8月に入っても猛暑が続いています。
プランターで育てているゴーヤも第一弾を収穫することができました。
20センチほどの小ぶりですが、バナナと牛乳を混ぜジュースにして、濃厚な苦みを味わっています。
7月は暑さに辟易して、日中は外に出ることもなくひたすら籠っていました。
その分好きな読書に集中できたのは良かったかも。
28冊も読めたのは、ここ何十年かのハイスコアです。
収穫はたくさんあった。
『野原』『マスコット』『亜鉛の少年たち』『コード・ガールズ』は今年のベストになると思います。

※収穫したゴーヤ
7月の読書メーター読んだ本の数:28
読んだページ数:8083
ナイス数:1505
ぼくは猟師になった (新潮文庫)の
感想シカやイノシシなどの大型動物の猟の現場に立ち会ったことがないので、罠の設置から捕獲、解体までを臨場感溢れる筆致で記した内容に衝撃を受けた。
少しでも嫌悪感を持ったらおそらく読めなくなるが、自然の恵みに感謝し、無駄なく食べるという著者のスタンスには好感が持てた。
自給自足の生活を今の世に実践することは難しいが、私たちが山菜採りや釣り、潮干狩に心が躍るのも古来から受け継がれてきた狩猟民族としての証しではないだろうか。
小さな肉の一片に生きていた姿を思うことも時には必要である。そんな当たり前のこと教えてくれたと思う。
読了日:07月31日 著者:
千松 信也
青春の影 ジョヴァンニーノ(角川文庫)の
感想シチリアを舞台にしたパッティの三部作『さらば恋の日』『しのび逢い』『シチリアの恋人たち』を読んだのはもう50年近く前。
青春期のやるせなさとさわやかなエロティズムを丁寧に描いた秀作だった。
それ以来イタリア近代文学の書き手としてずっと気になっていたが、今年になって手に入れたのが本書。まさに恋焦がれた人に出会ったような僥倖だった。
1954年に発表され、日本語訳は1978年発行なのですでに古典の部類に入るが、今読んでもそれほど古さを感じない。
著者自身を投影したジョヴァンニーノの少年期から壮年期の姿に、誰もが経験する青春の美しさと苦渋する老いの変貌を織り交ぜ、人生を映す走馬灯のように淡々と描いていく。
ジョヴァンニーノの人生は波乱万丈ではなく、むしろ平凡である。
その背景あるシチリア島カターニャのまばゆく照らす陽光が私にも重なり、人生もまんざら悪くないよと、日々老いていくもどかしさと不安を少しだけ和らげてくれたように思えた。
読了日:07月30日 著者:
エルコレ・パッティ
アウシュヴィッツで君を想う (ハヤカワ文庫NF NF 599)の
感想『アンネの日記』に先立つ前年に刊行された本書は、オランダ系ユダヤ人である著者が収容所での日々を克明に記したものだ。
あらゆる国籍、人種、犯罪者や政治犯が収容されているなかで、ユダヤ人が最下層の序列に位置づけられていることが分かる。
医師と看護師の夫婦であるハンス(エディ)とフリーデルが解放後まで生きながらえたのは、運以上に、生き抜くことへの執着と二人の強い絆があったと思いたい。
人体実験が公然と行われた陰にはヨーゼフ・メンゲレの存在を示唆し、収容所での生活や、死の行進から解放前後の混乱が描かれたのも興味深い。
読了日:07月29日 著者:
エディ・デ・ウィンド
書評稼業四十年の
感想3つのペンネームを使い分けた文章に慣れ親しんできただけに、鬼籍に入ってしまったのは残念。
今更だが本書で北上=キタガミだと知った。てっきりキタカミだと思っていたので、これではファンとして失格である。
著者は生業で食えた数少ない書評家の一人だが、それは読書量と知識の深さ、卓越した文章力があってのこと。
最後の章で、未読の本が並ぶ書棚の前に座って、何を読もうと選ぶだけで終わる至福を書いている。これこそ読書家冥利に尽きるだろう。
