウォーキング。
心地よい疲労感を味わいました。

土岐市役所から多治見の中心部までは以前も歩いているので、次回はそこから愛知県春日井市まで歩いてみようと思います。

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※9時30分、氷点下の気温。JR恵那駅をスタート

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※中山道大井宿を歩く

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※同上

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※雪が残った国道19号線に出て、下街道の追分を目指す。

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※1670年建立の竹折の石どうと1764年建立の馬頭観音。

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※武並神社。正面の石は神籠石(雨乞い石)

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※真っ黒に変色した干し柿が下がっていた

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※庚申堂の石仏群

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※廃業した「いとう鶴酒造」

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※同上。重厚な木造建築

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※やさしい表情の如意輪観音像

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※沼地蔵と馬頭観音(武並~釜戸間)

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※常夜燈を見ながら歩く

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※土岐川の風景。奥には雪を被った中央アルプスが見えた

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※中切辻道標 左/伊勢道、右/中街道中仙道御嶽之道(瑞浪)

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※二体の馬頭観音(瑞浪)

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※古い町並みはないが、のんびりと歩くことができる

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※御堂に安置された大黒天像。安政5年(1858)、宮大工の名匠野村作十郎の彫刻。高さ180cm。日本最大級の木彫の大黒天像(瑞浪)

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※清水弘法堂の石仏群。弘法堂は1615年建立。多くの石仏が1700年代の建立(瑞浪市)

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※常夜燈(瑞浪市)

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※土岐川河畔に建つ役行者石像

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※高山宿。下街道では一番規模が大きい宿場(土岐市)

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