ゆっくりと身支度を整え、8時過ぎに出発。
出掛けにご主人から、ペットボトルの水やミカン、パンや菓子をご接待された。
重たくなるが、行動食用にありがたくいただいた。
今日の行程は22㎞先にある23番薬王寺を打つだけなので、楽なコースである。
この旅三回目の野宿を道の駅日和佐で予定しているので、あまり早く着いてしまうのもいただけない。
のんびりと歩き、何回も休憩をとることにした。
歩き始めてしばらくすると月夜というロマンチックな集落に出会い、そこには真新しい遍路小屋が建っていた。
残念ながらトイレや水場がないので、野宿には不向きだ。
これまで多くの遍路小屋を見てきたが、そのほとんどがトイレ、水なしだった。
一里塚跡を過ぎたところで、一昨日に同行してから何度も顔を会わせる北海道のAさんに追いついた。
ここまでの山越えルートを含め、歩いてきたことに女性ながらアッパレである。
しばらく一緒に歩くことにし、貝谷峠に向かう旧道手前で別れた。
峠に向かう途中には、廃校となった小学校があり、校舎の入口には快適そうな休憩所があった。
置かれていたノートの書き込みを見ると、ここで泊まったお遍路さんも多くいるようだった。
竹林と杉林の旧土佐街道の遍路道を登ると、貝谷峠に出た。
この旅初めての海が眼下に見えた。
そこからのんびりと下り、由岐の町を抜け、田井の浜へ。
のどかな春の海の風景が広がっていた。
津波災害区域なので、そこかしこに避難経路の案内が掲示され、もし、今、津波が起きたらどこに逃げればいいのか、四方の山を見ながら歩いた。
遍路道は海岸に沿って伸びており、海を見飽きた頃、日和佐の町に入った。
薬王寺は日和佐の町を見下ろすような山の中腹に建っていた。
山門から長い石段を登り、本堂へ。
遍路ツアーの団体客や外人の観光客もいて、境内は賑わっており、韓国語や中国語が飛び交っていた。
境内のサクラはまだつぼみだったが、来週には開花のたよりが届くだろう。
納経を済ませて寺を下り、すぐ目の前にある道の駅に向かう。
17時30分の終了時間までまだ2時間以上あり、コンビニで買い出しをしたり、観光案内所の職員からこの先の遍路コースの情報を仕入れたりして過ごす。
まるで遍路小屋のような作りに仕切られた建物の中にテントを張り終えた頃、でかいザックを背負った若者登場。
訊けば、徳島から高知までの海岸線を野宿して旅しているという。
テントを持たずに寝袋だけで、遍路小屋や道の駅で夜を過ごしたそうだ。
今夜は道の駅に隣接したJR日和佐駅の待合室で眠るということだった。
無鉄砲な若者のパワーを見た思いだが、考えてみれば、64才になっても、似たようなことをしている自分が可笑しい。
いつまでも青春の夢を引きずっていく人生。
これもありか…。
今夜は冷えそうだ。
◼️2023年3月14日 23番鶴薬王寺
◼️38287歩 24.88㎞
◼️晴れ
◼️道の駅日和佐

※お遍路の旅、7日目が始まった

※月夜集落の遍路小屋

※遍路道となっている旧道の土佐街道を歩く

※まむしの季節ではないのが幸いである

※お遍路休憩所の近くにあった手作りの標識。児童の作品かな

※廃校にあった休憩所

※土佐街道を歩く

※貝谷峠の登り

※峠からはこの旅初めての海が見えた

※田井の浜に出ると遍路休憩所があった

※海に面した由岐の町

※こんな看板もあった

※遍路休憩所でしばし休む

※日和佐の町までは海岸線を歩く

※日和佐の町並み。薬王寺も近い

※薬王寺山門

※同上。本堂

※薬王寺境内からは、眼下に日和佐の町が見えた

※今夜は道の駅日和佐で野宿。目の前に国道が通り、クルマがうるさい。

※夕食はラーメンと肉団子、缶詰め。ラーメンにはコンビニの刻んだキャベツをたっぷりと入れた
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