煽り書評と知りつつも信頼し、多くの本と出会え、私もまた至福の時間をもてたことに感謝したい。
読了日:07月28日 著者:
北上 次郎
コード・ガールズ――日独の暗号を解き明かした女性たちの
感想「鉛筆を動かす女たちが日本の船を沈没させる」と比喩された、暗号解読により戦争を終結に導く原動力になった女性たちの存在が浮かび上がった。
輸送路を断たれたことで日本兵が餓死し、捨て身の神風特攻隊に繋がっていく過程には戦慄を覚える。
一方で、洒落た制服で仕事や食事を楽しむ女性たちと、もんぺ姿の日本女性とのギャップに国力の差を感じてしまう。
暗号解読施設が重要視され、終戦後の米ソ冷戦時代から現代への諜報活動に受け継がれたのは米国の先見の明として、少なからず女性の雇用拡大と能力発掘、地位向上に貢献したことも見逃せない。
読了日:07月27日 著者:
ライザ・マンディ
春の数えかた (新潮文庫)の
感想少年の頃からもち続けていた疑問が一瞬にして氷解した、そんな気分にさせてくれた一冊。
これを読まなかったらそれこそ墓場までもっていくところだった。
例えば、なぜ虫は光に集まるのかという習性に対して、著者は「虫たちは暗い林床から林の外へ早く出るために夜空からやってくるほのかな光に向かう」と答える。
ゴキブリや蝶の行動についてもしかり。エサを探して、あるいはメスを求めて体が動いていると説く。
科学的な根拠を並べて、平坦でいて詩的な文章で教えてくれるのだ。
セミの項では、今が盛りの蝉しぐれに、幼き日の情景が瞼に浮かんだ。
読了日:07月25日 著者:
日高 敏隆
娘巡礼記 (岩波文庫)の
感想才気溢れる瑞々しい文章に唸った。
真っ直ぐに物を見る目と、その裏側を射抜くような感性は持って生まれた力だろうか。
寂れた遍路宿の垢が浮いた風呂におののき、汚い柄杓で盛った飯に手を付けることもできぬお嬢様であり、“情け美わしく濃まやかにしかも高らかなる気品ある夫人こそ私の理想であり情景である”と書く。
世間から疎まれ、忌み嫌われた遍路に飛び込んだ初々しい24才の女性が、その体験を通して、後に女性解放の旗手として活躍していく片鱗を十分に感じ取ることができた。
それにしても当時の遍路事情は凄まじい。修業と称する托鉢や物乞いを生活の糧とする人や病人、犯罪者、国を追われた人々が渦巻き、そこには純粋なお大師信仰が存在しているのかと疑いたくもなる。
カタチは違うが、今の時代はスタンプラリーのようにレジャー感覚で遍路を楽しむ人は多いし、少なからず職業遍路もいるので、そのあり方も人それぞれで、ガチガチの巡礼がすべてではない。
しかし、野宿を重ね、苦しい峠を越え、しかも逆打ちという厳しさのなかで結願を果たした著者の精神力は何と言っても素晴らしい。
同行のご老人がいたことは幸運であるが、当時の遍路の厳しさは現代では想像もつかない。
私もこの春40日間の歩き遍路を体験しただけに、無心で歩いた四国の情景がまぶたに浮かび、頬を撫でたうららかな風までを感じるようだった。
読了日:07月24日 著者:
高群 逸枝
亜鉛の少年たち: アフガン帰還兵の証言 増補版の
感想ソ連軍の戦死者1万5千、アフガニスタンは民間人合わせて150万の死者と難民は400万人を数えた。
ソ連軍が撤退した後に残された武器を手に、更に泥沼化が続いたアフガン紛争はいまだに収束の兆しはない。
亜鉛の棺で帰還した少年たちの魂はこの現実を知る由もないだろう。
日本製のラジカセに憧れ、戦況も知らぬまま送り込まれた兵士たちは、国家の統率者たちの犯罪的な歯車にされたことさえも気づいていない。
これは今のウクライナ戦争とダブってくる。ソ連、ロシアは何度同じことを繰り返すのだろうか。
本書で戦争の悲惨さと愚かさを突きつけた著者に対しての裁判にも、裏で蠢く国家権力の悪意がある。
本人や家族たちの生々しい証言を読み進むほどマヒしてしまい、戦争=殺人という現実が重みを失くし、まるで日常生活の一コマに見えてくるのが恐ろしかった。
読了日:07月23日 著者:
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
二畳で豊かに住む (集英社新書)の
感想「狭いながらも楽しい我が家」これは死語だろうか。
単身世帯が爆発的に増えている今は、「狭い」と「楽しい」が切り離されたように思える。
かつての、貧乏だけど家族が寄り添うように暮らしていた生活は、楽しさ=豊かさがあったと思う。
私も昭和30年代から40年代にかけて、家族5人の狭い団地暮らしでそれを経験したからよく分かる。
内田百聞や高村光太郎は、狭さのなかに積極的に豊かさを求めて楽しんでいるから、これは恵まれた人の粋な酔狂にも見て取れなくもない。
しかし、貧富格差が住環境を決めかねない今はどうだろうか。たとえ二畳でもホームレスよりマシと思う人もいるだろう。
本書で紹介されたお遍路が利用したという四国の茶屋は壁もない東屋。今でいう遍路小屋である
。雨風が入るあけっぴろげな造りは、乞食遍路や不審者を締め出すための防犯対策である。
これを住居として同列に論じるのはどうかと思うが、正岡子規の六畳間にしかり、表題の二畳にこだわっているわけでもなさそうなので、物足りなさを大いに感じてしまった。
読了日:07月22日 著者:
西 和夫
土偶を読むを読むの
感想私が『土偶を読む』を痛快と感じたのは、オニグルミや栗に似ているという論証よりも保守的、権威的な学会・専門家批判(あるいは否定)にあった。
竹倉氏が在野の研究者だからこそ自由な発想で書き出版できたと思うが、位置づけは所詮一般書でしかない。
本書は縄文マニアである著者が自説を正当化するために専門家の応援団をはべらせて、鼻息荒く竹倉説を潰している。
一般人どうし好きなだけやってくれたら外野は面白いが、では土偶の正体は何なのか?研究が進んでいるというなら、専門家はそろそろ成果を出してもいいのでは。
まったく、じれったい。
読了日:07月21日 著者:
望月 昭秀,小久保拓也,山田 康弘,佐々木 由香,山科 哲,白鳥兄弟,松井 実,金子 昭彦,吉田 泰幸,菅 豊
ネオナチの少女 (単行本)の
感想ヒトラー政権下から続く正統派ナチと、戦後のナチス主義の復活を目指すネオナチの違いについてある程度の予備知識がないと本書の背景が分かり難いかもしれない。
ナチを信奉する父はホロコーストの存在を否定し、娘をヒトラーユーゲントに仕立てようとする時代に取り残されたような愛国者だが、平凡な生活を夢見つつも、そこから逃れてより過激なネオナチの活動に入ってしまう著者は不憫である。
何も知らない少女を誘導してしまうことこそ狂信的な思想の恐ろしさだろう。
脱退の辛苦は筆舌しがたいが、本書は右傾化が進む世に一石を投じたと思う。
読了日:07月20日 著者:
ハイディ ベネケンシュタイン
秘宝館という文化装置の
感想昭和の終わり頃、テーマソングまで覚えてしまうほど、CMにしつこく流れていた伊勢の元祖国際秘宝館。
今更後悔してもしかたないが、ずっと気になっていながら訪ねなかった。おそらく恥ずかしさが躊躇させたんだろう。
1980年代に一世を風靡した秘宝館も今ではそのほとんどが閉館となったが、果たした役割は決して小さくない。
温泉地とセットの団体旅行の目玉になり、大人がこっそりと楽しめるアミューズメントパークでもあった。
それゆえ経済効果も大きかったはず。
単なるエロ文化の発信基地というだけでなく、昭和の娯楽を担った文化遺産といってもいいのに、その位置づけが低いのは、タテマエとしてタブー視された性がウリだったからと察しがつく。
掲載された秘宝館の画像を見ると、昭和レトロな看板のフォントや精巧な蝋人形、大掛かりな仕掛けに過ぎ去った時代を見ることができる。これが離散し消えていくのは残念でならない。
文化装置と称え、学術的な見地から真面目に論じた著者の努力を買いたい。
読了日:07月19日 著者:
妙木 忍
アントンが飛ばした鳩:ホロコーストをめぐる30の物語の
感想プーリモ・レーヴィの励ましもあってこの作品が世に出たという。
少年期から晩年までを綴る珠玉の短編は一話完結のブツ切りではなく、自らのホロコーストを巡る体験が直接的に、あるいはさりげなく織り込まれており、計算された文章の流れと巧さに舌を巻く。
ナチスが拡散したファシズムの潮流に飲み込まれた人々はユダヤ人ばかりではない。
SS兵士やドイツ人、ポーランド人、ロシア人…であり、誰もが生き抜くために自分の立ち位置を必死に守ろうとしていただけである。
ホロコーストの加害者、被害者という分け方はあまりにも短絡的であると感じた。
読了日:07月19日 著者:
バーナード・ゴットフリード
あの図書館の彼女たちの
感想ナチスの足音が近づくパリと、ロッキー山脈を仰ぐアメリカモンタナ州。50年の時を結ぶ、ひたむきに生きた女性の物語を堪能した。
ナチスによるフランス侵攻から始まる怒涛の展開は、史実に基づいた手抜きがない描写に納得。
自由を尊重するパリ人には到底受け入れられない、生真面目体質のドイツらしい門限や、不当逮捕や密告がはびこる狂気。
パリ解放後にドイツ兵との不貞を理由に狩りだされた丸刈りにされる女性や、罪もないのに暴行を受けるボッシュの子が悲惨。
これまで数多の関連本でこのあたりの描写を読んできたが、鬱屈した憤懣が爆発し、それが集団による残虐行為に変わる過程は人間不信に陥るくらいの生々しさだ。
オディールやマーガレットもまたナチスの狂気に人生を翻弄された被害者であるが、自分の居場所を探す力強さのなかに、もろくも揺れる心を絶妙に描いている。
そしてこの作品の肝でもある、本の力を信じ、図書館を開け続けることと、本を読む人全員に本を届けることがナチスへの抵抗の形だと、職業意識を越えた信念をもって活動する司書たちの姿が心を打った。
読了日:07月16日 著者:
ジャネット・スケスリン・チャールズ
マスコット―ナチス突撃兵になったユダヤ少年の物語の
感想著者没後の2011年に出版された作品だが、ホロコースト関連を読み漁っている身としても、これはかなりの衝撃作だった。
ナチスドイツや旧ソ連に翻弄されたラトビアや、いまだにロシアの属国のようなベラルーシが舞台だけに興味が尽きない。
戦時中の東欧のユダヤ人が置かれた状況やナチスの勢力図を知る上でも貴重な記録である。
運命のいたずらといってもいいだろうか、ナチスSSの兵士となったユダヤ人の少年が部隊のマスコットにされた裏には、やがて降りかかってくる戦争犯罪の追跡から逃れるための謀略が見て取れる。
無垢な子どもを証言台として使うという卑劣な手段に憤りを感じるが、これもナチスならではのプロパガンダであろう。
出自を隠して軍服を着ることにこだわったのは、殺される恐怖よりも少年らしい嬉しさが勝っているようにも思える。
5才の少年が自分の名前も思い出せないというのもいただけないが、肉親が殺される殺戮の現場を見たショックからと考えれば、それもありだろうか。
アレックスが肌身離さず持っているトランクの中身や、生家を意図的に隠した異母兄弟のエリックの態度など疑問が残る点はさておく。
旧ナチスの残党やそれを追っかけるユダヤ人組織の妨害に遭いながらも、わずかに覚えていた「コイダノフ」「パノク」の単語を追っかけて次々と事実が判明していく後半の怒涛の展開は、良質のミステリを読んでいるようで手に汗握った。
アレックスの奥底にくすぶり続けて消えることがない、ナチスに加担したかもしれないという心の闇は、ホロコーストの悲劇といってもいい。
記憶の糸を紡ぎながら家族の歴史を掘り起こしていく壮大な旅が心に響いたこの作品は、今年一番の収穫となった。
読了日:07月13日 著者:
マーク カーゼム
地質学者ナウマン伝 フォッサマグナに挑んだお雇い外国人 (朝日選書)の
感想ナウマンゾウとフォッサマグナの発見者というイメージしかなかったナウマンだが、わずか10年間の来日期間で成し遂げたその超人的な業績に改めて驚いた。
来日してすぐにフォッサマグナと中央構造線の存在を提唱した見識は天才肌にも見えるが、根底には基礎となるフィールドワークあってのこと。
日本列島の地質図は現在の物と比較しても遜色はなく、調査過程で岩手県三陸(ジュラ紀)、岐阜県赤坂(ペルム紀)、高知県領石(デボン紀)、岐阜県瑞浪(第三紀中新世)などの現在でも有名な化石産地に巡検し、更に示準化石の発見により三畳紀の存在を示唆している。
化石好きにはたまらない記述だが、ナウマンの最大の業績は何といっても我が国の地質学の礎を築いたことによるだろう。
学問以外の場で、プライベートの不幸な事件や東京大学門下生との確執、森鴎外とのボタンの掛け違いのような論争が独り歩きし、その功績が歴史からかき消された背景には、どこかに悪意的な意図を感じる。
教科書を含めた学校教育の場でも広く紹介し、正当な評価をされるべき人物ではないだろうか。本書出版の意義は大きい。
読了日:07月11日 著者:
矢島道子
帰れない山 (新潮クレスト・ブックス)の
感想『フォンターネ山小屋の生活』を先に読んだので、順番が逆だったか?と気になったが、読み進むにつれそんなことはどうでもよくなった。
森を歩き、尾根を攀じ、氷河を登る自らの姿を思い描くほど、心が躍動する至福の時間を味わえたことが嬉しい。
山好きにとっては、物語の背景にたえず山があることはこれ以上ないほどの喜びであり、その世界にどっぷりと浸かることができれば言うことはない。
バキバキの山岳小説でなくとも、山の厳しさや優しさを伝えることはできる。
登場人物たちの人生模様もまた、あたかも山に包まれて同化したように輝いていた。
読了日:07月11日 著者:
パオロ コニェッティ
ミッテランの帽子 (新潮クレスト・ブックス)の
感想洗練された美味そうな料理やワインをなけなしの知識で思い描き、濃密な空気が肌にまとわりつくお洒落なパリの街角に、まるで自分が立っているような、そんな錯覚を味わいながら読んだ。
ミッテランの帽子を手にした人の幸運を不思議な力のエピソードと言ってしまえば、子供だましのドタバタコメディで終わってしまうが、この作品の面白さはそれで終わらない奥行きの深さにある。
ミッテランが生きた当時の社会情勢や風俗、芸術の息遣いがふんだんに描かれ、キーワードとなった帽子が見事に動き出す。最後の数ページの痛快なオチには思わず拍手した。
読了日:07月09日 著者:
アントワーヌ ローラン
痴者の食卓の
感想著者の死後、未読本を読み漁っていたが、私小説についてはこの作品をして完読となった。
中でも秋恵モノは作品群の中でも中核となるくらい筆を割いているが、貫多の粘着質の性格そのままに手を変え品を変え、最後には決まって暴力と反省の顛末に沈むという悪どいくらいのワンパターン。
更に“にわか読み手”が離れていくことは計算づくで、嫌悪感を撒き散らすこのスタイルに辟易になることを見通して「だったら、読むなよ」と著者は天からあざ笑う。
そんな中でも光ったのが『夢魔去りぬ』。離散した家族の話を書くとの決意に、ぜひ読んでみたかった。
読了日:07月08日 著者:
西村 賢太
(やまいだれ)の歌の
感想横浜に流れてきた19歳の北町貫多を読む。
バイト先で出会う同い年の女性への片思いや飲めぬ酒での失敗など、共感できる部分を探して私自身の遠い日の体験と重ね合わせたりもするが、やはりそこはどこにでもある爽やかな青春グラフィティで収まるはずもなく、期待を裏切らないアクの強さを存分に発揮してくれた。
「流れていくうちにはいつか摑まる枝もあろうし、浮かぶ瀬だってある」浮世草のような汲み取り便所のその日暮しに、ほんの少し先の薄明りさえ見えぬ閉塞感。
肩先をそっと掠めた師・藤沢清造との出会いが、一筋の光明になるのはまだ先だ。
読了日:07月08日 著者:
西村 賢太
歪んだ忌日の
感想著作完読のコンプリートを目指しているが、調べてみるとまだ未読の作品がいくつかあり、手始めにこれを読み始めた。だが、短編を3つ目まで読んで、再読だったことに気づいた。
本作が出た2013年前後は読書記録も中途半端にしか残しておらず、それが災いしたようだ。
しかし、二度目に違わずそれぞれの短編がリズミカルにテンポよく、鋭利な刃物のように突き刺さってくる。
秋恵と過ごす日常を描いた『青痣』や、その後の顛末『膣の復讐』では、時には狂暴に、一転して弱味をさらけ出す。
その有無も言わせない破壊力に改めて唸った。
読了日:07月07日 著者:
西村 賢太
アウシュヴィッツの小さな姉妹の
感想アウシュヴィッツに移送された21万6千人の子どものうち、解放時の生存者は451人。
そのうちのイタリア系ユダヤ人の姉妹が本書の著者である。
収容所での体験を6才と4才の2人がどこまで記憶しているのだろうかという一点に関心をもって読み進めたが、当時の状況を等身大にリアルに書いていることに驚いた。
中でも、ピラミッドと呼んだ死体の山の周りで遊んだという記述は、子ども目線ならではの驚愕の記憶である。
解放から50年目にして、姉妹はアウシュヴィッツの真実を人前で語り始めるが、印象に残ったのは、ホロコーストはドイツ人だけの責任ではなく、当時のヨーロッパ諸国にも責任があったということ。
その根底にあるファシズムや、根強く残る人種差別や偏見について非難していることである。全体主義や右傾化が勢いを増している世界情勢の中で、ホロコーストの生存者は残り少なくなっている。
悲劇の歴史を風化させないように記録し、グローバル視点で国を越えて次世代に継承していくことも、今を生きる者の責任のように思う。
読了日:07月06日 著者:
タチアナ&アンドラ・ブッチ
失踪願望。 コロナふらふら格闘編の
感想このところ著者の新刊から離れていたので、最近の動向を知るうえで読んで良かった。コロナに罹ったことも知らず、ずいぶんご無沙汰してしまった。これでは長年のシーナファンとして失格だ。
前半の日記では、西村賢太について、尊敬する作家であり、日記の天才であったとその死を悼んでいる。やはり見る人は見ている。
そして後半のコロナ感染記は凄まじいの一言。本当に助かって良かったと思う。
カバー写真の姿は随分とやつれたように見えるが、ワッセ、ワッセとビールを飲み、カツ丼をガシガシ食っていた彼も78才だ。まだまだ頑張って欲しい。
読了日:07月05日 著者:
椎名 誠
奇食珍食 糞便録 (集英社新書)の
感想過去に読んだことがあるエピソードが多くあったが、こうして一冊にまとまると、改めてシーナワールド全開の勢いを感じた。
世界のトイレ事情のなかでも、とりわけ天安門事件以前の、1980年代初めの中国のオールオープントイレの話はそのまま臭ってきそうでぶっ飛ぶが、まさしく同じ頃に、中国で同じ体験をした私としても、著者に対して“腐れ縁”ならぬ“臭い縁”を見出して、妙な親近感が湧いた。
後半のゲテモノ食いの話もおぞましい。これも中国で、美味い、美味いと言いながらお代わりまでして知らずに食べた蛇のスープが懐かしい。
読了日:07月05日 著者:
椎名 誠
ある娼婦の秘密の生涯の
感想ナチス占領下のパリからドイツ、そして解放後のパリへ。その間、娼婦として戦火をくぐり生き抜いた女性の手記。
「一かけらのパンのために体を売った」と語っているが、一方でポジティブな性格がそう感じさせるのか、切羽詰まった悲壮感はあまりない。
むしろ、金を巻き上げるしたたかさや、自身の快楽を求めることが先行し、趣味と仕事が一体になっている生々しさがある。
寡婦や失業者への苦肉の策か、売春は合法だったようで、娼婦には登録済証明書が発行され、当時の混乱の歴史が垣間見える。
作者としてボーヴォワールの名も挙がったという。
読了日:07月05日 著者:
マリー・テレーズ
別れの色彩 (新潮クレスト・ブックス)の
感想別れの予感を散りばめた九編の物語は、どれをとっても切なさが長く尾を引く。
気に入った映画の印象に残った一コマを、何度も繰り返し観たくなるような余韻が残るのだ。
『朗読者』で魅せた、少年と母親のような年上女性との恋に、そんな設定はありえない…と思っていたのが、ここでは71才老人と33才の女性や、義理の父親と娘といったアンバランスな関係がそれほどの違和感もなく物語を紡いでいく。
「過去を折り紙の船のように運河に浮かべて流してしまえるのではないか」こんな美しい文章に出会えただけでも、読んだ価値があったと思う。
読了日:07月04日 著者:
ベルンハルト・シュリンク
本を読むひと (新潮クレスト・ブックス)の
感想改行が少なく読みづらいが、小説といえども知らない世界の話だけに興味深くページを進めることができた。
現代のフランスのジプシーは、自由移動権を持ち、社会保障、教育も少しづつ充実してきているようだ。
定職があり定住する人々も多いが、本書に出てくる、キャンピングカーで移動を繰り返す、大家族の放浪民もいる。私がもっていたジプシー像はまさにこのタイプ。
確かに、偏見と差別にさらされる極貧の暮らしは悲惨であるが、そこには中心的な存在である老婆アンジェリーヌと、強い絆で結ばれた家族たちの存在がある。
人としての尊厳を重んじ、「尊敬する人は、人からも尊敬される」というジプシーの言い伝えは心に響く。
図書館員エステールの読み聞かせにより、どんどん変わっていく子供たちの姿に、「本というものは、寝るところやナイフとフォークと同じくらい生活に必要不可欠」という彼女の考えに、いたく感動せずにはいられない。
アンジェリーヌとエステールがナナチスの迫害にあった犠牲者の系譜で、二人の信頼関係を強くする要素となったことも見逃せない。
読了日:07月03日 著者:
アリス フェルネ
野原(新潮クレスト・ブックス)の
感想墓地に眠る29人の死者たちの語らいやつぶやきは、一見バラバラのようでそうではない。
それぞれが個性をもちながらも緩やかにかろうじてつながっていくパズルの一片だ。
緻密にできた立体パズルが組み上がると、オーストリアのどこかにある町パウルシュタットの全貌が見えてくる。
ケルナー広場やレクレーションセンター、焼けた教会、商店や酒場が軒を並べるマルクト通り。
死者たちはかつてそこに住まう人々であり、ほんの一瞬でも吐息のような輝きを放っていた。
計算された構成力と息遣いまでが聞こえてくる描写力は、見事というほかない。
読了日:07月01日 著者:
ローベルト・ゼーターラー読書メーターメインサイト『
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